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防災無線から昼の音楽が流れてぼんやりと意識が戻る。
ん?
裏口の向こうに誰かいる?
擦りガラスの向こうに、形としてはキュっとかわいくて面積としては大きな影。たぶん縁石に座っているんだろう。
もしかして今井さん?
なに。なんで?
何を言われるか怖いのに、それでもやっぱり好きだって気持ちが込み上げてきて扉を開けた。
今井さんが立ち上がって振り返り、少し色気のある真面目そうな顔が懐っこい笑顔になる。
「おはようございます」
なじみのお客の中で密かに人気のこのギャップ。今日はその後で照れくさそうに目を伏せた。
あれ? なんか幸せそうじゃないか?
初めて一緒に迎えた朝みたいにモジモジフワフワしてる。
縁石の上にバランスよく乗っていた紙袋を俺に差し出す。弟さんが持ってきたのと同じ物。
「実家の庭に生えてたんですよ。妹夫婦の家が建つ場所なんで抜いてきました。葉っぱも根っこも薬になるって言ってましたし」
全身から力が抜ける。
「じゃあ、花言葉は関係ない?」
「花言葉? 花言葉って花屋さんに置いてないものにもあるんですか?」
無邪気な反応に、なんとか立っていた足から力が抜ける。
「枸杞の花言葉は『お互いに忘れましょう』です」
「ええ!?」
『良くなかったのかと思った』って言おうとして踏みとどまる。ここは外だった。
立ち上がる力は戻ったけど、まだ力の抜けた声しか出ない。
「中へ」
今井さんの緩みきっていた表情がすっかり縮こまってしまっている。
「あのっ、味見をする時枸杞だけ他より多いから、好きでおやつも兼ねてるのかなって。喜んでくれるかなって本当にそれだけで」
なんだ。俺だけじゃなかったのか。
「俺もです」
「へ?」
何が『俺も』なのか分からないって声で今井さんが顔を上げた。
「俺もただ喜んでほしかっただけです。
今井さん『パソコンとにらめっこの毎日だ』って言ってたでしょ。だから目に良い枸杞をできるだけ使うようにしていたんです。飽きたり嫌だと思われたりしないようにって慎重になって、無意識に味見が増えていたんだと思います」
なんだよもうっていう笑顔で見つめ合ってからソファに並んで座る。
今井さんが溜息なのか笑い声なのか分からない息を吐いた。
「意外とお互いのこと知りませんよね。
金曜日に舞い上がって帰って、新幹線に乗ってから連絡先を交換していないことに気付きましたし」
そういえば交換していない。俺は今気付いた。
「連絡したくないんじゃなくて、できなかったんですか」
背もたれに背中を預けた俺の顔を、体を捻って見つめてくる目は本当に意外そう。その疑問に答えるように続ける。
「昼前にこっちを出るって言ってたのに始発前にいなくなってたから、良くなかったのかと……その、相性が」
まっすぐに見つめていた瞳が逸らされないまま後ろにさがる。
「ええ!? そんな!
出掛ける前に洗濯とかしておきたかっただけです」
この空気、今日何度目だろう。
小さく笑い合ってからゆっくり息を吐いた。
俺の膝に今井さんの手が乗せられる。
「これからもこんなこと繰り返すでしょうけど、ポンさんを」
今井さんの袖をつまんで引っ張り、目を合わせて首を振った。
今井さんがはにかんで言い直す。
「和樹さんを喜ばせたいって気持ちからなことだけは信じて下さい」
今井さんの手の甲に掌を重ねる。
「俺もです」
今井さんの指の間に指を入れて握りしめると、今井さんが親指と人差し指の間で俺の小指を握り返した。
ん?
裏口の向こうに誰かいる?
擦りガラスの向こうに、形としてはキュっとかわいくて面積としては大きな影。たぶん縁石に座っているんだろう。
もしかして今井さん?
なに。なんで?
何を言われるか怖いのに、それでもやっぱり好きだって気持ちが込み上げてきて扉を開けた。
今井さんが立ち上がって振り返り、少し色気のある真面目そうな顔が懐っこい笑顔になる。
「おはようございます」
なじみのお客の中で密かに人気のこのギャップ。今日はその後で照れくさそうに目を伏せた。
あれ? なんか幸せそうじゃないか?
初めて一緒に迎えた朝みたいにモジモジフワフワしてる。
縁石の上にバランスよく乗っていた紙袋を俺に差し出す。弟さんが持ってきたのと同じ物。
「実家の庭に生えてたんですよ。妹夫婦の家が建つ場所なんで抜いてきました。葉っぱも根っこも薬になるって言ってましたし」
全身から力が抜ける。
「じゃあ、花言葉は関係ない?」
「花言葉? 花言葉って花屋さんに置いてないものにもあるんですか?」
無邪気な反応に、なんとか立っていた足から力が抜ける。
「枸杞の花言葉は『お互いに忘れましょう』です」
「ええ!?」
『良くなかったのかと思った』って言おうとして踏みとどまる。ここは外だった。
立ち上がる力は戻ったけど、まだ力の抜けた声しか出ない。
「中へ」
今井さんの緩みきっていた表情がすっかり縮こまってしまっている。
「あのっ、味見をする時枸杞だけ他より多いから、好きでおやつも兼ねてるのかなって。喜んでくれるかなって本当にそれだけで」
なんだ。俺だけじゃなかったのか。
「俺もです」
「へ?」
何が『俺も』なのか分からないって声で今井さんが顔を上げた。
「俺もただ喜んでほしかっただけです。
今井さん『パソコンとにらめっこの毎日だ』って言ってたでしょ。だから目に良い枸杞をできるだけ使うようにしていたんです。飽きたり嫌だと思われたりしないようにって慎重になって、無意識に味見が増えていたんだと思います」
なんだよもうっていう笑顔で見つめ合ってからソファに並んで座る。
今井さんが溜息なのか笑い声なのか分からない息を吐いた。
「意外とお互いのこと知りませんよね。
金曜日に舞い上がって帰って、新幹線に乗ってから連絡先を交換していないことに気付きましたし」
そういえば交換していない。俺は今気付いた。
「連絡したくないんじゃなくて、できなかったんですか」
背もたれに背中を預けた俺の顔を、体を捻って見つめてくる目は本当に意外そう。その疑問に答えるように続ける。
「昼前にこっちを出るって言ってたのに始発前にいなくなってたから、良くなかったのかと……その、相性が」
まっすぐに見つめていた瞳が逸らされないまま後ろにさがる。
「ええ!? そんな!
出掛ける前に洗濯とかしておきたかっただけです」
この空気、今日何度目だろう。
小さく笑い合ってからゆっくり息を吐いた。
俺の膝に今井さんの手が乗せられる。
「これからもこんなこと繰り返すでしょうけど、ポンさんを」
今井さんの袖をつまんで引っ張り、目を合わせて首を振った。
今井さんがはにかんで言い直す。
「和樹さんを喜ばせたいって気持ちからなことだけは信じて下さい」
今井さんの手の甲に掌を重ねる。
「俺もです」
今井さんの指の間に指を入れて握りしめると、今井さんが親指と人差し指の間で俺の小指を握り返した。
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