大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
139 / 210
第3章

11 身勝手な人たち

しおりを挟む

-----------------------------------------------

 「ヌシさま。なんでこんなにニンゲンがあつまっているのでしょう…」
 キハラのお供のオオサンショウウオのウルは、キハラの体に寄り添いながら短い手足で水をかく。時折、泳ぎを止めて水中から外を眺めていた。ぞろぞろと森中を歩いていく人々を見ては、足元に視線を落とした。
 「ああ!あんなにドロをはねあげて!!ヌシさまかゆくなっちゃう…!」とか、
 「ああ!こらコドモ!はっぱちぎっちゃダメ!!」とか、
 ウルが、ひゃあとか、はあああとか、悲嘆している隣でキハラはやかましいと顔をしかめていた。
 雨のせいで水が濁り出していた。透明度が薄れてきた。花殻や葉っぱの屑が水面に浮かぶ。
 キハラはそれらを横目に、嫌々ながらも仕方がないといった表情を浮かべた。
 「…これだけ雨が降ればな。…ん。なんだか獣臭えな…」
 水面から頭だけを出したキハラは、眼光を鋭く光らせ、数百メートル先の薮の中をじっと見つめて低い声で唸った。
 雨と風で消えてしまいそうだが、それは色濃く残っていた。濡れた土と草木を刈り取ったツンとした匂いに混じって微かな獣の匂いだ。あいつの夢で出てきたヤツか。
 「ヌシさま!見られちゃう!だめだめだめ!!」
 ウルは必死になってキハラの顔の前に貼り付く。
 キハラは邪魔だと言って、顔を左右に振ってウルをぽいっとふりほどいた。
 投げられた時にも、ウルは、ひゃああと悲嘆の声を上げた。お前の方がニンゲンに見つかるぞとキハラは睨んだ。
 「…気に食わねえな。オレに挨拶も無しとは。いい度胸だ。頭から丸飲みしてやろうか…」
 挨拶も無ければ姿も見せない。
 森の中の、生きとし生けるものの代表となる主神を無視するなど言語道断だ。
 しかも主神のつがいに無断で接触している。
 「ヌ、ヌ、ヌシさま、ヌシさま。コワイこといわないで!だめ~」
 ウルがキハラの元に戻ってきて、おどおどして、体をプルプルと震わせた。
 「フン。どこのどいつか知らねえが、体の穢れごと噛みちぎってやるわい。こうなったらさっさと儀式を始めてやる」
 キハラは吐き捨てるように呟いた。
 「でもヌシさま。ニンゲンがたくさんいるなかだとギシキできない」
 「ケッ」
 いても構うものかと吐き捨てるキハラに、ウルはだめだと首を振る。
 「あのコこまるよ~」
 「オレが主だぞ」
 「でもでも」
 ウルのプルプルが止まらない。バシャバシャと水をかいては音を立てた。
 「オレが先に見つけたネタだったのに何でこんなに人がいるんだよ!」
 川べりに突然現れた男に、キハラはウルを顎で水中に押し込んだ。自身も水面スレスレまで体を沈めた。
 どこかで聞いたことのある声だった。
 「くそ!どこで情報が漏れたんだ!」
 男は自棄になり、頭を掻きむしり周りの草木を蹴り倒した。
 「あなたが持ってるチラシは門所で配られていたんでしょう?それならみんなが知ってったって不思議じゃないわよ」
 女の声も聞いたことがある。男に比べて落ち着いている声だ。
 「それは違うね!オレは門所に着く前から知ってたけど、こいつらはオレより後に知ったんだ!!オレを真似てるんだ!!」
 「そうですか」
 男の興奮気味な物言いに対して、女のトーンは一定だ。呆れている。顔を見なくてもどんな様子かはわかる。
 この二人は、儀式を覗きに来たと言った男の家族か。騒ぎの元凶だ。村の厳戒態勢を知らずにまんまと現れた。
 このまま仕留めてしまえば万事オッケーなのでは?
 キハラは顔を上げようとすると、ウルが高速で首を振っているのが見えた。
 (心配性め)
 どこぞの誰かと似てるとキハラは辟易した顔になった。
 どちらにしても、このまま先に行かせるわけにはいかない。
 「だいたい何でママもいるの?子ども達はどうしたの?」
 「子ども達は門所で母さんと一緒にいるわ」
 「それならいいけど。でも、何でオレがここにいるってわかったの?」
 「ゲンが教えてくれたのよ。パパがまた祭に行くんだって」
 「あいつ口軽いなあ…」
 口止めしたのにと項垂れた。
 「ゲンも行きたいと言ったのに、パパは仕事で行くからダメだと断られたと言ってたわよ。何よ、仕事って」
 「あー、だから、それは、その」
 女の問いに男はしどろもどろだ。答えられるはずがない。森の主神の神事を盗み見しようとしているなんて。
 「今日は子ども達と遊んでくれる約束だったでしょ!」
 「こんな雨の日に外には遊びに行けないじゃん」
 「家の中で遊びなさいよ。遊びじゃなくたって勉強をみてくれたり、部屋を片付けてくれたっていいのよ」
 「いやあ…そういうのは、オレ得意じゃないし。ママがやってよ」
 「そうやって何でも投げ出して結局は全部私に押し付けるのね」
 「そういうわけじゃないよ!ほら、適正適所って言うじゃん!オレは外で仕事して、子ども達のことはママがやる。そのほうが効率も良いし、子ども達も楽しいよ。きれいな部屋とおいしい食事と優しいママ。最高じゃん!」
 「じゃあ、あなたは何もしないでただいるだけの最低なパパってことでいいのね」
 「なんだよその言い方。オレは仕事してるんだから、家のことはママがやるべきだろ!」
 「家のことはやるわ。料理も掃除も好きだもの。でも子ども達のことは、あなたにだってちゃんと見てもらいたいのよ。今日だって一緒に遊べるの楽しみにしてたのよ。タクはパパがいないって泣いてたわ」
 「…それは悪かったけど」
 「けど何よ」
 「こっちも一大事なんだよ。これを掴んだらきっと大チャンスになる!」
 「どういうこと?」
 「森の主神に出会えるチャンスツアー敢行だ!」
 どうやらこの男は、ツアー旅行の企画を狙っているようだった。
 キハラとウルは、二人の会話を聞き耳を立てていた。
 「どうでもいいわ…」
 くだらねえとキハラは呟いた。
 出るタイミングを完全に失ってしまった。夫婦喧嘩など他所でやれと言いたかった。しかもオチがアホすぎる。
 「ヌシさまはデちゃだめ!」
 ウルは短い前足でバツのジェスチャーを見せた。
 ということは、こいつら以外のニンゲン供の考えも同じだと思っていいはずだ。祭など関係ない。狙いはオレだ。
 だとするとこの数は厄介だな。夜の闇に紛れたとしても、ほんの少しでも綻びが出たら、回避するにも手間がかかる。あいつの負担にもなりかねない。
 ならやはり、夜を待ってる時間はない!
 キハラはウルに、キアを呼ぶように告げた。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...