102 / 261
第六章
帰って来た鳥メイド
しおりを挟む
「あー美味しかった!まさか魔族がこんないい物を食べていたなんてね」
「色んな種族が跋扈している城だからね。それぞれに合わせて食材や味付けを調整しているらしいのよ。まさかここまで至れり尽くせりとはね」
魔王城の廊下。自販機の前で私とマイカは立ち話をしていた。
「でも…ちょっと驚いたわ…」
「驚いた?」
私は聞き返した。
「うん。魔族ってヤツは血も涙もない化け物の集まりだって聞かされていたからね。実際にしゃべってみると人間とそんな変わりないとはね…」
うーん。やっぱりこの世界の人間達は魔族にそういうイメージを持っていたのね。
(こいつもこいつで肝が据わってるわね…)
「そういうシズハはどうなの?よくあんな中で一人魔勇者なんてできるわね」
「まぁね。文句は多々あるけど元の世界の人間に比べればずっとマシな連中よ」
「え?元の世界?」
肩を竦めながら答えるとマイカは当然の反応を示した。初対面の奴にいちいちこれを説明するのもかったるくなってきたわね。渋々私はこれまでのいきさつを話した。
「…へぇ。別の世界なんてものが本当にあるのね。まるでおとぎ話みたい」
「私もこんなファンタジーな世界が本当にあるとは思わなかったわ」
私は溜息をついた。
「…そんなわけで嫌々魔勇者をやってるってわけよ」
「あはは…それは大変ね」
「あんたね…他人事だと思って…」
こちとら常に命を握られている身だってのに。
「んで?どうする?引き返すなら今のうちよ?」
私は今更な質問を投げかけた。まあ、引き返すことなどできるとは思えないが。
「まさか。せっかくここまで歓迎してもらったんだもの。それを不意にするなんてできっこないわ」
へえ。けっこう義理堅い娘ね。
「それに…失恋してお先真っ暗になっていたところなのよ。一からやり直すにはちょうどいいわ」
「ポジティブね…でも、本当にいいの?」
「ん?何が?」
「魔王軍に所属するということは…人間を敵に回すということになるのよ?」
少なくとも失恋の腹いせにしては軽率すぎる。最初からアンデッドのメイリスや当てを失くし、竜の血を浴びたエイルはともかく、このマイカって娘は普通の人間だ。
「別に構わないわ。人間同士の争いなんて珍しくもない話だし」
あら意外ね。エイルみたいに人間同士の争いを嫌う奴ばかりではないのね。
「でも、意外ね」
「ん?何が?」
「国一つ滅ぼすほどに人間を殺しまくってる魔勇者様がそんな風に気遣ってくれるなんて思わなかったもの。泣いてる私に声をかけたのも、ほっとけなかったからなんでしょ?」
「う…」
色々と痛いところをつかれた。まさかそんなところを見ているとは。
「…ただの気まぐれよ。失恋して落ち込んでる娘を殺せなんて命令は受けてないからね」
我ながらなんちゅうツンデレセリフだ。他人のことを言えはしない。
「言っとくけど、この世界の人間がどうなろうと私は知ったこっちゃないからね。元の世界に帰るためならばどんな非道な所業も喜んで承るわよ?」
私はわざとらしく悪役っぽく振舞った。勢いとはいえこちとら国を一つ滅ぼしたんだ。むしろ悪役だ。
「なんだったら、今すぐそのニールって奴をさらってきてやろうかしら?そいつを奪ったフィズって娘をくびり殺してね」
「…それは…遠慮しておくわ…」
おや?
「ニールは…自分の意思でフィズを選んだんだもの。奪われたといっても、私はフィズのことも好きだし…二人の仲を裂いてでも欲しいなんて思えないし、思いたくはないわ…」
窓から星の見えない夜空を眺めながらマイカは答えた。
「へえ…?」
内心、私はちょっと安心した。言っといてなんだが、そういうシチュは嫌いだからだ。
「だから…魔王軍で一からやり直して、ニールよりもいい男でも見つけてやろうかな」
「ふふっ。ずいぶんとタフね」
思わず吹き出してしまった。根性のある負けヒロインだこと。
「ということで、よろしくね。シズハ」
マイカはいい笑顔で握手を求めてきた。
「う…うん…」
私はぎこちなくそれに応じた。
ふと視線を感じ、手を握ったまま横を振り向くとそこには疲れ顔でこちらをガン見するアウルがいた。
「…しんどい任務から帰ったところにアカフク支部長で私の昔馴染のジーナが死んだという報告を受けて傷心状態の私の前で何をイチャコラしているのですか?魔勇者様…」
なんか説明的だなオイ。
「え?誰この人?」
手を握り続けながらマイカは私に聞いてきた。
「初めまして。魔勇者様のお世話担当のアウルです。以後お見知りおきを」
疲れ顔ではあるがアウルは丁寧にお辞儀をした。さすがのプロ根性だ。
「アウルって…この娘もハーピー…?」
「ええ。まあ、お世話といっても三割がセクハラだけどね。元の世界だったらとっくに起訴しているところだわ」
私は溜息とともに答えた。
「というか魔勇者様!傷心状態の私を差し置いてまた人間の仲間を引き抜いたのですか?」
一瞬で距離を詰めたアウルは私に問い詰めてきた。知らんがな。というか、ここの連中ってAGI高い奴多いな。
「ちょっとちょっとアンタ!そんなに圧かけちゃシズハが困るでしょ?」
マイカが割って入ってきた。
「ぬ!新入りごときが無礼ですね!ぱっと見は根暗系女子かもしれませんがこれでも我ら魔族の未来を背負う魔勇者様なのですよ!」
おい!さらっとディスってんじゃないわよ!
「あぁ?だからって新入りいびりしていいと思っているわけ?この娘だって目つき悪くて近寄りがたい雰囲気かもし出しているけど案外コミュ力低くて裏でアンタのことで悩んでいるかもしれないでしょ?」
お前もディスるんかい!
「何だとこの小娘!魔勇者様は傷心状態の私を慰めるためにこれからイチャコラする予定があって忙しいのですよ!」
そんな予定ねぇよ!
「傷心状態?そんなのお互い様よ!私だって幼馴染にふられて全身骨折級の傷心状態よ!」
マイカも負けじと食い下がった。てか、何だその表現。
「そんなもん――」
グゥゥゥー…
さらに言い返そうとしたアウルの腹から空腹のお告げが響いた。アウルは思わず腹をおさえ、顔を赤くした。お?これはマイカの攻勢チャンスか?
「ほら。腹が減ってるから気が立つのよ。ここはひとつご飯でも食べて落ち着きなさいよ」
あら?予想に反して気をつかうとは。
「ぐ…仕方ありませんね…これ以上は罵倒の言葉も出ませんし、勝負はお預けにしてやりましょう…」
アウルの方もあっけなく引き下がった。
「決まりね。お仲間達もあなたのことを心配してたみたいだし、さっさと顔を出してやんなさい」
「あなたに指図されるまでもありませんよ」
うーん。けっこう世話好きな性格みたいねこの魔法使い。さすがは負けヒロイン。
まあ、私もお茶くらいは付き合ってあげるか。そう思いながら私は二人と一緒に食堂に向かった。
「色んな種族が跋扈している城だからね。それぞれに合わせて食材や味付けを調整しているらしいのよ。まさかここまで至れり尽くせりとはね」
魔王城の廊下。自販機の前で私とマイカは立ち話をしていた。
「でも…ちょっと驚いたわ…」
「驚いた?」
私は聞き返した。
「うん。魔族ってヤツは血も涙もない化け物の集まりだって聞かされていたからね。実際にしゃべってみると人間とそんな変わりないとはね…」
うーん。やっぱりこの世界の人間達は魔族にそういうイメージを持っていたのね。
(こいつもこいつで肝が据わってるわね…)
「そういうシズハはどうなの?よくあんな中で一人魔勇者なんてできるわね」
「まぁね。文句は多々あるけど元の世界の人間に比べればずっとマシな連中よ」
「え?元の世界?」
肩を竦めながら答えるとマイカは当然の反応を示した。初対面の奴にいちいちこれを説明するのもかったるくなってきたわね。渋々私はこれまでのいきさつを話した。
「…へぇ。別の世界なんてものが本当にあるのね。まるでおとぎ話みたい」
「私もこんなファンタジーな世界が本当にあるとは思わなかったわ」
私は溜息をついた。
「…そんなわけで嫌々魔勇者をやってるってわけよ」
「あはは…それは大変ね」
「あんたね…他人事だと思って…」
こちとら常に命を握られている身だってのに。
「んで?どうする?引き返すなら今のうちよ?」
私は今更な質問を投げかけた。まあ、引き返すことなどできるとは思えないが。
「まさか。せっかくここまで歓迎してもらったんだもの。それを不意にするなんてできっこないわ」
へえ。けっこう義理堅い娘ね。
「それに…失恋してお先真っ暗になっていたところなのよ。一からやり直すにはちょうどいいわ」
「ポジティブね…でも、本当にいいの?」
「ん?何が?」
「魔王軍に所属するということは…人間を敵に回すということになるのよ?」
少なくとも失恋の腹いせにしては軽率すぎる。最初からアンデッドのメイリスや当てを失くし、竜の血を浴びたエイルはともかく、このマイカって娘は普通の人間だ。
「別に構わないわ。人間同士の争いなんて珍しくもない話だし」
あら意外ね。エイルみたいに人間同士の争いを嫌う奴ばかりではないのね。
「でも、意外ね」
「ん?何が?」
「国一つ滅ぼすほどに人間を殺しまくってる魔勇者様がそんな風に気遣ってくれるなんて思わなかったもの。泣いてる私に声をかけたのも、ほっとけなかったからなんでしょ?」
「う…」
色々と痛いところをつかれた。まさかそんなところを見ているとは。
「…ただの気まぐれよ。失恋して落ち込んでる娘を殺せなんて命令は受けてないからね」
我ながらなんちゅうツンデレセリフだ。他人のことを言えはしない。
「言っとくけど、この世界の人間がどうなろうと私は知ったこっちゃないからね。元の世界に帰るためならばどんな非道な所業も喜んで承るわよ?」
私はわざとらしく悪役っぽく振舞った。勢いとはいえこちとら国を一つ滅ぼしたんだ。むしろ悪役だ。
「なんだったら、今すぐそのニールって奴をさらってきてやろうかしら?そいつを奪ったフィズって娘をくびり殺してね」
「…それは…遠慮しておくわ…」
おや?
「ニールは…自分の意思でフィズを選んだんだもの。奪われたといっても、私はフィズのことも好きだし…二人の仲を裂いてでも欲しいなんて思えないし、思いたくはないわ…」
窓から星の見えない夜空を眺めながらマイカは答えた。
「へえ…?」
内心、私はちょっと安心した。言っといてなんだが、そういうシチュは嫌いだからだ。
「だから…魔王軍で一からやり直して、ニールよりもいい男でも見つけてやろうかな」
「ふふっ。ずいぶんとタフね」
思わず吹き出してしまった。根性のある負けヒロインだこと。
「ということで、よろしくね。シズハ」
マイカはいい笑顔で握手を求めてきた。
「う…うん…」
私はぎこちなくそれに応じた。
ふと視線を感じ、手を握ったまま横を振り向くとそこには疲れ顔でこちらをガン見するアウルがいた。
「…しんどい任務から帰ったところにアカフク支部長で私の昔馴染のジーナが死んだという報告を受けて傷心状態の私の前で何をイチャコラしているのですか?魔勇者様…」
なんか説明的だなオイ。
「え?誰この人?」
手を握り続けながらマイカは私に聞いてきた。
「初めまして。魔勇者様のお世話担当のアウルです。以後お見知りおきを」
疲れ顔ではあるがアウルは丁寧にお辞儀をした。さすがのプロ根性だ。
「アウルって…この娘もハーピー…?」
「ええ。まあ、お世話といっても三割がセクハラだけどね。元の世界だったらとっくに起訴しているところだわ」
私は溜息とともに答えた。
「というか魔勇者様!傷心状態の私を差し置いてまた人間の仲間を引き抜いたのですか?」
一瞬で距離を詰めたアウルは私に問い詰めてきた。知らんがな。というか、ここの連中ってAGI高い奴多いな。
「ちょっとちょっとアンタ!そんなに圧かけちゃシズハが困るでしょ?」
マイカが割って入ってきた。
「ぬ!新入りごときが無礼ですね!ぱっと見は根暗系女子かもしれませんがこれでも我ら魔族の未来を背負う魔勇者様なのですよ!」
おい!さらっとディスってんじゃないわよ!
「あぁ?だからって新入りいびりしていいと思っているわけ?この娘だって目つき悪くて近寄りがたい雰囲気かもし出しているけど案外コミュ力低くて裏でアンタのことで悩んでいるかもしれないでしょ?」
お前もディスるんかい!
「何だとこの小娘!魔勇者様は傷心状態の私を慰めるためにこれからイチャコラする予定があって忙しいのですよ!」
そんな予定ねぇよ!
「傷心状態?そんなのお互い様よ!私だって幼馴染にふられて全身骨折級の傷心状態よ!」
マイカも負けじと食い下がった。てか、何だその表現。
「そんなもん――」
グゥゥゥー…
さらに言い返そうとしたアウルの腹から空腹のお告げが響いた。アウルは思わず腹をおさえ、顔を赤くした。お?これはマイカの攻勢チャンスか?
「ほら。腹が減ってるから気が立つのよ。ここはひとつご飯でも食べて落ち着きなさいよ」
あら?予想に反して気をつかうとは。
「ぐ…仕方ありませんね…これ以上は罵倒の言葉も出ませんし、勝負はお預けにしてやりましょう…」
アウルの方もあっけなく引き下がった。
「決まりね。お仲間達もあなたのことを心配してたみたいだし、さっさと顔を出してやんなさい」
「あなたに指図されるまでもありませんよ」
うーん。けっこう世話好きな性格みたいねこの魔法使い。さすがは負けヒロイン。
まあ、私もお茶くらいは付き合ってあげるか。そう思いながら私は二人と一緒に食堂に向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる