異世界に転生したらBlenderを使えるようになっていた

登美川ステファニイ

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第一章 異世界転生

第十一話 答え 第一章 完

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 雨が降った。今日は農作業も休みで、修道院の掃除や片付けをした。あとグビラさんと一緒に、もらってきた肉を燻製にしたり、家事の手伝いをやって午前中が終わった。
 午後からは特に予定がない。カドルホスさんは頼まれた書類の写しを書いたりしている。グビラさんは昼寝だ。
 俺はやることが思いつかなくて時間を持て余していた。そして心に思い浮かぶのは、あの焼け落ちた救護院だ。
 今日は雨。あの人たちは屋根もなくどうしているんだろう。町のタラオン教の人達が住む場所は何とかすると言ってたが、どうなったのだろうか。もしも雨ざらしみたいになっていたら……。
 しかし、見に行ったところで何ができるわけでもない。お金は多少貯まったが、それで何ができるというのか。その日の食事くらいは何とかできるだろうが、ずっと宿に泊めるとかそんなことが出来るほどの金があるわけではない。
 行ったところでただの野次馬だ。だがどうしても気になる。

「カドルホスさん……」
 作業小屋で書き物をしているカドルホスさんに声をかける。
「何ですか、リンタール?」
 カドルホスさんはゆっくりと羽ペンを動かしながら、作業は止めずに答えた。
「ちょっと町に行ってきます」
「そうですか? 今日は雨ですし、別に急ぎで必要なものでなければ明日でもいいですよ」
「いえ、買い物じゃなくて。ちょっと……」
「……そういう事ですか」
 カドルホスさんは手を止めた。そして俺の方を向いた。
「彼らのことが気になるのですか? 火事に遭われた方達の事が?」
「そうです。何もできないけど……何もせずにここにいるのが、耐えられなくて」
「そうですか……ここに座ってもらえますか、リンタール?」
 そう言ってカドルホスさんは自分の隣の椅子を引いた。俺はそこに座る。
「何もできないのに、それでも気になる。それとも貴方のブレンダーの力で助けたいと、そういう事ですか?」
「前に言われたように、Blenderの力を使う気はありません。今俺が行っても何もできないけど……こんな雨の日に濡れているんじゃないかと思うと、何だか、じっとしていられなくて」
「そうですか。貴方は優しい心を持っているのですね」
 カドルホスさんは微笑んだ。
「しかし、貴方にも我々にも出来ることはありません。雨に関しては、彼らは今、支援者の方が用意してくれた場所に泊っているそうです。ですから濡れ鼠の心配はありませんよ」
「そうなんですか? じゃあ、良かった」
「しかし恐らく、貴方の心配とはそれだけではないのでしょう」
「……はい、多分」
 彼らが雨に濡れていないのは良かった。しかし、救護院が無くなってしまったことには変わりがない。彼らには本当の意味での心安らげる場所はないのだ。いや、救護院があったところで同じことだ。
 孤児。怪我人。職を失った人。彼らに必要なのはもっと多くのものだ。それを救おうとすれば、もっとたくさんのお金がいる。それだけではない。衣食住だけではなく、職や教育も必要になる。しかしそれはもう個人でどうにかする範疇を超えている。行政の仕事、社会保障だろう。
 俺は何がしたいのだろうか。叶うのならば、救護院を俺の力で直したい。しかしそれが無理なことは分かる。出来る出来ない以前の問題だ。この世界には都合のいい魔法も奇跡もない。俺が生きていた日本、あの世界と同じだ。いきなり建物が出てくるなど、この世界に存在していい現象ではない。
 それを理解していてもなお、俺はまだぐずぐずと考えていた。俺は何かをしたい。しかし、何をしたいのだろうか?
「俺は……どうすればいいのか分からないんです。俺の力があれば大勢の人を助けられるかもしれない。でもそれは、とても不自然な力です。包丁の柄を直すくらいならともかく、でかいものは作るべきじゃない」
「貴方はその力を持っているがゆえに悩んでいるのですね。為すべきを為すべきではないのか。確かに……貴方の悩みは普通の人とは違うのでしょう。神に授かったのか、あるいは別のものか。いずれにせよ奇跡のような力です」
「はい……」
「リンタール。我々タラオン教の信者は人を救うことを目的としています。迷いから導き、神の国への水先案内人になる。ですから今回の様な火事や、災害。飢饉や戦争。そういった事が起きれば、私たちは協力して救いの手を差し伸べます。しかし、何も出来ない時があります。分け与えるものもなく、救うだけの手立てがない時があるのです。そういう時、私たちはどうすると思いますか」
 何も出来ない時? それは……どうしようもないだろう。一緒に火事に遭ったり災害に巻き込まれれば、自分まで被害者になれば助ける事はできない。
「どう……するんですか?」
「何も出来ないという自分たちを見つめるのです。無力さに打ちひしがれるかも知れません。しかし、無力であることを認めなければならないのです。私たちは神に仕えるが、神ではない。出来ることは限られる。おのれの分を知り、そこから他人を救う事が始まるのです」
「何も……できない。しないままって事ですか?」
「出来ないのであれば、そうですね。せいぜいが話し相手になることくらいですか。人を救うためには自分の手がふさがっていては駄目です。家族を守ったり、仕事を抱えていたり、借金があるのもいけませんね。人に差し伸べるための手は、身軽で無ければなりません」
「差し伸べる手……」
 俺の手は身軽か? 背負っているものは何もない。しかし差し出せるほどの物もない。
「とまあ、これは結局一般的な人に対する説教です。しかし貴方には通じない。何せあの力がある。貴方はお金も何も持っていませんが、何物にも勝るブレンダーの力を持っている。結局最初に戻りますね。ブレンダーの力を使えば救えるのに、使ってはいけない。そうすると出来ることはない」
「はい……それで、俺もずっとぐるぐる考えていて、答えが出ないんです」
「答えとは貴方の心です。そう言いましたが、今回の一件もそうなのでしょう。貴方が気になるのなら町にお行きなさい。自分が無力なのか、それとも何かできるのか。見てくるといいでしょう。引き留めたようで悪かったですね」
「いえ。話を聞いてもらって、少しすっきりしました」
「それは良かった。では、あまり遅くならないように。あ、ついでにジョンソンのところでパンを買ってきてください」
「分かりました」
 無力である自分を見つめろとは、思いもよらない言葉だった。しかし出来ないことを思い悩むより、そっちの方が健全なのかも知れない。開き直りではないが、しかし出来ないものはできないのだ。

 ヒッケンの町までは歩いて一時間ほどだ。歩くにはちょっと遠いが、しかし他の移動手段はない。村で馬車を借りる事もできるが、結構お金がかかる。日常生活で使うようなものではない。自転車でもあればいいが、それこそこの世界の文明や技術に影響を与えてしまうだろう。それはそれでちょっと面白そうだが。
 町の南通りから町に入り、パン屋の前に救護院のある北二番通りへ向かう。前に来た時から一週間経っていた。それに今日は雨だし、もう焦げた臭いはしない。
 焼け跡。瓦礫もあらかた片付いていて、けっこうすっきりしている。壊れた机や椅子なんかはまだ置いてあるが、煉瓦とかはもうなかった。
 瓦礫が無くなって救護院の中の様子が分かると、なんだか余計にひどい有様なのだと感じる。壁は途中からなくなり屋根もない。壁には焼け焦げた絵。机はなかったが、焼け落ちた椅子の残骸は部屋の隅に置かれたままだった。
 特に立ち入り禁止とは書かれていない。かと言って入っていいものではないのだろうが、俺は救護院の内側に足を踏み入れた。
 ガランとしている。それが第一印象だった。屋根や家具がないと随分広く感じる。ここであの人たちは生活していたのか。ここで食事をして、眠って……。
 壁の近くには雑多なゴミがまだそのままになっていた。これは棚の一部だろうか。それに……食器のようだ。皿に、フォーク。木製だ。修道院では金属のものを使っているが、お金がない人は木製を使うらしい。救護院はそこまでお金がなかったという事なのだろう。
 焼け焦げて半分炭になったスプーンを拾う。軽く、冷たい。これで食事をしたのだろうが、もう使い物にはならない。皿もそうだ。椅子も。何もかも。ここでは失われてしまった。
 金があれば元に戻るのだろうか。あるいは俺のBlenderのの力で建物を戻せば。きっと……元には戻らないのだろう。そんな気がする。
 俺には何ができるのか? そもそも本人達に聞いたわけじゃないから、何を必要としているのかもわからない。
 やはり俺は無力だ。そもそも開始点に立っていない。野次馬がやきもきしているだけだ。
「どうかしましたか?」
 後ろから声をかけられた。びっくりして振り向くと、そこにはタラオン教の人がいた。顔は知らないが、服装はカドルホスさんと同じだから多分そうなのだろう。
「あ、すいません。随分ひどく焼けたんだなって思って……出ます」
 勝手に敷地に入ってるんだから、怒られても仕方がない。しかしその人は特に怒っているというわけではないようだった。
「どうかしましたか? ここの方の知り合いですか?」
「いえ。ただ……何かできることはないかと思って」
「そうですか。全部焼け落ちてしまいましたからね。とりあえずの住居は何とかなりましたが……生活のための家財などは何一つない状況です。まあ、少しずつ何とかしていくしかないですね」
「食器もなんですね。あそこに燃え残ったのが落ちてました」
「ええ。全てですよ」
「……もし食器があれば……寄付って出来ますか?」
「え? ええ、もちろんです。寄付いただけるのなら喜んでいただきます」
「そうなんですね……」
「私たちは西通りの事務所におります。何か御用があればそこまで」
「はい、分かりました」
 男の人はどこかへ歩いて行った。
 思い付きで言ってしまったが、なるほど、食器か。それなら俺の力で作っても特に問題はないだろう。俺にできること。俺が差し出せるもの。その範疇だ。
 雨はまだ降りやまない。だが少しだけ、俺は晴れやかな気分になっていた。

 修道院に帰ると、俺はすぐに食器づくりに取りかかった。作るのは皿とフォークとスプーンだ。
 まず皿から。円を出してFでフィルして丸い平面に。Iで面を差し込んでGでZ方向に下げる。このままだと角がきついのでスムースシェードをかけて、更にモディファイヤーからサブディビジョンサーフェス。これで角が取れた。底の面がしわになっているのでIで面を差し込んで少し小さくする。最後に厚みを出すために全体を選択してEで上に押し出す。形状はこれで完成だ。
 次にフォーク。これは立方体で作ろう。まず縮小して大まかに細長い長方形に変形させる。そしてフォークの歯の根元辺りにループカットで辺を追加。この辺と一番端の辺を縮小して絞って柄の部分を作る。次は歯だ。ループカットで六本の辺を入れ、端から一か所飛ばしで四股になるように四つの面を選択する。そしてEで押し出して長くして歯にする。次にサブディビジョンサーフェスをかけると、歯の部分もと尖った形になる。後は厚みをSでZ方向に限定して縮小。完成だ。
 最後にスプーン。これは柄を作るところまではフォークと同じだ。先端もフォークと同じようにループカットで縦に辺を挿入。出来た頂点の位置を調整して、先端が丸くなるようにする。つぎにすくえるように丸みをつける。これもループカットで辺を真ん中に入れて、中央部分の頂点を選択してGのZで下げる。あとは厚みを調節して……これでいい。
 仕上げにマテリアルだ。現実世界の情報を取り込めることが分かったから、テクスチャを使ってみよう。まずは適当な木材の表面を取り込む。皿に新規マテリアルを追加して、そしてマテリアルのベースカラーから画像テクスチャを選択。取り込んだ木材のテクスチャを選択する。これでテクスチャが表示される。メタリックは0。粗さは0.8。光沢は0.2。これでいい。あとはフォークとスプーンにも適用。これで完成だ。
 そしてレンダリング。実体化した。
 木でできてる。ちゃんとテクスチャを使ったので謎の木じゃなく、本物の木っぽくなっている。成功だ。
 あとはこれを更に9セットレンダリングする。そして10セットの食器ができた。
 これを持っていこう。しかしその前に、カドルホスさんに見てもらおう。これが俺の出した答えだ。
 食器を籠に入れて作業小屋に向かう。カドルホスさんはまだ書き物をしていた。
「カドルホスさん」
「はい……なんでしょうか」
 カドルホスさんは手を止めて俺の方を見た。
「さっき町に行って、焼け跡を見てきました。たまたまタラオン教の人が通りがかって、全部焼けたからまた全部揃えないといけないと言ってて……燃えた瓦礫の中に食器もあって……それで、作りました」
 俺は机の上に籠を乗せ、皿を取り出した。
「ほう。木製の食器ですか……よくできている」
「これなら俺の力で作った奴でも不審にも思われない。これが……今の俺にできる範囲の事です」
「そうですね……このくらいなら普通に作って寄付していてもおかしくはないですね。いいところに目を付けましたね」
「はい」
 どうせ作るなら机や椅子も作りたかったが、今すぐ必要というわけではないだろう。食器であれば毎日使うし、邪魔になるようなことは無いはずだ。
「これを持っていきます」
「これが貴方の心の……落としどころなのですね」
「はい。今の俺には、これでいい」
 俺の力は、言ってみれば異常な力だ。チートと言えばそうかもしれない。何せ、その気になれば、恐らく金銀財宝でも、山のように大きな物でも作れるのだから。しかしこの世界で生きるならこの世界に合わせなければならない。人を助けるにも、限度というものがある。
 この食器は、この世界で生きる俺という存在が普通であるための、ギリギリのものだろう。やがてはもっと大きいものを作って、多くの人を助けられるかもしれない。城とかダムとか、そういうものだ。しかしそれは今ではない。
 ドアが開き、グビラさんが入ってきた。眠そうな目をこすっている。
「ふぁ~……まったく、ちょっと昼寝のつもりがすっかり寝てしまった。お、リンタール。なんだそれは。パンでも買ってきたのか?」
 グビラさんが目を光らせて籠の中を覗き込む。
「何だ、パンじゃないな。食器か?」
「パンは台所に置いてあります。これは、救護院の人達が使う食器を作ったんです。」
「へーそうなのか。なかなかよく出来ている」
 グビラさんは皿を手に取って感触を確かめている。
「これを明日持っていきます」
「そうですか。ではお願いします」
 カドルホスさんが言った。
「これで被害にあった人もうまい食事が食えるな」
「はい。そうだといいですね」
 作業小屋を出て自分の部屋に向かう。いつしか雨はやんで青い空が見えていた。
 俺はようやく、この世界での居場所を見つけたような気がしていた。

     第一章 完

※皿のモデリング
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