異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第十章

勇者の愚行

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 静葉の背後に位置するリーヴァは呆気に取られていた。仲間であるはずの武闘家をあっさりと殺し、正体不明の緋色の剣をこちらに向ける謎の男。
 男の意図も攻撃も理解が追い付いていないにも関わらず、目の前の魔勇者は男に果敢に戦いを挑み、相対している。
 リーヴァはこの状況に歯噛みしていた。海魔王軍のエリートであるはずの自分が人間の小娘に後れをとっている。このまま何もできない無様をさらすわけにはいかない。

「おのれ下郎が!」
「あ!ちょっと!」

 勢いよく静葉の前に飛び出たリーヴァはセラムに向けて思いきりサーベルを振りかぶった。しかし、セラムの身体は幻のように消え、斬撃は空を切った。

「…耳障りだな」

 静葉が後ろを向くと、彼女の目前一メートルほど先に涼しい顔をしたセラムが立っていた。いかなる手段で移動したのだろうか。

「…『メガアクア』!」

 いら立ちを募らせたリーヴァは大きな魔力をこめ、セラムの足元から大量の水柱を発生させた。短時間で発動させた上級魔法。本来ならばかわす術はまずない。

「やったか?」
「まだよ!」

 やや食い気味に静葉が否定した。このシチュエーションでは敵は必ず生きている。

「攻撃が単調すぎる」

 水柱が霧散すると、何事もなかったかのようにセラムが姿を現した。魔法によるダメージを受けた様子は一切ない。

「そんな…魔勇者候補のこの私が――」
「ば、バカ!」
 うかつな発言を漏らしたリーヴァに対し、静葉は大声で注意した。取るに足らない、周囲で喚くだけの羽虫。リーヴァをそう捉えていたセラムだったが、今の言葉を聞いた瞬間、彼の目に明確な殺意が芽生えた。

「くそっ!」

 勇者や魔勇者を狙う以上、その候補者も間違いなくターゲットにしているはず。セラムは真正面から高速で間合いを詰め、ターゲット目掛けて凄まじい勢いで緋色の剣を横薙ぎに振るった。リーヴァは何が起こったか気づく前にその胴体は真っ二つに切り裂かれる。そう思われる展開であった。

「――!」
「ぐっ…!」

 静葉は二人の間に割って入り、黒い炎を纏わせた右手のひらで刃を受け止めた。緋色の剣は黒い炎を貫通し、その鋭い刃は静葉の手のひらに食い込んだ。

「何…?」
「し、シズハ・ミナガワ…!」

 呆気にとられる二人をよそに、静葉は全身に力を込めて重い斬撃を食い止めていた。

「…こいつは私が片付ける!あなたはメイリスと合流しなさい!」

 手のひらから伝わる激痛に耐えるように彼女は歯を食いしばり、黒い炎を昂らせた。手のひらから流れ出る赤い血は黒い炎の熱によって瞬く間に気化していった。
「な…そんなこと――おぶっ!」
「邪魔だっつってんのよ!早く!」
「…!」
 異議を唱えようとするリーヴァの頬を赤いマフラーでひっぱたき、静葉は怒鳴りつけた。気圧されたリーヴァは歯噛みし、踵を返して廊下を走り抜けた。

「…己の身を挺して仲間を守る…か。勇者らしい愚行だな」
 そう蔑みながらセラムは絶剣を前に押し出そうとした。
「同感ね。正直、見殺しにしても良かったかしら?」
 鼻を鳴らした静葉は空いている左手を握りしめ、セラムの腹部に打ち込んだ。

「ぐっ!」
 命中の直前に後ろに飛びのき、セラムは拳による致命傷を回避した。絶剣から敵の手が離れたことを確認した彼はそのまま次の一撃を振るおうとしたが、それを許さぬ静葉は右手を握りしめ、ストレートをお見舞いした。
「ぬっ!」
 黒い炎を纏った右ストレートがセラムの左耳をかすめた。
 少しでも反撃の隙を与えれば謎の剣による予測困難な攻撃が自分やリーヴァに襲い掛かる。そう判断した静葉は右手の痛みをこらえながらラッシュを続けた。

「さっさと死んでもらうわよ!無駄に長い戦闘シーンはマンネリするからね!」

 意味不明な言葉を並べながら黒い炎を昂らせる魔勇者。その姿を目の当たりにしたセラムは圧倒されながらも心の奥底で妙な高揚感を覚えていた。
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