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第四話 名前と記憶
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アイーシャは狂い猪が飛び出してきたときの様子を、鶏肉を食べながらもう一度思い出す。
森からいきなり出てきて、距離は十メットルも無かった。そして狂い猪はそのまま突進を続け、私の方へまっすぐに向かってきたのだ。そして私は動くことが出来なかった。
それに反応した魔導人形は、俊敏な動きを見せた。疾風のように動き、私の後方から一気に前に出る。そして突進する狂い猪に向かっていく。それだけでも胆力が必要だろう。もっとも、魔導人形だから恐怖心などないのかも知れないが。
そして狂い猪とすれ違うように走り抜け、その途中で跳び上がり横に一回転しながら、その勢いで狂い猪の後頭部、頭の付け根を斬ったのだ。
狂い猪の皮は鎧になるほど硬い。硬い毛で覆われていれば尚の事だ。それに皮を切っても内部には骨がある。解体する時に確認したが、脊椎までが綺麗に両断されていたのだ。それだけでも大した技量だ。
そして魔導人形は、私への危険がないように狂い猪を蹴って進路を逸らした。まだ小さな個体だったが、それでも一五〇キーラはあっただろう。全力疾走する重量物を軽々といなした。
すれ違いながら斬って、蹴り飛ばした。そう言えば何ということの無い動きだが、改めて考えるとやはり奇妙だ。何故そんな事が出来るのか。異常とさえ言える。あの魔導人形は底が知れない。だが……。
「どう見てもポンコツ、なのよねえ……」
小さな声で呟き、アイーシャは魔導人形を見つめる。のほほんとした顔で緊張感がない。あれだけの動きをやってのけたとはとても思えなかった。
従者。こいつはそう言っていた。
騎士や戦士に付き従う者。従属する存在。若輩の見習いがなることもあるが、歴戦の勇士だが身分などが低い場合に従者となっている場合もある。騎士が存在しない国では直接領主などに仕え、騎士と同等の扱いになっていることもあるらしい。だが細かい定義はどうでもいい。要するに命令される側だ。
あの名無しダンジョンで魔導人形は主従の契約が結ばれたと言った。そしてアイーシャが主、自分が従者だと言った。
君を守る剣。そうも言っていた。
だからこの魔導人形は、狂い猪という脅威から自分を守ってくれたのだ。アイーシャはずっとそのことが胸に引っかかっていた。
狂い猪が出る可能性は常に存在している。通常は森の奥にしかいないが、年に数度は森の浅い部分に出没し、運の悪い者が出くわせば犠牲になる。
だから森に入るという事は、常に狂い猪と戦う事を想定しなければならない。厳しい考え方をすればそういう事になる。
アイーシャ自身もその覚悟はしているつもりだった。しかし今日実際に遭遇して、それがつもりでしかないことが分かった。
戦って勝つことは無理だろう。しかし、聖霊魔法の光で目を眩ませひるんでいる隙に逃げることは出来るはずだった。何らかの方法で目を眩まし逃げるというのは、一般的な対処方法だ。それがいつでも出来るようにしているつもりだったが、狂い猪の獰猛な瞳、歪で鋭い牙を見た時、恐怖で何もかもが吹っ飛んでしまった。
(こいつがいなかったら……私はどうなってたんだろう?)
もし、を考える事にはあまり意味がないが、しかし、恐らく自分は死んでいたか、生きていたとしても深い傷を負っていただろう。アイーシャはそう思った。
アイーシャはエールを飲む。だが、口の中の渇きは癒えなかった。
緊張の残滓が喉に張り付いているかのようだった。さっきから食べている鶏肉も、実のところはちゃんと味わえていない。
心がまだ落ち着いていない。狂い猪と遭遇したあの場所に、心を置き去りにしてしまったようだった。
(私の覚悟は偽物だったって事なのかな……?)
魔導人形の得体の知れなさもそうだが、それ以上に自分のふがいなさに腹が立っていた。しかしその腹立ちも、どこか他人事のように思える。本気になり切れていない気がした。
自分は本当に戦えるのか?
魔物なら何度も殺している。危険度が低い魔物が相手とは言え、自分を殺す気で襲ってくる連中を相手しているのだ。自分のクラスが僧侶である事とは別に、自分が戦士であるという自負があった。
しかしその自負が瓦解しようとしていた。結局弱い相手を殺して自己満足していただけで、自分は戦士などではなかったのではないか。そんな事を考えてしまう。
今日も魔導人形が一緒だという事に、どこかで安心して気を抜いていたのではないか。
そして……考えたくはない事だったが、自分はこの魔導人形に嫉妬しているのかもしれない。自分にはない強さを持つこの機械に。
(機械に嫉妬なんて……どうかしているわ…?!)
迷いを断ち切るように、アイーシャは大きな鶏肉の塊を食い千切った。そしてよく噛まずに呑み込んでいく。自分の中の戸惑いをごまかすように。
「アイーシャ……何かあったのか?」
エルデンはワインの入ったカップを置き、案じるような表情でアイーシャに声をかけた。
森からいきなり出てきて、距離は十メットルも無かった。そして狂い猪はそのまま突進を続け、私の方へまっすぐに向かってきたのだ。そして私は動くことが出来なかった。
それに反応した魔導人形は、俊敏な動きを見せた。疾風のように動き、私の後方から一気に前に出る。そして突進する狂い猪に向かっていく。それだけでも胆力が必要だろう。もっとも、魔導人形だから恐怖心などないのかも知れないが。
そして狂い猪とすれ違うように走り抜け、その途中で跳び上がり横に一回転しながら、その勢いで狂い猪の後頭部、頭の付け根を斬ったのだ。
狂い猪の皮は鎧になるほど硬い。硬い毛で覆われていれば尚の事だ。それに皮を切っても内部には骨がある。解体する時に確認したが、脊椎までが綺麗に両断されていたのだ。それだけでも大した技量だ。
そして魔導人形は、私への危険がないように狂い猪を蹴って進路を逸らした。まだ小さな個体だったが、それでも一五〇キーラはあっただろう。全力疾走する重量物を軽々といなした。
すれ違いながら斬って、蹴り飛ばした。そう言えば何ということの無い動きだが、改めて考えるとやはり奇妙だ。何故そんな事が出来るのか。異常とさえ言える。あの魔導人形は底が知れない。だが……。
「どう見てもポンコツ、なのよねえ……」
小さな声で呟き、アイーシャは魔導人形を見つめる。のほほんとした顔で緊張感がない。あれだけの動きをやってのけたとはとても思えなかった。
従者。こいつはそう言っていた。
騎士や戦士に付き従う者。従属する存在。若輩の見習いがなることもあるが、歴戦の勇士だが身分などが低い場合に従者となっている場合もある。騎士が存在しない国では直接領主などに仕え、騎士と同等の扱いになっていることもあるらしい。だが細かい定義はどうでもいい。要するに命令される側だ。
あの名無しダンジョンで魔導人形は主従の契約が結ばれたと言った。そしてアイーシャが主、自分が従者だと言った。
君を守る剣。そうも言っていた。
だからこの魔導人形は、狂い猪という脅威から自分を守ってくれたのだ。アイーシャはずっとそのことが胸に引っかかっていた。
狂い猪が出る可能性は常に存在している。通常は森の奥にしかいないが、年に数度は森の浅い部分に出没し、運の悪い者が出くわせば犠牲になる。
だから森に入るという事は、常に狂い猪と戦う事を想定しなければならない。厳しい考え方をすればそういう事になる。
アイーシャ自身もその覚悟はしているつもりだった。しかし今日実際に遭遇して、それがつもりでしかないことが分かった。
戦って勝つことは無理だろう。しかし、聖霊魔法の光で目を眩ませひるんでいる隙に逃げることは出来るはずだった。何らかの方法で目を眩まし逃げるというのは、一般的な対処方法だ。それがいつでも出来るようにしているつもりだったが、狂い猪の獰猛な瞳、歪で鋭い牙を見た時、恐怖で何もかもが吹っ飛んでしまった。
(こいつがいなかったら……私はどうなってたんだろう?)
もし、を考える事にはあまり意味がないが、しかし、恐らく自分は死んでいたか、生きていたとしても深い傷を負っていただろう。アイーシャはそう思った。
アイーシャはエールを飲む。だが、口の中の渇きは癒えなかった。
緊張の残滓が喉に張り付いているかのようだった。さっきから食べている鶏肉も、実のところはちゃんと味わえていない。
心がまだ落ち着いていない。狂い猪と遭遇したあの場所に、心を置き去りにしてしまったようだった。
(私の覚悟は偽物だったって事なのかな……?)
魔導人形の得体の知れなさもそうだが、それ以上に自分のふがいなさに腹が立っていた。しかしその腹立ちも、どこか他人事のように思える。本気になり切れていない気がした。
自分は本当に戦えるのか?
魔物なら何度も殺している。危険度が低い魔物が相手とは言え、自分を殺す気で襲ってくる連中を相手しているのだ。自分のクラスが僧侶である事とは別に、自分が戦士であるという自負があった。
しかしその自負が瓦解しようとしていた。結局弱い相手を殺して自己満足していただけで、自分は戦士などではなかったのではないか。そんな事を考えてしまう。
今日も魔導人形が一緒だという事に、どこかで安心して気を抜いていたのではないか。
そして……考えたくはない事だったが、自分はこの魔導人形に嫉妬しているのかもしれない。自分にはない強さを持つこの機械に。
(機械に嫉妬なんて……どうかしているわ…?!)
迷いを断ち切るように、アイーシャは大きな鶏肉の塊を食い千切った。そしてよく噛まずに呑み込んでいく。自分の中の戸惑いをごまかすように。
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