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第320話 エメラルドの約束19

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「──エメレアちゃん、やっと寝てくれました」

 荷台から降りてきたのは黒髪ショートの少女キサラギだ。荷台には泣き疲れて寝てしまったエメレアと、エメレアの身体を優しくあやすように叩くシュナがいる。

「それはよかった。エメレアさんもあんな精神状態じゃ起きてるのも辛いだろう。色々考えてしまうだろうから。せめて夢の中でお兄さんと会えてるといいね」
「そうですね……あんな小さな子が……あんまりです」
「キサラギも休みなさい。今日の見張り番は私とライグラファに決まったからね。安心して休みなさい」

 〝吟遊詩人バラッド〟では、女性が荷台、男性は雨が降ろうが外で寝袋で睡眠。見張りは男性がジャンケンで、その日の見張り番を2人選出し、ジャン負けの2人で2時間置きに見張りを交代するシステムを採用してる。一見結構な女性贔屓びいきだが特に男性陣からの不満はない。

「すいません。では、お言葉に甘えます──あ、レベッカさんも行きませんか?」
「ええ、私も今日はもう休みたいわ」

 おっとりとした黒髪の杖使いのレベッカがキサラギに返事をすると、トアに会釈し荷台に入る。

 ──それから一刻。
 穏やかな夜だ。魔物の出現も無い。

 そんな中、トアは残った豚鹿ぶかじかの肉を使い、せっせと焚き火で燻製くんせいを作っていた。

「トア、迷惑じゃなければ飲んでていいか?」
「構わないよ、エルバ、飲み過ぎなければだけどね」

 茶髪に髭の中年男性のエルバが酒の入った瓶を持って、トアの隣に腰を下ろす。
 気が付けば、まだ起きているのはトアとエルバのみであった。

「エルバが隣に来るのは珍しいね。何かあった?」
「〝最高貴族〟俺もアイツ等は大嫌いだ。昔、友人がアイツ等に何の罪も無いのに、嬢ちゃんの兄ちゃんと同じように処刑されてる」

 酒でも飲まないとやってられないとばかりに、グビッと酒を煽るエルバの顔は険しい。

「我々は弱いね」
「全くだ」

 エルバは瓶を傾けながら、吐き捨てるように言う。

 更にグビッと酒を一口ほど煽ると、トアの目の前に酒瓶を持っていく。

「……はぁ、分かった。見張りに差し支えない程度に私も少しいただこうか。もう少しで交代だしね」

 観念したようにトアが言い、そっと酒を飲む。

 生真面目なトアが見張り中に酒を飲むなど本当に珍しい。先程のエメレアの話しにトアも心中、穏やかではなかった。最高貴族への怒り、エルフの国への不信感。そんな感情が渦巻いていた。

 そんな時だ、悲鳴が聞こえたのは。

「うわあああああぁぁぁぁぁ!! 兄さん、兄さん! リョク兄さん! いやぁぁぁぁぁぁぁ──!!」

 荷馬車の中からだ。
 声の主は他でもないエメレアだ。

「エメレアさん! ──シュナ、キサラギ、レベッカ、いいかい、開けるよ!」

 慌ててトアが荷台に駆け寄り、声を掛け、荷台を開けると──

 暴れるエメレアを抱き抱えるキサラギの姿があった。同じく荷台で寝ていたシュナとレベッカもエメレアの声で起きてしまっている。

「大丈夫です、少し悪い夢を見てしまったみたいで」
「兄さん! 兄さん! あぁぁぁぁ!」

 ガクガクと震え始めるエメレア。

「エメレアちゃん、落ち着いて、頼りないけど私たちがいるよ! だから、ね、落ち着いて、お願い」

 キサラギが必死に宥める。
 数分後、ようやく、落ち着きを取り戻したエメレアは、また夢の中へと戻っていった。

「そりゃ、パニック障害──夜泣きぐらいするわな」
「そうだね、明日、街に寄って、精神面に効く薬草──〝精神薬草アムニスヘルバ〟を探してみよう。家に帰れば、家の森にいっぱい生えてるんだけどね、残念だけど今は持ち合わせてないや」

 仕方ないだろうと頷くエルバと、具体的な解決策を練るトアはエメレアが再び寝てくれたのに安堵する。
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