異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

第十章

港町ケーセ

「…こりゃまたでかい客船ね…」

　サンユー王国東部の港町ケーセ。その港に停泊する豪華客船を見上げた静葉はその巨大さに圧巻されていた。
「あら、こういうのに乗るのは初めて？」
　隣に立つメイリスが声をかけてきた。彼女は今、普段の改造僧侶服とは異なる白と黒を基調としたドレスを身に纏っていた。

「まあね。平民には到底縁のない話だし。あったとしても、ボッチの私に声なんざかかりはしないわよ」
　自嘲するように静葉は鼻を鳴らした。
「そうかしら？今のあなたならば引く手あまただと思うわよ？」
　メイリスは静葉の身なりに目を向けた。真紅を基調としたドレスに身を包み、腰には飾り布に見せかけた赤いマフラーが巻かれている。今回のパーティー潜入に合わせてアウルとクロムが見繕ったものだ。

「じろじろ見ないでよ…似合ってないんだし…」

　仏頂面ながらもどこか照れくさそうに静葉は目を反らした。
「そんなことないわよ。むしろそういう顔すると余計に可愛く見えちゃうわよ？」
「うっさい」
　静葉は自分の頬をぷにぷにと突っつくメイリスの手を払いのけた。ちなみに、前日にアウルとクロムと一緒に着つけを行った際にドレスと下着に関してちょっとした騒ぎが起きたが、それはまた別の話である。
「顔とかスタイルとかせっかく元は良いんだからさ。身なりを整えて愛想よくすれば絶対もてると思うんだけどなぁ」
「んなわけないわよ。マイカといい、私のことがどう見えてるってのよ…」
　目を輝かせて断言するメイリスに対し、静葉は溜息をついた。当のマイカは武器のメンテナンスのため、今回の任務には参加していない。
「ま、仮にそうだとしても、私はこの世界でもてるつもりはないわ」
「あら、どうして？」
「私は元の世界に帰りたくて魔勇者やってんのよ？仮にこの世界で恋人なんか作ったところで私が帰ったら二度と会うことはできない。そんなフラグなんか建てるだけ無駄よ」
　遠くの海を眺めながら静葉は答えた。
「だったらさ、その恋人もあなたの世界に連れて行ってあげれば？」
「はっ！そんなのあのクソ魔王と同じよ！そいつにゃこの世界での人生があるってのに、私の勝手な都合でそいつの人生を狂わせるなんてまっぴらよ！」
「ふーん…やっぱり優しいのねぇ。あなたって」
「は？」
　静葉が振り返ると、メイリスはにっこりとほほ笑んでいた。彼女の言葉の意味がわからず、静葉は訝しんでいた。
「その言い方だとまるで、自分と同じ苦しみや別れの辛さを味わせたくないって思ってるみたいだもの。自分よりもその人の幸せを大事にしてるのね」
「な…！」
　魔王の勝手な都合でこの世界に召喚され、人生を大きく狂わされた少女は思わず狼狽した。
「リエルあのこもそういうところあったのよ。他の誰かを真っ先に守ろうとするところとか。やっぱり、そういう子ってなんだか守りたくなっちゃうわよね」
「…ホントおせっかいね。あなたって…」
「それに、実際に恋人ができたらガラッと考えが変わるかもよ？恋は人を変えるものだからさ」
「はっ！ありえないわ。サクランボ泥棒が捕まるくらいありえない話よ」
「どうかしらね？そうなった時が楽しみだわ」
　船から乗船時間を告げる汽笛が鳴り響き、メイリスはウキウキとした表情と軽やかなステップで船へと向かった。
「あ！待ちなさいよ！」
　それを追うように静葉も船へと足を向けた。