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第3部 第一章
4 砂漠をお散歩② 距離感
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ふと、意識を後ろに向けた。いるはずのシャドウの気配が感じられなかったからだ。キアは早歩きをし過ぎてしまったかと慌てて振り返った。
ずいぶんと坂道を上っていたようだ。眼下に見える海はだいぶ遠くにあった。海面が太陽の光を映してキラキラしていた。停泊している船の帆が風でなびいていた。人だかりがたくさん出ていた。荷下ろしが始まっているのだろう。風に乗って音楽が聞こえてきた。誰か弾いているのだろうか。歌声も聞こえる。船には荷物だけでなく、人や馬も乗ってくる。旅をしながら芝居や音楽を披露する芸人たちだ。笑い声や歌声が舞っていた。にぎやかになるなとキアは思った。ドエドの店も忙しくなるだろうなとぽつりとため息をついた。早く仕事に慣れないといけないと思いつつも、力が足りないのはすぐにはどうにもならない。キアは石壁に背中をつけ、二の腕を捲し上げ肉を摘んだ。ぷにぷにしている。まだまだ筋肉とは言い難い。
「はぁ」
頑張っていると褒められても、「まだまだ」だよ。気持ちと体力が見合わない。労ってくれたシャドウの姿を思い出す。
「私はまだ“だれにもなれてない”」
“だれか”ではなくて、本当の“自分”になりたいだけなのに。
キアは眉間に皺を寄せて目を閉じる。
一人になるとつい気落ちしてしまう。嫌な癖だ。
気持ちが重たくなる。
自分までまだ遠い。なりたい自分に手が届かない。
砂漠が近くにあるせいで目が痛い。喉もカラカラだ。
「暑さにやられたか」
路地からヌッと出てきた男はキアの隣に着いた。大きな体が太陽を遮り影を落とした。
「シャ、シャドウさん?」
急に現れたシャドウに、キアはドキッとした。水滴の付いたコップをキアの顔に近づけてきた。
「冷たっ」
「ずいぶんと足が速いな」
追いつくまで時間がかかったぞと笑う。額から首筋に汗粒が伝わって落ちた。肌がまた焼けてる様に見えた。
「シャンシュールのジュースだ」
冷たくて美味いぞと自分でも飲んでみせた。
「シャン?…というか、どこに行ってたんですか!私ずっと待ってたのに!」
「すまん。道を一本はずれた方に行っていた。この道で買うよりいくらか安くてな」
小銭の入った財布をチャリチャリと振った。ここで買えば210リゾ。路地を入れば150リゾ。
「観光客には高く売るのは商売の鉄則だからな」
港からの一本道は観光客用にあつらえた道だ。左右に出店しているのは地元の人間より、船に乗ってきた業者の方が多い。メインから外れた道は地元民が生活するエリアだから価格は一定だ。
「もう」
シャドウさんて、時々こういうところがある。こだわりがあって倹約家だ。変な人だ。
キアはコップに口を付けた。甘酸っぱい香りが鼻を通って行った。ひとくち。
「おいしい!」
「だろう」
隣でシャドウがシャンシュールの実の説明をしている間に、ゴクゴクと飲み干してしまった。
口中に広がる甘酸っぱさと飲み終えた後の爽快感で、先程のモヤモヤは吹っ切れた気がした。
「目が明るくなったな」
「え?」
「あまり元気がなさそうに見えたから暑さにやられたのかと思ってた。無理はするなよ。水分補給は大事だぞ」
前のめりでキアの顔を覗き込む。その仕草や行動は、親が子を気遣う様に見える。もしくは兄と妹。
「…」
キアは無言になってしまった。
「どうした」
喋らないキアにシャドウは首を傾げた。
「シャドウさんは私をどう見てるんですか?」
「どう、とは?」
質問の意図がわからない。ますます首がまがる。
「こんなに近くにいるのに」
キアも自分が何を口走っているのかわからなくなっていた。暑さのせいだ。頭が回らない。確かなことは、親でも子でもないし、兄でも妹でもない。なのにどうしてたって距離が近い。勘違いしてもおかしくない。
「シャドウさんにも目的があって旅をしているのに、どうして私に付き合ってくれてるんですか」
「…それは今答えることか?前にも説明したと思うが」
「こんなに距離が近いのに」
キアはシャドウの服の端を摘んだ。
「近くにいるのに、遠い」
「キア?」
シャドウは俯きがちになったキアの顔を、膝を曲げて覗き込んだ。
「どうした?」
「…わからないです」
急に何を口走っているのか。キアは俯いた状態でぽつぽつと呟く。一気に紅潮していく頬を絶対に見られたくなかった。
キアは口元を隠しながらくるりと踵を返した。シャドウに背中を向けて歩き出した。
「温泉はこの先ですよね!先に行きます!」
「おい」
俯いた状態から急に顔を上げたせいで、足元が崩れた。あっ!と声を上げる前に後ろにひっくり返りそうになった。
「おい!急に動くな」
シャドウはキアの背中を支えながら、日陰の方に引っ張って行った。
「無理はするなとあれほど言っただろうが!」
優しさから態度が一変した。
ネチネチうるさい。うるさ男。
「お父さんだったり、お兄さんだったり大変ですね。今は…みたい」
「…」
今度はシャドウが喋らない。何言ってんだこいつみたいな怪訝な顔をしていた。
キアは石壁に寄りかかってぼーっとしていた。商店の人が水で濡らしたハンカチを渡してくれた。
「汗を拭いたら気持ちいいよ」と助言をくれた。
ぼーっとしながら会釈だけした。シャドウが代わりに頭を下げていた。シャドウは相変わらず陰を作ってくれていた。横目でちらりと見る。
「シャドウさんは、私を引っ張って行ってくれる人」
落ち込んでいたら励ましてくれて、具合が悪ければ心配してくれて、頼ったら力になってくれる。「頼もしい人」
キアはぽつぽつと呟く。
「私に木陰をくれる人だ」
そこは安心して安らげる場所。あの森を思い出す。
「そばにいたいです」
ずっと。
「そばにいてもらえますか」
ずっと。
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