金の貧乏くじ

ritkun

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とある退魔師の3年間

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 3年前、高校を卒業して退魔師になった。

 もうすぐ研修が終わるという時に全員が引かされたクジは俺の紙だけ金色だった。箱から出した瞬間から分かる。教官と血筋がしっかりしてる研修生は知っていた。それが貧乏くじだと。

 源頼光と安倍晴明の血を引いているという人がいて、凄い能力を持ってるんだけどメチャクチャ世話が焼けるらしい。しかも何故か父親は犬猿の仲である警察側の人間で色々気を使うというか対応が難しい局面もあるそうだ。
 そんな人の相棒を新人に任せるなよ。

 でも一年乗り切れば同期に先駆けての昇進と希望の部署への転属が約束されている。
 犬猿の仲である権力者の間で動くというのもスリルがありそうで楽しみだった。

 コンビを組んで一週間でスリルも楽しみも無いことが分かった。噂のサラブレットは眠そうか寝てるか目が覚め切っていないかのどれかだった。

 5時起き12時就寝の研修はなんだったんだ。
 その人は毎日午後出社というか時間が決められていなかった。会議なんてその人に合わせて午後に予定を組む。

 それでも来るか心配だと、地区長に合鍵を渡された。
 チャイムを鳴らしても反応が無いから入ってみるとモデルルームみたいな部屋で、絵や花が飾られてるのに先輩の好みじゃない気がした。
 じゃあ誰の好みの部屋なのかと言われても、広告を見ているようで住んでる人の個性が見えてこない。そんな部屋だった。

 寝室のドアをノックしても返事はない。
 呆れと苛立ちでドアを開けて激しく後悔した。

 よかったんだろうか。会って一週間の俺が合鍵で上がって寝室にまで入るなんて。

 別人のような思考になるほど不思議な色気のある寝顔だった。
 閉められたカーテンとほのかな照明も手伝ってなんかエロい。

 気配に気付いたのか身じろぎしながら目を開けてぼんやりと俺を見上げる。
 なんか誘われてる気がするけど気のせいだ。寝ぼけてるだけなんだ。落ち着け俺。

「お早うございます。
 地区長命令でお迎えに上がりました。本日の会議は必ず定刻通りに始めたいとのことです」

「ん~~」
 ごろんとうつ伏せになってから、返事ともあくびとも伸びともとれる声で起き上がる。腹筋を使って起き上がることができないんだろうか。その後も正座の状態でぼーっとしている。

 さっきまでの俺なら苛立って着替えさせていた。年の離れた弟の朝の支度は俺がしていたからそれと同じ感じで。弟には優しくしていた。手順の話。

「着替えましょうか」
「うん……」
 返事はするけど動かない。

 い、いいよな? 変じゃないよな?
「て、手伝いましょうか?」
「うん……」
 足をベッドから降ろして目を閉じて頭が傾いている。

 いんだよな? いいって言ったもん。身を任せるようにこっちを向いて座ってるもん。

 パジャマのボタンを上から外していく。なんでこんなに緊張してるんだよ俺は。相手は目も開けずに半分夢の中なのに。

 全部外して見えた腹は意外と筋肉質だった。パジャマを開いて見える鎖骨になぜかグラビアの谷間を見た時よりも興奮する。肩は細いけど二の腕は少し筋肉があるんだな。っていうかこのはだけた感じエッロ!

 袖から手を抜こうとしたら俺の前髪が先輩の胸をかすめた。
「ん~、くすぐったい」
 悩ましい声を出すなよ。寝るのを邪魔された赤ん坊と同じ気持ちで出した声だって頭では分かってても、気持ちっていうか体の一部っていうか……。

 俺はぽっちゃり系が好きなんだ。こんな薄っぺらい肩とつまめそうもない二の腕にどうしちゃったんだよ、俺。

 見えてるからいけないんだ。早くシャツを着せよう。
「クローゼット開けますよ」
「うん……」

 シャツを着せてネクタイを……。
「ん」
 そんな顔で上を向くな!
 いや、どっからどう見ても男なんだよ。本人は絶対にキス待ち顔を作ってるつもりは無いんだよ。分かってる。俺は分かってるよ。ネクタイを結ぶだけですよ。

 よし。危機は脱した。

 って思ったけど、むしろここからじゃね?
「あの、下くらいは自分で着替えて下さいよ?」
「うん……」
 動かない。

 やるしかないのか?
 むしろ男だという証拠を目の当たりにした方が俺も落ち着くかもしれない。
「間に合わないんで失礼します」
「うん……」

 右手で左肩をそっと押しただけで倒れて、自分でパジャマのゴムを少しずらした。一応着替えようという意思はあるらしい。

 足を手の届くところまで上げる気力は無いようだから俺が脱がせる。

 ベッドに普通に寝る向きと垂直に横たわってるだけで非日常な感じがするのはどうしてだろう。ダルそうな寝顔とシャツからのぞく素足がヤッた後みたいだ。

 俺は手をパーにして押し付けたら指と指の間に肉がムニってなる腿が好きだ。こんな細くて硬そうな足に反応するな!

 ん? ダルそうな寝顔?
 ただの低血圧にしてはおかしくないか?

「あの、今って何か、術を使ってませんか?」
「うん……」

 答えを待つと、目を開けないまま教えてくれた。
「結界っていうか……センサーみたいな?
 かんかつの全体にはりめぐらせてるから……しんど……」

 やっぱりとんでもない人だった。
 俺はコンビを組まされてから今日まで、ただの怠け者のお坊ちゃんだと思っていた。

 お詫びとして優しくスーツを履かせてリクエストを訊く。
「朝食は何がいいですか?」
もう「あーん」とかしてあげたいくらいの気持ちだった。

 玄関に鍵が差し込まれる音がした。
 ドアが開くと同時に元気な声。
「起きろー! 朝だぞー!」

 足音が最短距離で寝室に向かってきてドアが開く。
「お! 起きてるのか。
 頑張ったな新人。まだ一週間なのに凄いじゃないか。
 地区長がお前に丸投げしたって聞いて様子を見に来たんだよ」

 できればもう少し早くか遅くに来てほしかった。
 ぞんざいに扱ったことへの後悔と甘やかしたい欲求が俺の中で渋滞している。

「後は朝食です」
 だから俺に任せてくれないかな。俺が責任を持って「あーん」して食べさせるので。

「それなら持って来た」
 小さな買い物袋を渡されて中を覗き込んだ先輩の「ありがと」という言い方で分かる。そんなに嬉しくなかっただろ。

 チルドカップを小さくしたような容器に付属のストローを差して飲み始める先輩。

 持ってきた人に訊いてみる。
「あれってなんですか?」
「カロリー補給飲料だ」
 いつも元気な人が俺の耳元で囁いた。
「介護用の」

 そんなことは多分気にしませんよ。テンションが上がらなかったのは二つとも同じ味だったから。
 分かってませんね。俺は一週間ですでに理解していますよ。

 はっ。
 何を競っているんだ。いかん。このままではいかん。

 そんな葛藤を繰り返す日々が始まった。

 俺が配属される前から先輩と一緒にいる人たちに嫉妬し、かといって俺が甘やかしきれるかというとそうでもない。

 勤務中に眠くなった先輩に肩を貸すことならできる。でも膝枕になりたそうに倒れてくると甘えないで下さいと言ってしまう。もちろん本心じゃない。反応したらどうすんだ。バレたら恥ずか死ぬ。布越しでも先輩の頭に当たったら切腹ものだ。

 苦しい一年間をなんとか乗り切り、最初の約束通りに転属先を選べると言われて俺はこう答えた。

「休職して修行をし直そうと思います。この一年間で、俺は能力も精神もまだまだだと思い知りました。
 そしてできれば、ここに戻って来たいです」

 あの人の側にいても揺るがない精神、あの人が頼れるだけの力、それを身に付けて戻って来る。



 なんて意気込んだはいいけれど、半年で貯金が底をつき復職した。先輩には新しい相棒がいて、少し距離のある関係がリハビリにもなり、俺がいた場所に微笑む先輩を見るのが苦しくもありという半年を過ごした。

 今年の相棒は面倒見が良い割に先輩とはドライな関係で安心している。

 ん?なんで俺いま「安心」なんてしたんだ?

 まだまだ修行が足りないようだ。
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