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第八章

魔王の疲労

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「はぁ…はぁ…」
「だ、大丈夫ですか魔王様?」

 魔王の間。その玉座に佇む魔王は乱れた呼吸を静かに整え、その様子を目撃したゴードンがすかさず水を用意した。
「問題ない。少し多めの力を奴に送り込んだだけだ」
 顔色一つ変えずに答えた魔王はゴードンから水の入ったコップを受け取った。霊山エーベルで採水されたエーベルの湧き水だ。
「力…ということは…」
「うむ。『魔人』の力を使わせた」
「魔人…!」
 その言葉を聞いたゴードンは大きく戦慄した。人間の姿を持ちながらもその力は魔族さえも凌駕する正体不明の存在。ゴードンは過去にそれを目撃した経験を持っていた。
「どうやら無事力を使うことができたようだ。以前とは違う」
 魔勇者によって実行されたゾート王国制圧作戦。その際にメイリスとウーナが目撃したという魔勇者の魔人化。その意図的な発動を魔王は促したのだ。
「しかし…それはまだ実行する予定では…」
「うむ。今回のは緊急の判断だ。あのままでは…」
 思わぬ強敵による魔勇者自身の命の危機。彼女を守るために魔王は余分に温存していた生命力を一気に送り込み、魔人化を促した。
 無論、それ相応のリスクは理解していた。力の匙加減を誤れば魔勇者の身体に大きな負担がかかり、結局命を落とすか、二度と人間に戻れなくなる可能性が存在している。しかし、それを想定しての訓練を魔王はズワースを通じて静葉に積ませていた。魔王はそれに賭けたのだ。

「あやつが飲み込みの早い人間であったことは僥倖であった」
「確かに。あの方の成長は魔王軍に所属するどの魔族よりも秀でております。うまくいけば魔人の力でさえ…ですが…」
 ゴードンは途中で言葉を詰まらせた。
「危惧はわかる。余の制御だけではあの力を抑え込むことに限界がある」
 魔王は静葉に植え付けた自身の力を通じて魔人化した際の彼女の力を制御した。しかし、そのあまりに激しい負担は確実に魔王の身体をむしばんでいた。
「だとすれば、あれを二度と使わぬようにするべきでは…」
「否。あの力はいずれ必要となる。そう遠くない未来…」
 水を飲み干したコップをゴードンに返却した魔王は断言した。その言葉の意味はゴードンもこの場にいない魔勇者も把握していない。
「今後もあれを使わせると…?」
「案ずるな。望みはある」
 懸念するゴードンに魔王は手元にある物を取り出した。先日、ヌコが発見した赤い三角形の物体だ。

「魔剣…グランティス…あれがあれば…」

 魔王は赤い三角形をまじまじと見ながら呟いた。
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