異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第九章

ようやくひとっ風呂

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「あぁ~…今日はとことん疲れたわ…」

 ハバキリ流道場の女湯。一通りの洗体を終えて湯舟に浸かったビオラは大きなため息をついた。

「全く…この程度で音を上げおって。最近の若者は…」
「しょーがないでしょ!こちとらファイン大陸から大砲でぶっ飛んできてズアーの森を歩き回った挙句、ヘビーな訓練させられたのよ!」
 肩までお湯に浸かったビオラは文句をぶちまけた。
「おまけに入浴前に男湯の掃除とお湯張りまでさせられて…コーヒー牛乳の一本でももらわなきゃやってらんないっての!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて…」
 ご機嫌斜めなビオラをなだめつつ、リエルは湯舟に足を入れた。
「いいじゃない。たくさん身体を動かした後のお風呂って気持ちいいんだから」
 温泉の熱さをこらえながらリエルはゆっくりとお湯の中に身体を浸けた。

「…ふぅ~…」

「ったく…変なところで前向きなんだから…」
 ぬくもりに頬を緩めるリエルを見ながらビオラは肩を竦めた。
「思考が前向きであることに越したことはない。心身ともに健康であるからこそ人は強く成長するものだ」
 二人に向けてサリアは自身の考えを述べた。
「いちいち説教くさいわね――…って…」
 何か反論しようとしたビオラはサリアの首から下に目線を向けた。そして、そのままビオラはリエルの同じ部分に目線を移し、二人よりも平坦な自分の胸元に手を当てた。

「…そら成長もするわな…」

 ビオラは不機嫌に眉をしかめ、舌打ちした。その理由がわからないリエルとサリアは首を傾げた。

「それにしても…きれいな夜空ですね。元々旅館だったからか、いい眺めが見えるお風呂ですね」

 リエルは浴室の大きな窓から見える夜空に感銘を受けた。雲一つない夜空にいくつかの星々が輝き、三日月が高く昇っている。

「ああ。ここは元々、温泉から見える景色と付近で採れる食材を使った料理で有名な旅館だったらしい」
「へぇ~。どおりで山菜や肉が美味かったわけね」
 浴槽の淵に寄っかかったビオラは納得した。

「メイリスさんがいたら、きっと喜んだだろうな…あの人もお肉が好きだったし…」
 お湯から出した右手を頬に当て、リエルはぼそっと呟いた。

「メイリス?それは仲間の名前か?」
「はい。タタリア遺跡までお世話になった人です」
?ということは――」
「殺されたのよ。例の魔勇者に」
 リエルの代わりにビオラが答えた。

「…!」
 サリアは言葉を詰まらせた。

「…あの聖剣を見つけることが出来たのは…あの人のおかげなんです…なのに…」
 リエルはうつむき、お湯の中に沈めた両手の平を見つめた。そして、タタリア遺跡の聖剣の間で起きた出来事を鮮明に思い出していた。

「…私は…何もできなかった……何もできなくて…悔しかった……悲しかった…」

 冒険者になって間もない頃に出会い、右も左もわからないリエルとビオラを献身的にサポートしてくれた僧侶のメイリス。気心の知れた仲間であった彼女はリエルの目の前で惨たらしく殺されたのだ。リエルは両手の拳をぎゅっと握りしめた。

「…どんなにかけがえのない家族や戦友も、一瞬で命を奪われる……戦場とはそういうものだ」

 サリアは静かに口を開いた。彼女の言葉を聞いたリエルは顔を上げた。

「私も多くの仲間を目の前で失った。鍛錬を積み、自らの力に自信を持っていたが、より強大な敵はそんな自信をいともたやすく打ち砕いた…」

 そう語るサリアの口調と表情は冷静なものであったが、リエルは彼女の語る言葉のところどころに悔しさがにじみ出ていると感じた。

「…お前達の旅がこの先どうなるかは私にはわからない。だが、これだけはわかる」
 サリアは鋭い目線をリエルに向けた。

「お前達がどれほど強くなってもさらなる強大な敵や理不尽な悲劇が確実に待ち受けている。それに出くわし、敗れた時お前達は自分の無力さを呪うだろう。たとえ、勇者になったとしてもだ」
「……」
「だが、なすべき責務や望みがあるならば、歩みを止めることも道を踏み外すことも決して許されない。それらを成就させたいのならば、どんな敗北も絶望も糧にしてみせろ」
 右の拳を力強く握り、サリアは二人に告げた。
「師範…」
 リエルはサリアの鋭い瞳をじっと見た。
「…おっと。温泉こんなところ説教こんなはなしをしてはのぼせてしまうな。すまない」
 苦笑しながらサリアは立ち上がり、湯舟から上がり出した。
「お詫びに美味いコーヒー牛乳の作り方を教えてやる。上がったら台所に来い」
「マジで?やっ…って作り方?」
 嬉しい話かと思い、喜びかけたビオラは眉をしかめた。
「そうだ。コーヒー牛乳の味は素材と配分によって決まる。お前達にも配分の好みはあるだろうしな」
 さも当然のような表情でサリアは答えた。

「…うそぉん…」

 拍子抜けした言葉を漏らすビオラをよそに、サリアは壁にかけていたバスタオルで体を拭き始めた。

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