156 / 210
第4章
6 ハゼル
しおりを挟む-----------------------------------------------
ハゼルとシャドウは鬱蒼とした木々の合間を縫うように歩いた。青葉の筈だが色味は暗く、太陽光はまばらにしか入ってこない。
先頭を歩くハゼルは、シャドウがはぐれないようにチラチラと後ろを見ながら話しかける。
「草ボーボーで歩きづらいっしょ」
「足元気をつけてねー」
「あ、でも草木は折ったり抜いたりしないでね」
「もうちょい早く歩ける?」
門所を出たハゼルは、急にフランクな会話をするようになった。
狭い受付の中で、細々と口煩い同僚達と、ひっきりなしに訪れる客からの解放。
抑え込んでいた感情の大放出。息を吐くのと同じようにどんどん出てくる。
二十歳そこそこの、年相応の話し方と言えばこんなものかしれない。
ただ、「仕事上」としてはどうしたものか。老若男女、年上年下構わず。客でも誰でも普段通りに接する。
「この方が楽っしょ」
ただ、気まずくならないように相手によっては言葉を慎重に選ぶ。
長い道中なら尚更だ。道が悪かったりすると、無言のまま進まなければならない。お互いに苦痛を強いることになるからだ。
過去に何度か経験がある。その都度、態度を改めろと門所の先輩やおばさま達に叱責を受けたが直らなかった。
悪気があるわけじゃない。そう自分に言い聞かせて、今までなんとか濁してきた。
「だって、自分の敬語とか気持ち悪い。嘘くさく聞こえる」
当時のぼやきをムジに拾われて、かなりの雷を落とされた。
「人を敬う気持ちが足りないからだ!!」
ゲンコツ付きだ。
「自分のためじゃない。お客様のために向ける言葉だ!」
さらにゲンコツ。おまけのもう一発目はさすがに止めが入ったけど、未だに納得がいかない。
「俺は何とも思わない。案内してくれて感謝している」
本日の客。シャドウは素直に答えた。
「だよねー」
褒められて気持ちが跳ね上がる。歯を見せておどけるハゼルにシャドウは続けた。
「どう受け取るかは相手によるんじゃないか。あんたの態度を軽んじてると思う人もいるかもしれない」
「えっ!そ、そうお?…」
一瞬にして笑顔が消えた。子どものようにコロコロと表情が変わるハゼルに、シャドウは微笑む。
「この仕事はずっとやってるのか?」
「あ、うん。十四歳の時からずっと…」
「上はあんたのこと仕事はできると判断しているんだな」
「そうなの、かな?」
森の地形は頭に入っている。あまり行かないラボの道でもバッチリだ。
「だったら、あんた自身ももう少し変わる努力をしてもいいんじゃないか」
経験が長くても信頼がなければ後には続かない。
仕事には信頼が大事だ。不可欠だ。
「いつか村の外に出て、他の仕事を就くことになったら、新しい同僚とではその態度ではうまくいかないかもしれないな」
「えっ?なんでなんで?」
「言っただろう。どう受け取るかは相手によると。気軽で話しやすいと言う人もいるかもしれないが、馴れ馴れしい、舐められてると思う人もいるかもしれない」
「舐めてないよ!」
「たとえだ」
「誰が聞いても不快にならないよう。一般に通じるような言葉遣いを使い分けろと言ってるんじゃないかな」
「…うぇ」
同じことをムジにも言われたとハゼルは肩を落とした。それでもなお、悪いことをしているとは思えないとハゼルは唇を尖らせた。
「あとはあんたの努力次第だな」
シャドウはハゼルの肩をポンポンと叩き、先を行くように促した。
悪い奴ではない。ただ素直で実直なんだなとシャドウは考えた。
素直すぎさが時に、足を引っ張るとは考えられないんだろう。
他人にどう見られるか、雪もよく気にしていたな。
シャドウは続け様にため息を吐き、枝を折らないように慎重に体を躱した。棘の生えた草木は容赦なく服や肌に突き刺さる。ハゼルを真似て歩くものだから手足は傷だらけだ。
「村人もラボにはあまり関心がないということか」
シャドウは話を変えようとラボのことをもう一度口にした。
「う、うん。まあ」
そうだなあとハゼルは空に向かって呟く。
「サディカさんは良い人なんだけど」と付け加えるも話が続かない。
「彼の母親は?」
「何年か前に喧嘩別れしてそのままって聞いてる。婆さんはたまにラボの方に行ってるみたいだけど、会ってはないんじゃないかなあ…」
態度が全然変わらないんだ。いつも不機嫌。オニババ。
両手でツノを模して頭の上にむける。
「異世界から転移してきた人というのは見てわかるもの?こう、見た目が違ったりするのかな。例えばツノとか牙があったり、翼が生えてたりする?」
ツノと牙、翼を手振り身振りで表現する。
「…人間には違いないから、見た目でどうという違いはない」
目や肌や髪の色。言語の違い。こちらの土地勘がない。それ以外は少なくとも型は「人間」である。
「ふうん。人外ではないけれども、こちらの人間ではないのか。…ううむ、難しいな!」
「何が難しい?」
「見極めるのがさ!知らずに紛れているかもしれないだろ?それは怖いじゃないか!!」
人知れず異質なものが紛れて浸透している。気づかずに何年も一緒に過ごしているかもしれない。
「……そんなに恐ろしいものではないぞ?」
ハゼルの慌てっぷりとは段違いに冷静なシャドウ。今まで雪以外の転移者も見てきたが、特段どうというものはなかった。皆一同に慌てふためき、泣いたり笑ったり。雪はどうだったかな。
「詳しいんだね」
「まあ、そういう仕事をしていたからな」
ヴァリウスの指示で転移者(影付き)を試練の森に案内していた。元にいた世界の記憶や後悔、しがらみを断ち切ることで新しい人生が始まる。似非くさい文言もあの頃は何も考えていなかった。指示されるがまま、繰り返すだけだった。
あの日の後悔を振り返ることはできないけれど、これから先の後悔は繰り返したくはない。
「なんだか訳ありだねー」
ハゼルは、これ以上踏み込んではまずいと口を結んだ。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~
壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。
野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。
しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。
適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。
冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。
しかし本人を含めて誰も知らなかった。
マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――!
※以下、この作品における注意事項。
この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。
キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。
(旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします)
再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。
全252話、2021年3月9日に完結しました。
またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる
葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる