大人のためのファンタジア

深水 酉

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第2部 第1章

14 迷い子達(4)

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 雨に色が付いていたならば、森の中では若草色かな。光の加減で太陽の色にも変化する。空の色をも染め上げる。青く澄んだ雨。時に、雲の白さも残る。あれ?雨なのに太陽の色とか青空だとかはおかしいか。
 「不思議…」
 「何が?」
 「上の道を歩いていた時は、陰っていたから昼間でも葉っぱと土だけしか見えなかったのに、下道に来たら色がたくさんある。太陽の光って大事だね。木々の色がこんなにも鮮やかに映る…。空も青い…」
 森の中で見てきた数多の木々の輪郭が、太陽の下ではっきり見えた。新緑の柔らかな葉の瑞々しさが感じられる。
 「詩人だな」
 アンジェは柔らかな表情を見せた。
 無感情、無表情と周りから揶揄されると言われているらしいが、アンジェの笑顔は大変可愛らしかった。顔はフードのせいで半分は隠されてしまっているが、決して無表情なのではないとキアは思った。
 フードを外さないのは理由があるのだろう。外さない理由はまだ聞いては行けない気がした。そこまで踏み込んでいいわけがない。まだ今日会ったばかりだ。
 「はー、暑い暑い」
 アンジェはおもむろにフードを外し、重い前髪をかき上げた。
 「えっ」
 外さない理由があるんじゃないの…?
 キアはその場に固まってしまい、アンジェの方をまじまじに見つめてしまった。
 「何だ?」
 「あ、いや!別に…ええと…」
 「聞きたいことがあるなら聞くぞ」
 口調はいつも通りだ。
 「ふ、フードをずっとかぶっているのは何でなのかなと思って。何か理由があるのかなって私が勝手に思っていただけなんだけど…。急に外したから驚いてしまって…」
 しどろもどろ。うしろめたさが半端ない。勝手な思い込みでがんじがらめ。何をやっているのだろうか。
 「それは、ずいぶん悩ませてしまったようだな。すまない」
 「あ、謝ることはないよ!私が勝手に…ごめんなさい」
 すまないだの、ごめんだの、話が一向に進まない。
 「大した事ではないんだが、目の横に傷があるんだ。子どもの頃に崖から落ちてな」
 「えっ!」
 意外とアグレッシブ!
 「子どもの頃はやんちゃでな。よく木登りや崖登りをしたぞ。ま、運悪く落ちたけどな。傷口がわりと大きくて跡が残ってしまったんだ。私はあまり気にしてないのだが、周りから見ると痛々しいだの、気味が悪いだの言われてな。だから、隠すために髪も伸ばしてフードもかぶっている」
 アンジェは前髪をかき上げた。左目の眉毛の下から耳元にかけて8cmくらいの大きな傷があった。
 縫合した後の傷は、赤く膨らみ歪んでいた。地肌の色とは全く違い、赤い線が強調されてどうしてもそこに目がいってしまった。
 「ごめん、じろじろ見てしまった!」
 キアは両手で目を覆い、くるりとかぶりを振った。
 「いいよ。それが普通の反応さ」
 アンジェは髪をかき上げ、額から落ちる汗を拭った。フードもかぶっていると蒸し暑くなるんだと笑った。
 「わ、私は気味が悪いなんて思わないから、私の前ではフードはかぶらなくていいよ」
 「もう前髪とフードのセットになってしまっているから、苦ではないんだがな。でも、蒸し暑くて参ってた。ありがとう。そうさせてもらうよ」
 「うん。髪も結んだら?目に入るでしょ」
 キアは手首に付けていた飾りゴムをアンジェに渡した。
 「…気恥ずかしいな。今さらおでこを出すなんて。家にいてもやらないというのに」
 「でもそのままじゃ目に悪いよ。じっとしてて」
 キアはアンジェの後ろに回り、耳の上から両サイドの髪を真ん中に1つにまとめた。前髪は束ねずに分け目を入れて左右に行くように自然に流した。
 「おお!視界が広がった!」
 「おでこを出さなくても横の髪をまとめればすっきりするよ」
 「さすがだな。これはいいな。うん。気に入った!ありがとう。キア」
 「うん。すごく似合ってる」
 赤色のゆる髪が眩しい。
 「キアも髪が伸びたな。綺麗な色だ」
 泥まみれになった髪は小川の水で洗い流したのだ。服もバッグも。半乾きの服にまた袖を通した。
 背中に張り付く度に声が出てしまいそうになる。
 「そう?」
 「キハラの湖と同じ色だ」
 「…番はみんなそうなるの?」
 「ナユタは違うだろ」
 「そっか。私、元からこの色なのかな?」
 青い色の髪。最近色がどんどん青みががってきて、どんどん伸びてきた。もう腰のあたりまである。
 どんどんキハラに近づいて、どんどんそばに行けそうな気がする。
 キアは小川の流れに手を差し込んだ。ここもまた、キハラの体の一部。
 両手を広げ水を掬い上げ、口元に運んだ。湧水の澄んだ甘さが体じゅうに染み渡る。
 「キハラ。番のお仕事がんばるからね」
 今日はまだ会えてない。近づいているような気がしても、なお、距離を感じる。
 早く会いたい。
 キアは心の中で強く思った。

                                   *

 「…ちょっと小耳に挟んだんだが、王城が襲われたらしいぞ」
 「何だと!?それは本当か?そんな話は聞いたことがないぞ!」
 「なんでも王様が行方不明になっているとか…」
 「何てことだ…!」
 門所の前には商人が多く、各々の得意分野とする品物を売りに来ていた。日と雨避けのテントの中には、薬や、香辛料、土産物、洋服、水や乾物などが山の様に積まれていた。日によって並べられる品物が違うので、それを目当てに来る客もいる。国境といえど、森を渡らずに、ただの買い物に来る人も多かった。市場のように賑やかだった。
 「…ずいぶんと物騒な話だなぁ」
 賑やかな雑踏の中でナユタは商人達の会話を耳に入れた。こんな田舎で、何でこう王城に関わることが一気に耳に入って来るのだろうか?
 信憑性がなくとも放っておいていい話でもなさそうだとナユタは思った。
 門を背にナユタは、キアが来るのを待っていた。
 早く新月の儀式について教えなければならないのに、まだ何の説明もできてない。
 キハラに怒られる。ナユタは内心ヒヤヒヤしていた。
 「ああ!ナユタ、やっと見つけた!あんたの宿にも客が来るチャンスだぞ!」
 「本当か!?」
 ナユタを追って来たのは、ムジの宿屋のダリルだ。幌馬車から降りて、ナユタの前に出た。
 「ああ、100はいるぞ!今、それぞれの宿屋を手配しているところだ」
 「そんなにか?いつの間に?」
 誰一人として旅人に出会ってないというのに。
 「ここから来たんじゃない。町からの戻りだ」
 「…珍しいな。戻りが来るなんて」
 ナユタは言葉に詰まった。第一声はムジと同じだった。
 「ムジの旦那も困惑していた。こんな事は滅多にないからな」
 「どんな客だった?100もいるなら旅座か?」
 踊りや芝居などを披露する旅座。衣装やら小道具などで荷物があふれかえっていたのを記憶にある。
 「いや。兵士だ。隊列を組んでやって来たものだから、皆慌ててしまったよ」
 主神キハラの願いの元、安穏な生活を軸にしている村では、血生臭い話は皆無だ。戦争など以ての外。見慣れない兵士達に、村人は縮こまってしまっているという。
 「何のために…?」
 ナユタも絶句してしまった。日常生活にありえない出来事に頭が追いつかない。ただ、頭に引っかかったのは、先ほどの商人達の話だ。
 【王城襲撃、王様が行方不明】
 「…兵士というのはどこから来たんだ?」
 ナユタは眉間に皺を寄せた。険しくなる顔つきに、ダリルは喉を鳴らした。
 「詳しくはわからない。今はムジの旦那が話をしている。オレはナユタとアドルを連れ戻すように言われたから来たんだが、アドルは」
 「生憎、ここにはアドルはいないんだ。黒樹を探しに行くと行って、はぐれてしまった」
 ダリルの言葉を遮りナユタが口を挟んだ。やや早口だ。焦っていた。
 「黒樹?山師にでも頼まないと無断では取れないぞ。第一にアドルは、下道を走っていたから村に戻っているはずだ」
 「手ぶらか?」
 「ああ。いや、バスケットを持っていたかな?何かスキップしてたぞ」
 「…あの野郎」
 弁当を食い逃げされたとナユタは頭を抱えた。
 アドルは割と口だけな所もあるのだ。まだまだ若造だ。頭で考えるより体が動く。他者を敬う気持ちはあるものの、用が済めばお構いなし精神。シダルばあさんに失言を詫びると言って飛び出したものの、本当に誠心誠意対応したのだろうか。オレも悪かったけど、ばあさんも悪いからな!とか軽口を叩いてそうだ。
 「…悪いやつではないんだが。まだまだ子どもだな」
 怒る気力も消滅しそうだ。ナサケナクテ。
 「そういう奴ほど厄介者だったりするよな」
 ダリルに追い打ちをかけられた。素直で良い子なのだけど、ちょっとだけ厄介…とは思いたくない、が、そう思わざるを得ない時もあるのも事実。まだまだ観察が必要なようだ。
 「代わりと言ってはなんだが。シダルばあさんが座り込んでいたから拾ってきた」
 ダリルは荷台に括り付けてくいる幌をめくり上げた。
 「ばあさん!どうした?疲れたか?」
 シダルは、衝立に寄りかかったまま腕組みをしていた。覗き込んできたナユタを睨んだ。
 「どうしたもこうしたもないよ!」
 食ってかかるように勢いで吠えて来た。
 (…機嫌悪いな)
 「ばあさん、アドルは来なかったか?さっきはちょっと言い過ぎだと反省していたぞ」
 「ハ?知るか。あの男、私の目の前を走り去って行っただけだ。何か言ってたようだが聞こえるわけがない。あれが人に対する謝罪の態度のつもりなら、人間失格だな」
 ばあさんは吐き捨てるように呟いた。もうどうにもこうにも取りつく島がない。
 「…はぁ」
 ナユタは何も言わずに幌を下げた。
 「ほらな」とダリルが目で合図を送った。諦めろと促す。
 「とりあえず、今はばあさんのことは置いといて馬車に乗ってくれ。村に戻るぞ」
 「ちょっと待ってくれ。俺は戻れない。今日はこの後新月の儀式に入る」
 「このタイミングで新月か!間が悪いな!なら、どうする?ナノハだけで対応できるか?」
 「うちに客が何人来るかによるが…そうだ、ばあさん!」
 呼びかけと共に幌を上げた。シダルは寝入りばなを邪魔されて、また鋭い目つきをナユタに向けた。
 「キアを見なかったか?アンジェもアーシャも見当たらないんだ。一本道で迷うわけがないのだが、一緒にいたムジは村に戻ったと聞いたから、一人なら心配だ」
 「し、知らないね!」
 「ん?何か歯切れが悪くないか?何か隠してないか?」
 「知らないったら、知らないよ!」
 シダルは語気を強めて誤魔化そうとする。が、余計に語尾が聞き取れなくなり、ナユタの不信感が募るばかりだ。
 「…あんた口悪いからな。意地悪するなよ?」
 「知らないと言ってるだろうが!!クソが!!あんな生意気な異質者を野放しにしてるお前が悪いんだからな!」
 「…知らないでは済まされないぞ」
 語気を強めたのはナユタも同じだ。言っていい事と悪い事の区別くらいとうに出来ているはずだ。
 「よせ、ナユタ!」
 怒りで我を忘れているのはナユタも同じだった。
 そんなことしてる場合ではない、冷静になれとダリルに肩を掴まれた。
 「ばあさんも歩き回って疲れてんだ。熱くなるな。ばあさんもあんまり怒るなよ。血圧上がるぞ」
 「うるさいわ!糞ガキどもめ!!」
 年季の入った杖を二人めがけて投げ捨てた。幌を止める金具に当たり鈍い音を立てて地面に転がった。
 「早く村へ戻れ!私を家に戻せ!!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ様は尋常じゃない。これは何かあったと断定することにした。ナユタはキアを案じ、森の中を見渡した。
 「ナユタ。俺は村に戻るよ。ばあさんもこのままじゃ心配だし、村の状況も気になる」
 「ああ、そうしてくれ。ばあさんのこと頼むな」
 キアの身を案じつつも、興奮状態のシダルも放っておくわけにはいかなかった。年齢が年齢だけに血圧を上げさせておいては体に負担がかかる。
 ダリルは馭者座に乗り込み、手綱を引いた。
 馬を方向転換させ、村に戻るよう促した。
 「おーい。おーい、おーい!」
 「ななな、」
 「ナユタさーん!」
 視界の端から自分を呼ぶ声がした。
 下道の方から、小さな手を力一杯振るアーシャと、彼を追って走りこんでくるアンジェとキアの姿があった。
 「お待たせしてすみません!」
 額に汗の粒を光らせ、頬を赤らめて走りこんできたキアの姿に、ナユタはほっと胸を撫で下ろした。
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