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第十章

海魔王レヴィアーナ

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「見事な働きであったぞ!魔勇者シズハとその下僕共よ!」

 甲板に戻った静葉達を迎えたのは海に突如現れた海竜――が変化した妖艶な魔族の女性であった。臀部から海竜の尻尾を生やし、耳の位置にはリーヴァと同じ形のヒレがある。

「改めて名を申す。わらわの名はレヴィアーナ・ミウ・ドライゴン。この世の海を統べる海魔王じゃ」

 海魔王レヴィアーナは厳かに頭を下げ、自己紹介した。その美しき姿は静葉一行だけでなく海魔王軍に包囲されて甲板の隅に固められている魔法使いと僧侶と貴族達の目を奪うに十分であった。
「また面倒なキャラと設定ぶち込んできたわね…」
 静葉はあきれ顔で海魔王の前に出た。

「私は――」
「おっと。皆まで言う必要はないぞ。おぬしらの事はオグロから聞いておる」
 レヴィアーナは静葉の言葉を遮った。
「さて、此度は我が愚息が世話になったようじゃな。礼を言わせてもらうぞ」
「母上!私はこいつらに世話など――ぐはっ!」
 異議を申し立てようとしたリーヴァだが、レヴィアーナの右手から放たれた水砲が彼の鳩尾に直撃し、その場にうずくまった。
「たわけが。公の場では『海魔王様』と呼べと言うておるじゃろうが」
「ふ、ふぐう…」
 レヴィアーナは右手の水気を払いながら溜息をついた。
「すまぬのう。そやつは座学は優秀なのじゃが、実戦経験が浅いお坊ちゃん故、そのザマなのじゃ」
「そうみたいね。腕は悪くないけど…」
 実際の様子こそ見てはいないが、息子が今回の任務でどのような立ち回りをしてきたか、レヴィアーナは容易に想像していた。
「だいたい、預けておいた『深淵の鎌』はどうした?言うてみよリーヴァよ」
 海魔王の厳しい問いかけにおののきながらもリーヴァは口を開いた。
「それは…」
「黙れ!」
「ぶふぇあ!」
 海魔王の声が言葉を遮り、リーヴァは顔面に強烈な水砲を浴びた。
「え、えぇ…」
 あまりの理不尽な仕打ちに静葉は思わず絶句した。
「未熟者めが!海の中しか目を向けておらぬから魔勇者になれぬのじゃ!」
「ご、ごぼぼぼぼ」
 リーヴァの顔面に水を浴びせ続けながらレヴィアーナは説教を続けた。
「文句があるならばたった一人でこの船を制圧するぐらいの力と気概を見せてみせい!そこの魔勇者は片手だけで国一つを滅ぼすほどの実力じゃぞ!」
「ご…ごぼぼぼぼぼ」
「ちょ…誇張表現…」
 事実と大きく異なる話をされて静葉はとても困惑していた
「ふふ。海の中でも有名人ね。魔勇者様」
「うっさい」
 当時の協力者であるメイリスからの茶化しを流した静葉であった。

「それはさておき、魔勇者よ。おぬしは良い眼をしておるのう。昔のオグロによく似ておる」
 息子に一通りの仕置きを済ませたレヴィアーナは話題を変えた。
「オグロ…魔王のこと?」
「そうじゃ。わらわも昔はあやつと何かと競ったものじゃが、当時のあやつは血気盛んでな。何者も近づけぬような覇気を纏っていたものじゃ」
「…全然嬉しくないわね。魔王あいつに似てるなんて言われても」
 昔を懐かしむレヴィアーナに対し、静葉は冷たく言い放った。
「ほっほっほ。そういう強気なところも奴にそっくりじゃ。まるで奴の子供じゃのう」
「やめなさいよ。ますます反吐が出そうだわ」
 少し殺気のこめられた眼差しを向けられているにも関わらず、レヴィアーナはヘラヘラと笑っていた。
「そして、あの強烈な禁断魔法…あれを連発する戦法は奴でもまず思いつかぬぞ?なんと無謀で大胆な判断よ」
 海竜の姿でこの海に姿を現したレヴィアーナはクイーン・ゼイナル号の側面に開けられた穴から魔勇者と灰色の髪の男の戦いを途中から見物していた。
「もう少しであの勇者殺しとやらを始末できたのにのう…惜しかったわい」
「惜しくなんてないわよ。正直、ギリギリだったのよ」
 禁断魔法の連続攻撃。とっさに思いついたばくち戦法であった。
「そうでもなかろう?おぬしにはあるんじゃろ?が」
 静葉の眼の奥を捉えたレヴィア―ナは薄ら笑いを浮かべ、意味深に尋ねた。その質問の意味を静葉はなんとなく理解した。
「…あれはそんないいものじゃない。できれば使いたくないわ」
「そうかそうか。まあ、のようにはなりたくないよのう」
 何かを知っているレヴィアーナは怪しげに笑っていた。
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