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第十章

制圧

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「というか、私達はまだ任務を終わらせていないんだけど?」
 静葉達の本来の任務はクイーン・ゼイナル号の貨物室の場所を特定し、海魔王軍がその中の積み荷を奪取する作業を補助することである。当初はリーヴァが立てた計画に従う予定だった静葉とメイリスだが、その途中でクイーン・ゼイナル号は海賊の襲撃を受け、静葉達もそのあおりを受けることとなったのだ。本来ならば海魔王軍がここまで大がかりに介入する予定はなかった。
「ほっほっほ。そうあせるでない。ここまで船を制圧できたのならば任務は達成したも同然じゃ」
 レヴィアーナは土下寝するリーヴァの後頭部を踏みつけながらのんきに笑った。
 海賊の襲撃の混乱の最中、海魔王軍は海中からクイーン・ゼイナル号に接近し、周囲の海を分厚い氷で包み込んで海賊船諸共動きを封じた。そして、頃合いを見計らって海魔王を筆頭に姿を現し、あっという間に船を制圧した。
 無論、海魔王軍が排除したのは海賊だけであり、『守護の風』を含むクイーン・ゼイナル号の乗員には一切手を出してはいなかった。
 しかし、援軍とはいえ魔族が介入したことに対し、人間であるイッサク達が快く思うわけがない。中には抵抗を試みる者もいたが、海賊の大半を葬ったハーピーと海上に現れた巨大な海竜の姿はその意欲を削ぐに十分であった。
「こんなことになるならば最初からあなた達がやればよかったんじゃないの?」
 至極当然な疑問であった。
「オグロが言ってたであろう?これはおぬしのバカンスも兼ねた任務であると。我が愚息にもおぬしを紹介したかったしの」
「他にあんでしょうが。バカンスなり紹介なり。任務なんかと絡められちゃあちっとも骨休みになりはしないわよ」
 至極当然な意見であった。
「ほっほっほ。バカンスにアクシデントはつきものじゃ。恨むなら海賊や勇者殺しを恨むことじゃな」
 静葉の睨みを意に介することなく海魔王はのんきに笑った。
「まったく、無理のあるシナリオね…ラノベならダメ出しくらってるところよ」
 暖簾に腕押しと判断した静葉は溜息をついた。

「ご安心ください。我々の要求に従うならばあなた方は安全に下船させます」

 一方、海賊を殲滅させた頃合いに船の上空から舞い降りたハーピーのアウルは生き残りの乗員に告げた。アウルと海魔王軍の魔族達に包囲された乗員達は震えながら甲板の隅に固められていた。
「あ、あの…要求って…?」
 『守護の風』の魔法使いは恐る恐る質問した。
「この船の貨物室に保管されている積み荷です。我々も何かと入用ですので」
「ま、待ってくれ!」
 オーナーのイッサクはすかさず口を挟んだ。
「あ、あれを見られたら…その…ひっ!」
 イッサクの足元に一本の羽が刺さった。
「我々は積み荷を白日にさらすつもりはありません。純粋に魔王軍の資源として利用させていただく。それだけのことです」
 アウルは淡々と答えた。
「得意先には頭を丸めて『魔族に奪われた』とでも詫びれば済む話です。それとも、公にさらしてもらう方が望みですか?」
 平坦な口調でありながら刃よりも鋭い視線でアウルが尋ねると、貴族達は一斉におとなしくなった。イッサクに至っては股間部を派手に濡らしていた。
「話はまとまったようじゃな。荷物の運び出しは海魔王軍われらに任せ、おぬしらは一休みするがよい」
 そう告げたレヴィアーナは甲板のバイキングコーナーに手を向けた。彼女の部下達が静葉達のために新たに用意したものだ。
「い、いつのまに…」
「この船の厨房もすでに制圧済みじゃ。人間達こやつらよりも美味いものを作らせてある」
「あら嬉しい。お言葉に甘えましょ」
 目を輝かせてメイリスは一直線に料理に足を運んだ。
 
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