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第十二章

エイル怒る

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「全く、今回も面倒――な?」
 けだるげに背伸びをする静葉の足元に一枚の鳥の羽が突き刺さった。その羽には手紙が添えられている。メイリスは羽を拾い、手紙の中身を改めた。
「ヌコちゃん達は作業を終えて持ち場に戻ったみたいね。私達も移動しましょ」
 静葉は中央広場で行列が来るまで待機。メイリス達は不測の事態に備えて首都の東西南北の各門付近に潜伏する手はずとなっていた。東門はボルグ。西門はエイル。南門はマイカ。北門はメイリス。冒険者ギルドが近い東門を担当するボルグは先に地下から持ち場に向かっている。
「そうね。それじゃ――?」
 大鷲の仮面をかぶったマイカはふと、右側にいるエイルに目を向けた。準備を整えた自分とは対照的に、いまだに兜をかぶらずに浮かない表情をしている。
「どうしたの?」
「あ。いや、その…」
 マイカの声に反応したエイルは歯切れ悪く答えた。彼は中央広場を行き交う人々を見下ろした。

「…大丈夫かな…ここの人達…」

 自分達魔王軍やクーデターの行いによってこの街や無関係な人々に少なからぬ被害が生じる。そんな懸念がエイルの心を満たしていた。
「大丈夫よ!爆弾はヌコちゃん達が無害なものに替えたし、お姫様を確保したら私達は街から引き揚げるし、クーデターもオウカのサムライや冒険者が何とかしてくれるわよ」
 メイリスは笑顔でエイルの背中を叩いた。
「ま、私はここの人間がどうなろうが知ったことじゃないけどね」
 この世界の人間にあまり関心のない静葉は鼻を鳴らした。
「で、でも…」
「うだうだ言わないの!こういう時は動きながら考える!ニールだったらそうしてるとこよ!」
 煮え切らないエイルに対し、マイカは檄を飛ばした。
「…ニールなら?」
「そうよ!普段は能天気でずぼらで、何かと面倒に首突っ込むお人好しだけど、意外と冷静で、機転が利いて、それで――」

「…僕はニールじゃないよ」

 静かながらも力強い非難がマイカの言葉を遮った。話を止めたマイカがエイルの顔を見ると、無言で悲しそうに自分をにらむ彼の視線が突き刺さった。

「……!」

 何か言おうとしたマイカに背を向けたエイルは黙って兜を被り、重厚な鎧姿からは想像もつかぬ跳躍で隣の建物の屋根へ飛び移った。そのまま彼は持ち場の西へ移動した。

「…驚いたわ。あの子、あんな風に怒るのね」
「そうね。正直ビビったわ」
 メイリスと静葉の言葉に反応したマイカは振り向いた。
「…ニールって奴のこと、ずいぶん引きずっているみたいね。きっとそれが嫌だったのよ」
「…!」
 そう静葉から指摘されたマイカは言葉を詰まらせた。
「複雑なお年頃ね」
 三人よりも年上のメイリスは苦笑した。
「ま、後で謝るといいわ。あの子もわかってくれるわよ」
 そう言い残し、メイリスは北門への移動を開始した。

「……」

 マイカも南門への移動を開始した。静葉には彼女の仮面の下の表情を読み取ることはできず、ただ、その場での待機を続けた。
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