108 / 378
第107話 ミリア・ハイルデートはミリアである28
しおりを挟む──聖女様が帰ってから10日が過ぎた。
あれから、私は家の敷地内から出ていない。
団子屋のおばちゃんが顔を出してくれたけど、『ごめんなさい。今は少し放っておいて』と私は足を運んでくれたおばちゃんに言ってしまった。
お母さんの事で私に気遣ってくれるおばちゃんといると、何故か変にお互いがぎこちなくなってしまう。
それが何だか、私とおばちゃんに変な距離ができてしまいそうで嫌だった。
だから、少しでも落ち着いたら、今度は私から会いに行こうと思う。
そしたら、また『ごめんなさい』を言わなくちゃ、おばちゃんにはいっぱい迷惑をかけてしまった。
他に変わった事と言えば、私は家の中にいる事が少なくなった。
家の中にいると、どうしても落ち着かない。
何回も思ってしまうけど、もうお母さん達がこの家に居る事も、会うことも、この先何年、何十年、何百年、何千年が経とうが二度と来ない。
あの時間には、もう絶対に戻れない。
そう考えると、毎度の如く、嫌な汗が溢れ出てきて、頭痛がして、目がぐるぐるとしてくる。
それは、家の中の何気無い場所や、空間をふと見る度に、そんな嫌な考えが頭の中を過ってくる。
意識しないようにしても、無意識に考えてしまう。
今の私には、それがとても耐えられなかった。
だから、私は基本的にお墓の前にいる。
今の私はこの場所が一番落ち着いてしまう。
シャワーとトイレの時以外は私はいつもここだ。
その2つの時だけ、私は家に入る。
寝る時もここ。地面に薄いシートを敷いて、軽い布に包って寝ている。
日中は、お母さん達へのお墓に供える為、お花を湖の近くや森へ採りに行ったりする。
お水は家の近くにある湧水を飲んで、食事は森で採れた果物を食べたり食べなかったりだった。
お母さんが亡くなってから、全然お腹が空かない。
戸棚に仕舞っておいた残りのお団子も、どうしても食欲が湧かず、全部お墓に供えてしまった。
その供えていたお団子達は、いつの間にか無くなっていしまっていたのだが、それは森の鳥や小動物達が持っていったみたいだ。こないだ、たまたまチラっと、お団子を持って行く小動物の姿を見た。
──バサリッ
「タケシ……」
湖の近くに咲くお花を摘んでいると、タケシが現れる。
「ガウ」
そして地面に降りてきたタケシは、私を半円状に囲むように、ぐだりと座り込む。
そんなタケシと一緒に私もその場にペタンと座る。
「ねぇ、タケシ、お母さんも死んじゃったんだ……」
この事は、もう何度もタケシに伝えた。
「でもね、私、お母さんが亡くなる数時間前に、一緒にお粥も食べて、いっぱいお話をしたんだよ……本当だよ……お父さんの事もタケシの事も話したんだよ……」
ぐしぐしと目を擦るミリア。
あの時の事を思い出すと、どうしても涙が溢れてくる。
あの時、お母さんと何でもっと話さなかったのか。
何で睡魔に負けて寝てしまったのか。
どうして、もっとお母さんの様子を看ていなかったのか──
私は、それがどうしても悔やみきれなかった。
「ガウッ」
タケシが私の身体の何倍もある大きな顔を近づけて、優しくスリ寄って来る。
私を励ましてくれているのだ。
長い、長い時間がゆっくりと流れていく。
タケシと話して少し元気が出たけど、これからずっとこんな、自分がグズッている毎日が続くと思うと、自分への情けなさと不安で、私は気が遠くなった。
*
──そんな毎日が更に10日が過ぎた。
気が滅入ってきた私は、気晴らしに沢山の食事を摂ることにした。
恥ずかしながら、私はここでおばちゃんに会いに行った。
お金を持って、お団子や食材を買いに行く。
私が顔を出すと、嬉しそうにおばちゃんは笑って抱き締めてくれた『変に突き放すようにしてごめんなさい。私、頭がいっぱいいっぱいで、何か変にギクシャクしちゃいそうだったから』と謝ったら『いいのよ、何も謝ること何て無いわ』と、更に私の身体を優しく抱き締めてくれた。
おばちゃんのお店のお団子とおにぎりを買い、それと、街で売ってるお肉や野菜等の食材をおばちゃんに頼んで、いくつか買ってきて貰った。
帰り際、お団子屋のおじちゃんが『これも食べな』と、お店のお饅頭をくれたのが凄く嬉しかった。
──私は沢山の食料を持って家に帰る。
家に帰ると、買ってきて貰った食材で料理を作る。
オムレツ、サラダ、縞牛のステーキ、野菜の塩スープ、これらは昔お母さんに習った料理の数々だ。
それとおばちゃんの家のお団子とおにぎりとお饅頭。食べ合わせはバラバラだけど、私の好きな食事のフルコースになった。後は森で採れた果物も付ける。
それらを持って私は湖へと向かった。
ちょっとしたピクニックだ。
綺麗な景色を見て、美味しいごはんを食べれば、きっと、私の心も少しは気が晴れてくる筈だ。
持ってきた料理を並べて、私は食事を摂る。
「いただきます」
ぱくっとサラダを食べる。
はむっとオムレツを食べる。
もぐっとステーキを食べる。
でも……
「……味がしない……」
私は慌てて、他にも、スープ、おにぎり、お団子、お饅頭、果物も、片っ端から口に運ぶが……
「……美味しくない……何で……」
別に風邪を引いてるわけでも、鼻が詰まってるわけでもないのに……ごはんの味が全くしない……
──私はごはんを食べることも大好きだった。
なのに、今は大好きなごはんの味すら感じない。
「……好きな事も……全部無くなっちゃった……」
ひぐっと泣き出すミリア。
でも、食事は続ける。
ごはんは無駄にしちゃダメだから。
それはお父さんにもお母さんにも教わった大切な事だ。
それでもミリアは味を感じようと、調味料を多く使って食べたりもしてみるが、それでも味はしない。
おにぎりに塩をこれでもかと付けて食べたが、塩が口の中でジャリジャリするだけで、味はしない。最後は気持ち悪くなってきて、吐き出してしまった。
時間をかけて、ミリアは食事を食べ終える。
「ごちそうさまでした……」
こんなに満足しない食事は初めてだった。
ゴロンと、ミリアはその場に仰向けに寝そべる。
気晴らしが気晴らしにならなかったミリアは、ショボンとショボくれながら、ボーっと、何処までも青く澄み渡る空を仰ぎ、ゆっくりと流れる雲を目で追う。
「……私、何してるんだろ……」
*
──ハイルデート家・敷地内 湖──
その湖周辺の見晴らしの良い、少し高台の場所。
──ヒュン! パッ!!
そんな場所に突如、二人の人影が現れる。
「エメレアちゃん、見て! 凄く綺麗な湖だよ!」
「ええ、クレハ、とっても素敵な所ね!」
何処からか〝空間移動〟のスキルで現れた、人間とエルフの二人の少女は──目に映る神秘的で綺麗な湖の景色を大きく見渡し、感嘆の声をあげるのだった。
45
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
Gランク冒険者のレベル無双〜好き勝手に生きていたら各方面から敵認定されました〜
2nd kanta
ファンタジー
愛する可愛い奥様達の為、俺は理不尽と戦います。
人違いで刺された俺は死ぬ間際に、得体の知れない何者かに異世界に飛ばされた。
そこは、テンプレの勇者召喚の場だった。
しかし召喚された俺の腹にはドスが刺さったままだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる