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第十一章

人間への想い

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「ぐはぁっ!」

 強烈な水柱に打ち上げられ、盗賊の身体は空高く宙を舞った。上級水魔法『メガアクア』による水柱だ。

「ぐぶえぇっ!」

 高高度からの落下による衝撃で盗賊は数か所の骨に大きなダメージを負った。
「ひ、ひぃっ…」
 仲間が血反吐を吐き、もだえ苦しむ様を目の当たりにした他の盗賊達は恐れおののいた。
「死にたくなければ早く失せろ」
 水魔法の主はそう言い放ち、手に持つ大鎌を頭上に高く振り上げ、回転させた。端正な顔立ちを持つ青髪の青年である。
「今の私はそんな気分ではないのでな」
 青年は回し終えた大鎌を構え、鋭い目つきで盗賊達を睨み付けた。
「う…うわあぁぁぁぁぁ!」
 その気迫に圧された盗賊達は負傷した仲間を抱え、一目散に逃げだした。

「全く…嘆かわしい」
 視界から敵が消えたことを確認した青年は大鎌を下ろし、溜息をついた。後ろに目を向けると、そこには右腕のないシスターが佇んでいた。
 抵抗する術を持たぬ女性に複数で襲い掛かり、自らの快楽を満たそうとする野蛮な思考。青年にとってそれは不愉快極まりないものであった。
「もう大丈夫ですよ。シスター殿」
 青年は笑顔を浮かべ、シスターに手を差し伸べた。
「あ…ありがとうございます」
 シスターは戸惑いながらも礼を述べた。
「私はウェイブ・シーハーブ。修行に打ち込む旅の者です」
「修行…ですか?」
 名前を聞いたシスターは首を傾げた。
「ええ。恥ずかしながらも私は未熟な身。あるお方のように強くなろうと精進すべく旅をしておりまして」
 ウェイブは自らの大鎌を見つめた。
「あるお方?」
「はい。ある船旅で出会った女性なのですが…若輩ながらもそのお方の実力はけた違い。私など足元にも及びません」
 ウェイブは自らの身の上話を始めた。
「さらに、そのお方は身も心も美しく、己の目的のために戦うそのお姿に私は心を奪われたのです」

「そのお方というのは…人間ですか?」

 シスターの質問を聞いた瞬間、ウェイブは大鎌をシスターの首元目掛けて振るい、ギリギリのところで止めた。

「失礼…どういう意味ですかな?」
 ウェイブは静かに尋ねた。シスターの言葉と目。それは自分が人間ではないことを見抜いているものだった。
「ご、ごめんなさい。魔族だとわかったのでつい…」
 シスターの謝罪の言葉を聞き、悪意も敵意もないと判断したウェイブは大鎌をゆっくりと下ろした。
「あなたも…?以前も魔族にお会いしたのですか?」
「はい。その方も私を助けてくださったもので…」
「そうだったのですか。これは失礼しました」
 ウェイブは頭を下げ、非礼を詫びた。
「しかし、滑稽ですかね…魔族が人間に恋焦がれるなど…」
「いいえ。素敵なことだと思います」
 頬を赤らめ、目を伏せながら尋ねるウェイブにシスターは笑顔で答えた。

「仮にそうだとしても…私にはそれを責める資格はありません…」

 そう言葉を続けたシスターの笑顔にはどこか暗い影が潜んでいた。
「…?それは…」
 いかなる意味があるのか。そう尋ねようとしたウェイブだが、ぐっと言葉を飲み込んだ。触れられたくない過去。女性のそれに触れるのは紳士の流儀に反する。彼はそう教えられてきた。

「…つい話し込んでしまいましたな。それでは」
 ウェイブは話を切り上げ、シスターに背を向けて歩きだした。
「どちらへ?」
「オウカ公国へ。あの国には腕利きのサムライが数多いとお聞きしております」
 想い人の力に少しでも近づくために各地の猛者と戦い、実力を磨く。それがウェイブの旅の目的であった。
「そうですか…お気をつけて」
 シスターはウェイブの背中に頭を下げ、ウェイブとは反対の方角へ歩いて行った。

「…妙なシスターだったな…」

 オウカ公国に続く街道を歩く中、ウェイブは先ほど会ったシスターについて思い返した。自分を魔族と見抜くだけならいざ知らず、大鎌を首に突き付けられた時、身じろぎ一つなかった。いかなる強者であろうと急所に刃を近づけられては多少の動揺はあるはず。

「…まるで自らの…」

 命に執着していない。そんな気がした。
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