異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第九章

アズキのアズキが

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「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!男湯が使えない状態だったし…早めにあがればいいかと思って…!」

 入浴を中断し、客室に戻ったリエルとビオラを出迎えたのは、畳の上で平伏し、ひたすらに弁明するアズキであった。

「あ、あの…」

 リエルはいまだに状況が呑み込めず、何を言えばいいかわからなかった。

「あ…アズキの…アズキが…」

 一方、浴室で見た衝撃の事実が脳裏に焼き付いて離れないビオラはいまだに焦点の合わない目つきでうわごとを呟いていた。

「おいおい。どうしたんだこりゃ?よくわからないけどハラキリだけはやめてくれよ?」

 トニーは平伏を続けるアズキに顔を近づけた。

「ほら…トニーもこう言ってるんだし、落ち着いて説明して…ね?」

 リエルはアズキの前に座り込み、優しく声をかけた。アズキは恐る恐る顔を上げ、姿勢を正した。

「…ごめんなさい…隠すつもりは…いえ…正直、隠していました…」

 アズキはゆっくりと口を開いた。

「…私は直接見ていないけど…ビオラのあの反応…もしかして…」
 リエルは一つの予想を頭の中に浮かべた。彼女の言葉に対してアズキは静かに頷いた。
「…そう…」
 その予想はどうやら当たっていたようだった。彼女――否、彼の薬師としての普段着は男女どちらが纏っていてもおかしい衣装ではない。しかし、アズキの顔つきと髪型、背丈は女性のそれらと比べても正直遜色ないものであったのだ。リエル達は出会った当初から今までアズキの事をずっと女性と思っていたのだ。

「…なんとなくわかっていたんです…お二人にそう思われているんだって…どこかで正直に言わなければならないって…でも…」

 そこまで言ったアズキはほんの少し沈黙した。

「…それを言ったら……嫌われるんじゃないかと…そう思うと…思う…と…」

 アズキはうつむき、また沈黙した。

「…そうだったんだ…」

 リエルはこれまでの道中を振り返った。確かに彼の行動に妙なところはあった。宿屋で着替えをする時、アズキは必ず席を外し、トイレに行く時も決して二人と一緒に行こうとしなかった。

「…ごめんなさい…お二人をだますような真似をして…」
 アズキは両目に涙を浮かべながら顔を上げた。
「いいえ…謝るのは私の方よ…」
 リエルは懐から取り出したハンカチで彼の涙をぬぐった。

「『見た目で判断するな』ってメイリスさんに言われたこと、すっかり忘れていたわ。あの人がいたら、今頃叱られていたかもね」
 今は亡き仲間の顔を思い浮かべ、リエルは苦笑した。

「安心して。あなたが男だからって別に追い出しはしないから」
「え…?」
「当たり前じゃない。男だろうと女だろうとあなたはあなた。些細なことで今までのあなたを否定するつもりないし、したくなんてないわ」
 リエルはアズキの頬に優しく手を当て、じっと彼の目を見た。
「あなたの薬とその知識は私達を何度も助けてくれた。あなたは私達のパーティーに欠かせない大事な仲間よ」
 アズキの薬師としての実力は本物であった。誰よりも薬の素材の知識に精通しており、屋外に自生している薬草を的確に採取し、市販の薬よりも強力な薬を調合する技術。それを必要な状況で惜しみなく使う的確な判断力と思いやり。それらがあったからこそリエル達は安心して戦うことが出来た。

「リエルさん…」

 彼女の言葉を聞き、アズキは再び涙で目を潤ませた。

「いいのよ。男だからって泣くのを我慢しなくても。私が何度でも拭ってあげるから」
 そう言ってリエルはハンカチで再び彼の涙をぬぐった。

「…そういうわけだから、ビオラも――って…ビオラ?」

「あ…アズキの…アズキが……フランクフルト…」

 ビオラに理解と同意を求めようと後ろに振り返ったリエルだったが、当の本人はいまだに直立不動で正気を失っていた。

「おいおい。しっかりしろよ。そういう時は俺のフランクフルトを――」
「言わせねぇよ!このポークピッツ!」

 二本足で立ち上がり、何か下世話な言葉を口にしようとしたトニーの腹に向かい、一瞬で我に返ったビオラは全力で蹴りを入れた。

「プギャー」

 勢いよく吹き飛んだトニーは柱に身体を叩き付けられ、そのまま畳の上にうつ伏せに倒れこんだ。

「あ、戻った」

 いつもの調子に戻った相棒の姿を見てリエルはほっと胸をなでおろした。

「よかったな」

 何事もなかったかのように寝返りを打ったトニーは相槌を打った。
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