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第八章

力の解放

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「く、くそっ!」

 なんたるうかつ。敵の巨大なハサミに捕らえられた静葉はそう思いながら宙に持ち上げられていた。そのハサミの力はすさまじく、もがけばもがくほど逆にハサミが食い込む。ハサミの隙間に手を入れて無理やりこじ開けようと試みてはいるが、地に足がついていないせいか力がうまく入らない。残された左の剣もいつの間にか手元からこぼれていた。この巨大ザリガニ――ランブスターは予想以上の力を持っていた。

「ぐああっ!」
 ハサミがどんどん食い込んでくる。このままでは両断されるのも時間の問題であった。

『――使え』

 窮地を脱しようとどうにか思考をめぐらせている静葉の頭の中に突如聞き覚えのある声が響いた。

「その声は――魔王?」
『そうだ。余の力を通じておぬしの脳内に声を送っている』
「脳内に…?コンビニのチキンをあげる暇はないんだけど?」
 両腕に力をこめ続けながら静葉は魔王の言葉に耳を傾けた。
「というか…『使え』って何を?」
『これまでにおぬしが喰らい、余が預かっていた余分な生命力…それを今からおぬしに送り込む。それを用いて『魔人』と化するのだ』
「んな…!」
 静葉は思わず目を見開いた。
「冗談でしょ?私に人間をやめろっての?」
『ほんの一分だけだ。そいつを屠るだけならばそれだけで十分だ』
「んなこと言ったって…暴走とかしたらどうすんのよ?」
『そのための修行をしてきたのであろう?今のおぬしならば可能だ』
 魔王は断言した。ゾート王国の一件について魔王から聞かされていたズワースはこのことを想定した修行を静葉に課していたのだ。
「気安く言ってくれるわね…第一、どうやって魔人になりゃいいのよ?」
 文句を言っている間にも静葉は自分の体内に少しづつ力が注がれていく感覚を覚えた。
『おぬしの中の魂に火を注ぎ、ドーンと一気に爆発させる…そんな感じだ』
「抽象的すぎない?それをぶっつけ本番でやれっての?」
『できなければ死ぬだけだ。それとも、ここで果てるのがおぬしの望みか?所詮おぬしはそこまでの人間だったというのか?魔勇者よ』
 その言動に静葉はカチンときた。


「…ふざけんじゃないわよ…」


 静かにそう呟いた瞬間、静葉の心臓が大きく跳ねた。それと同時に彼女の身の周りに黒い炎がくすぶり始めた。


「…私はこんなところで…」


 両腕に太い血管が走った。巨大な岩をも切断する敵の巨大なハサミがゆっくりとこじ開けられようとしていた。


「…死ぬつもりなんて…」


 ハサミにヒビが入った。それを注視するランブスターの目に驚愕と焦りが垣間見えた。



「…ないんだかラ!」



 爆発するような勢いで黒い炎が燃え上がった。その衝撃で右のハサミは砕け、解放された静葉は地面に着地した。

「…グアアアアアアァァァァァァァァァ!」

 背中をのけぞらせた静葉の口から出た巨大な咆哮が地下全体に響き渡った。

 燃え尽きた灰のような白い髪と宝石のような赤い瞳を持つ魔人は荒い息を吐きながら両手にかぎ爪型の黒い炎を宿らせた。その目前に立つランブスターは右のハサミをゆっくりと再生させながら嵐のような威圧感に動揺していた。

「…殺ス…」

 魔人の力を解放した魔勇者は禍々しい瞳を相手に向け、静かに呟いた。

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