6 / 10
6話 帰り道
しおりを挟む4月12日
時間は23時を回ろうとしていた。俺達は彩を家まで送り届けると残りは元彼女を送るだけだった。不思議なことにさっきまでの沈黙はそこにはなかった。何気ない会話を続ける。
「楽しいね」
一通り喋り終えた元彼女がそう言う。確かに、楽しい。
ー終わってほしくないなー
そんな願いもむなしく最後の曲がり角を曲がり終えゆっくりと長い坂を上がっていく。よく行ったコンビニを2つ。スーパーを越えると元彼女の家はすぐだった。花屋の後ろのマンションを確認すると俺はハザードを押し脇に車を止める。
「運転ありがとう、お疲れ様」
「いや、大したことないよ」
すかさず続ける。
「死ななくて良かったな」
ニコッと微笑むと足元のカバンを持ち車から降りる。
ー1つ聞きたい事があるー
言うべきか、言わないべきか。言葉が詰まる。でもこの気持ちを抑えるためには言うしかない。ずっと言いたかった。とっさに体が乗り出す。
「なあ」
俺が言うと家に入ろうとした影がこちらを向く。唾を飲み込み
「どうしても1つ聞きたい事があるんだけど」
助手席の窓を開けると顔だけをこちらに入れ、何?と俺を見ている。
とは言ったもののここからが大変だった。何度も見ては目をそらす。それが続く。
「えっと、その」
ー言おうー
「君は今幸せ?」
なんて事言ってるんだ。でもそれを聞かずにはいられなかった。だってあの時君は言ったんだから。
「幸せになってね」
「お前もな」
それから俺はずっと考えていた。俺の幸せ。君の幸せを。
ーでも俺は絶対に幸せにはなれない。だってー
「今は幸せとかってあんまり分からないかな」
「そうだよな、分からないよな」
「ちょっと家で話す?」
「......うん」
車のエンジンを落としマンションの奥へと進む。細い階段を上がったすぐが元彼女の部屋だった。
ー1ヶ月ぶりかー
淡いピンクの扉が開くと後に続き部屋へと入る。1ヶ月しか経っていないのに随分と懐かしく感じた。無造作に置かれた赤いクッションに腰を下ろすとテーブルを挟み元彼女も座る。
「何か飲む?」
「いや、大丈夫」
ポケットから携帯を取り出してテーブルに置きあぐらを組み直すと何かに気付いたのか俺に視線を向ける。
「ごめんね、なんか色々。普段話すのちょっと気まずいけどこうして2人でいると落ち着くし。話せるとね、嬉しいの。」
「......何であんな事言ったんだろって」
苦しい。今まで悩んできた事がかき混ぜられた様な感覚。でも言われて嬉しい。だってそれって。
ー俺の事がー
「じゃあもう一回俺と...」
彼女も気付いたのだろうか。表情が曇る。その先を言ってしまえばどうなるか。1人で散々考えた。でも今こうして君を目の前にすると言わずにいられる訳がない。
「もう一回俺と...付き合って」
この部屋の時間が止まったかと思った。言った俺。聞いた君。どんな表情をしてるんだろう。まともに顔を見るのが怖くてずっと顔を伏せていた。ただ自分の膝を押さえる手を見て微かな体の震えを感じていた。
ー何か答えて。何でもいいから、早くー
「...ごめん。それは出来ないよ」
「......」
体の震えが止まった。でも違う何か。不安?憤り?失望?
どれも違う。また体が小刻みに震えだす。分からない感情が胸いっぱいに広がり口から流れだそうとしていた。
乱れた呼吸が伝わったのか。俺の肩に手が触れる。
「ごめんね」
あの日と同じ。彼女の頬を涙が伝う。
ー泣いてるのかー
不意に目頭が熱くなり一粒、涙が俺の頬を伝う。
「何でなんだよ」
また涙が流れる。止まらない。それしか言えなかった。
「私もね考えたよ。あなたといたいって、別れなきゃ良かったって。今でも好きだから。でもね」
今度は何も言えなかった。言いたい事はいっぱいあったのに。
「私もいっぱい考えて出した答えなの。それが間違ってるかもしれないって、でもまた君と付き合う事は出来ない。ごめんなさい」
肩に触れた手がゆっくりと俺の手に置かれた。
そらからしばらく俺はその手にすがる様に泣いていた。
本当に苦しかった。
でも本当の意味で苦しいのはこれからだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる