異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

文字の大きさ
260 / 261
番外編

バレンタイン?

しおりを挟む
「バレンタインか…」

 魔王城の食堂。食後のスイーツのチョコプリンを食べながら静葉は呟いた。

「ん?何?」

 言葉を拾ったマイカは手を止めて尋ねた。

「ああ。元の世界ではバレンタインっていうチョコに関するイベントがあってね。本当ならば今頃それで世間が騒がしくなってたなって思ってたのよ」
「へぇ。どんなイベントなの?」
「ん~とね…」
 静葉はどう答えようか頭の中で模索した。
 バレンタインとは、静葉の住む日本では友人や想い人など縁のある人にチョコレートを贈るという主に恋愛関連のイベントである。当然ながら、交遊関係が乏しかった静葉にとっては無縁のものであった。

(…正直に話すのもちょっとねぇ…)

 静葉は目線のみを動かし、食堂内を見渡した。周囲には多くの魔族が食事にありついており、何人かは自分の話を聞こうと聞き耳をたてている者も見られた。
 もし、事実を話せば、瞬く間に魔王城全体に広まり、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。多くの男性魔族は自分からチョコを貰おうと詰め掛けて来るだろう。その全員にチョコを渡すのは正直面倒くさい。かといって、ここまで食いついてきているのに話さないのもなんか申し訳ない。どう話すべきか静葉は内心頭を抱えた。

(…ここはひとつ…)

 静葉は一つの考えを思い浮かべた。

「…広場に集まり、『ギブミーチョコレート』と連呼する独身の男達に対して女子が高い所からチョコをばらまくというちょっとしたお祭りなイベントよ」
 
 明らかに事実と異なる内容である。その突拍子のない内容にマイカは目を丸くした。

(…さすがにこんなのに食いつかないでしょ)

 興味を持ちえない内容ならばそのまま聞き流すであろう。そう考えた静葉は即興で思いついた嘘の説明をした。

「さて、私は食後の運動しに行ってくるかな」
 
 席を立ち、背伸びしながら静葉は追及を避けるように足早に食堂を後にした。


 ――――


 翌日。

「……なんじゃこりゃ…」

 眼下に訓練場を臨める二階の廊下から出られるベランダ。そこに立つ静葉は訓練場を見下ろしながら呟いた。訓練場には魔族達がぎっしりと集まっており、その数は目測で数百人ほどである。

「ギブミーチョコレート!」
「ギブミーチョコレート!」

 訓練場に集合した男性の魔族達はベランダに立つ魔勇者を見上げて何かに取りつかれたかのように一つのワードを連呼していた。そのワードには静葉の身に覚えがあった。

「さぁ、魔勇者様。彼らにチョコをどうぞ」

 ぎっしりとチョコレートを詰め込んだバスケットを両手に抱えたアウルが声をかけた。

「…え?これって…」
 静葉は恐る恐る尋ねようとした。
「はい。先日、魔勇者様が申していた『ばれんたいん』とやらを再現してみました。皆、魔勇者様からのチョコレートを心待ちにしております」
 アウルは平然と答えた。 
「え?マジで?」
「一番多くチョコを取った人が今年のモテ男になれるんでしょ?面白そうなイベントじゃない!」
 同じようにチョコを詰め込んだバスケットを手にしているメイリスは笑顔でウキウキしていた。
「え?んなこと言った覚えは…」
 話に尾ひれがついていた。
「さぁさぁ。野郎どもがお待ちかねですよ。魔勇者様」
 アウルはバスケットをグイグイと静葉に押し込んだ。静葉はその圧力に圧されてバスケットを受け取った。
「え、えぇ~…」
 今更嘘でしたとは言えない。後には引けない。そんな空気であった。観念したかのように静葉はベランダに立ち、群がる魔族達を見下ろした。

「……おらぁ!くれてやるわ!受け取れぇ!」

 やけくそ気味に静葉は掴んだチョコを魔族達にばらまいた。魔族達はまかれたチョコを我先に取ろうとお互いに押し合いながら右往左往した。
 その様子を見た静葉は内心高揚し、どんどんチョコをばらまいた。

「よーし、私も負けてられないわね!それー!」

 隣に立つメイリスも静葉に続くように勢いよくチョコをばらまいた。

「…いやぁ…盛り上がってるわね…」

 廊下の窓から静葉達の様子をマイカとエイルはこっそりと見ていた。

「シズハさんの世界にはこんなイベントがあるんだね…」
 大騒ぎする男達の様子を見てエイルは息を呑んだ。

「あなたは参加しないの?モテ男になれるかもしれないわよ?」
「い、いや…ああいう賑やかなのはちょっと…」
 エイルは首を横に振った。
「及び腰ねぇ…ま、いいや。なんだかチョコスイーツが食べたくなっちゃった。食堂行きましょ」
「え?昨日も食べてなかった?」
「いいの。違う種類のチョコを食べればいいんだし。ほら」
 そう言ったマイカはエイルの袖を引っ張りながら食堂へ向かった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...