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第十章

勇者殺し

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「はぁっ…はぁっ…」

 弱まってきた黒い炎を両手にくすぶらせながら静葉は呼吸を整えた。慣れない上にぶっつけ本番のの禁断魔法の二連発はさすがに応えたようだ。
 どこから来るかわからない空間を越えた攻撃。それを防ぐために相手の足を封じ、自分の全方位に攻撃をぶちかます。とっさの判断であり、正直、精彩を欠いた戦法であった。もし、突破されていれば…

「く…」

 静葉が正面に目を向けると、そこには右肩の出血を左手でおさえ、苦痛の表情を浮かべるセラムの姿があった。脇腹や右足にも多少の傷があり、いくらかの手ごたえがあったようだ。
 今こそ追い打ちをかけるチャンス――と言いたいところだが、身体が重い。禁断魔法の反動は思った以上に大きいものであった。しかし、いいところで動けないのは相手も同じだった。

「禁断魔法…魔勇者の称号は飾りではないようだな…」

 傷を負っているにも関わらず、セラムは不敵に笑っていた。

「…もっとも、己自身をもむしばむようだがな」
「無敵のチートスキルってわけじゃないからね」
 強がるように静葉も不敵に笑ってみせた。腰に巻かれた赤いマフラーは威嚇するようにうごめいている。

「それほどの力を持ちながら、なぜおまえは魔王共の奴隷に甘んじている?」
「は?」
 突然の不快な質問に静葉は眉をしかめた。

「…私だって好きであんなクソに従っているわけじゃないのよ」
「…ならば何のために?富か?栄誉か?それとも愛か?」
 セラムは冷ややかな表情で質問を続けた。

「…あいにく、くだらない問答に付き合ってる暇はないわ」

 静葉は天井を指さした。巨大な竜巻によって開けられた穴から二つの影が飛び降りてきた。甲板から援護に駆け付けたメイリスとリーヴァだ。

「これでもまだ続けるつもり?勇者殺しさん」
「何?」
 静葉の言葉を聞いたセラムは小首を傾げた。
「勇者…殺し…俺のことか…?」
「そうよ」
 彼にどのような事情があるかは静葉は知らない。しかし、勇者の称号を持つ者。あるいはその力にすがる者の命を狙うその姿はまさしく勇者殺し。静葉はそう考えた。

「ふ…ふふ…」
「え?」
「はははははは!」
 突如笑い出したセラムに静葉は思わず身をすくませた。

「いいだろう。俺の名はセラム・ドゥ。勇者という存在に絶望を刻む勇者殺しだ」
 
 再び名乗りを上げたセラムは自らの真横に絶剣を振るい、空間の裂け目を作り出した。
「いい土産の礼だ。今日のところはひいてやる」
 開かれた空間の裂け目の向こう側には緋色の奇妙な空間が広がっている。
「だが、覚えておけ魔勇者よ。勇者は何も救わない。救えない。救われもしない…」
 そう言い残したセラムが裂け目に身を投じると、瞬く間に裂け目は閉ざされ、静葉の周囲から勇者殺しの気配が消えた。

「…ひいてくれた…」

 空間の揺らめきが収まったことを確認した静葉は両腕の黒い炎をひっこめ、大きなため息をついた。

「大丈夫?」
「ええ」
 両膝の力を抜いた静葉にメイリスは肩を貸した。
 ああも強がりはしたが、正直ギリギリであった。あれ以上戦うことになっていれば勝ち目はなかったであろう。

「よくぞ生き延びた。魔勇者よ」
「うお!」

 突如聞こえた声の方角に目を向けた静葉は、壁に大きく開けられた穴から見える海から顔を出している海竜と目が合った。

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