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第4章
10 無情な雨
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しんしんと降る雨音に気がついたのは、ナユタと別れて何時間経った頃だろうか。シャドウは折り重なった蔦の下でぼんやりとしていた。ポタポタと落ちてくる雫に肩口を濡らされて、ようやく気がついたのだった。
ナユタは植物に侵食されたラボの外観を案内してくれた。入口から途中何箇所かあった扉、太陽光を入れ込む大きな窓も、換気口もどこもかしこも雑草に覆われていて、中の様子が全くわからなかった。
事実を目の当たりにしたシャドウに、ナユタは複雑な表情を浮かべ、「気が済んだら食事した宿に戻って来るように」と背中越しに伝えた。お互いに、聞こえたかどうか、返事をしたかどうかは定かではない。
シャドウは、植物の隙間に垣間見たラボの外壁にそっと手を当てた。表面はザラザラし、何度か擦るとボロボロと削れた。長いこと雨晒しになって朽ちていったのだろうと容易に想像ができた。
そこに周りの草木が示し合わせたように蔓延ってきた。侵食するためか、種子を飛ばすためか、自然の摂理に乗っ取って何事もなかったかのように覆い尽くし、記憶から抹消させるためか。
どこまでも転移者は有害なもの扱いなのか!
彼らの記憶を奪い尽くして国を繁栄させたというのに!
必要性がなくなれば消してしまえというヴァリウスのような考えを持つ人間が他にもいたのか。
門所の人間が行き渋っていたのがようやくわかった。
シャドウの強固な姿勢を崩さない態度を見て、「見れば分かる」と匙を投げたのはこういうことだったのだ。
怒りもある。悔しさもある。情けなさもある。
それでも、その中でも一番大きな感情は、
「…参ったな」だ。
色々な感情が入り混じり、シャドウは深い溜息をついた。
早い話が当てが外れたのだ。
髪を掻きむしり、雨に濡れた草木を眺めた。
こんな結末だとは思っていなかった。期待の方が強くて、まさかその期待が崩れるとは思っていなかった。
まったく考えていなかったわけではないが、こうも無惨に希望を打ち砕かれるとは思っていなかった。
どこからか、過剰に期待をしていたんだ。
ラボに行けば何もかも解決できると。
雪の行方も、転移の謎も。辿り着いたら何もかもが良い方向に行くと。
有力な手がかりがなければ一度旅の離脱も考えてはいたが、本音としては、ラボですべての迷いが、今日までの悩みのすべてを解き放してくれるものだと考えていた。こんな結末が来るものとは、微塵も考えていなかった。
「参った」
先ほどから同じ言葉しか出てこない。
怒りも情けなさも、自分自身が関わってきた手前、闇雲に吐き出せなかった。
だけど嫌でも溜息は出てしまう。
溜息混じりに、ふと目についたのは、扉をこじ開けるかのように繁殖している草だった。先端が十字の形をしていて、うまいことネジを外し、かすかだが扉が傾いていた。
シャドウは手を伸ばした。木枠から外れている扉をこじ開けた。扉は長年蓄積された草木と雨で腐っていたため、すんなりと外れた。グジュッと水分をたくさん含んだ嫌な音がした。
シャドウは吸い込まれるかのように中に入った。
こんな簡単に、今までのごちゃごちゃした想いはなんだったのか。
「…罠か?」
シャドウは警戒し始める。
村人からして見たら自分は十分怪しい。やはりここは来ては行けない場所だったのか。ナユタの言う通り、今にも崩れ落ちそうな廃墟を見せたくなかった何者かの罠かもしれない。
シャドウは慎重になるものの、ようやく確信に触れた喜びを抑えられずにいた。怪しむけれども、目に映る真実からは目を逸らせなかった。
シャドウは室内を見回した。暗闇でもしばらくしたら目が慣れてくる。外からはわからなかったが、中は天井が高い。壁一帯に括り付けの本棚があった。埃に塗れて蜘蛛の巣も張っていた。見渡す限り本ばかりだ。ぎゅうぎゅうに押し込まれている本から外れたページがぐしゃぐしゃになっていた。床にも本が積み重ねてあった。机にはランプ。書きかけの書類とペン。カップ。カビ臭ささはあるものの、植物は一切入り込んでなかった。
「ここがラボか…?」
シャドウは机の上に目を落とした。埃が積もってない。ランプにはオイルが入っていた。カップの底から飲み残しの匂いがした。
シャドウは最近まで人がいた形跡に気がついた。
「あれ。お客様だ。めずらしいなあ」
突如背後から聞こえてきた声に反応が少し遅れた。
しんしんと降る雨音に気がついたのは、ナユタと別れて何時間経った頃だろうか。シャドウは折り重なった蔦の下でぼんやりとしていた。ポタポタと落ちてくる雫に肩口を濡らされて、ようやく気がついたのだった。
ナユタは植物に侵食されたラボの外観を案内してくれた。入口から途中何箇所かあった扉、太陽光を入れ込む大きな窓も、換気口もどこもかしこも雑草に覆われていて、中の様子が全くわからなかった。
事実を目の当たりにしたシャドウに、ナユタは複雑な表情を浮かべ、「気が済んだら食事した宿に戻って来るように」と背中越しに伝えた。お互いに、聞こえたかどうか、返事をしたかどうかは定かではない。
シャドウは、植物の隙間に垣間見たラボの外壁にそっと手を当てた。表面はザラザラし、何度か擦るとボロボロと削れた。長いこと雨晒しになって朽ちていったのだろうと容易に想像ができた。
そこに周りの草木が示し合わせたように蔓延ってきた。侵食するためか、種子を飛ばすためか、自然の摂理に乗っ取って何事もなかったかのように覆い尽くし、記憶から抹消させるためか。
どこまでも転移者は有害なもの扱いなのか!
彼らの記憶を奪い尽くして国を繁栄させたというのに!
必要性がなくなれば消してしまえというヴァリウスのような考えを持つ人間が他にもいたのか。
門所の人間が行き渋っていたのがようやくわかった。
シャドウの強固な姿勢を崩さない態度を見て、「見れば分かる」と匙を投げたのはこういうことだったのだ。
怒りもある。悔しさもある。情けなさもある。
それでも、その中でも一番大きな感情は、
「…参ったな」だ。
色々な感情が入り混じり、シャドウは深い溜息をついた。
早い話が当てが外れたのだ。
髪を掻きむしり、雨に濡れた草木を眺めた。
こんな結末だとは思っていなかった。期待の方が強くて、まさかその期待が崩れるとは思っていなかった。
まったく考えていなかったわけではないが、こうも無惨に希望を打ち砕かれるとは思っていなかった。
どこからか、過剰に期待をしていたんだ。
ラボに行けば何もかも解決できると。
雪の行方も、転移の謎も。辿り着いたら何もかもが良い方向に行くと。
有力な手がかりがなければ一度旅の離脱も考えてはいたが、本音としては、ラボですべての迷いが、今日までの悩みのすべてを解き放してくれるものだと考えていた。こんな結末が来るものとは、微塵も考えていなかった。
「参った」
先ほどから同じ言葉しか出てこない。
怒りも情けなさも、自分自身が関わってきた手前、闇雲に吐き出せなかった。
だけど嫌でも溜息は出てしまう。
溜息混じりに、ふと目についたのは、扉をこじ開けるかのように繁殖している草だった。先端が十字の形をしていて、うまいことネジを外し、かすかだが扉が傾いていた。
シャドウは手を伸ばした。木枠から外れている扉をこじ開けた。扉は長年蓄積された草木と雨で腐っていたため、すんなりと外れた。グジュッと水分をたくさん含んだ嫌な音がした。
シャドウは吸い込まれるかのように中に入った。
こんな簡単に、今までのごちゃごちゃした想いはなんだったのか。
「…罠か?」
シャドウは警戒し始める。
村人からして見たら自分は十分怪しい。やはりここは来ては行けない場所だったのか。ナユタの言う通り、今にも崩れ落ちそうな廃墟を見せたくなかった何者かの罠かもしれない。
シャドウは慎重になるものの、ようやく確信に触れた喜びを抑えられずにいた。怪しむけれども、目に映る真実からは目を逸らせなかった。
シャドウは室内を見回した。暗闇でもしばらくしたら目が慣れてくる。外からはわからなかったが、中は天井が高い。壁一帯に括り付けの本棚があった。埃に塗れて蜘蛛の巣も張っていた。見渡す限り本ばかりだ。ぎゅうぎゅうに押し込まれている本から外れたページがぐしゃぐしゃになっていた。床にも本が積み重ねてあった。机にはランプ。書きかけの書類とペン。カップ。カビ臭ささはあるものの、植物は一切入り込んでなかった。
「ここがラボか…?」
シャドウは机の上に目を落とした。埃が積もってない。ランプにはオイルが入っていた。カップの底から飲み残しの匂いがした。
シャドウは最近まで人がいた形跡に気がついた。
「あれ。お客様だ。めずらしいなあ」
突如背後から聞こえてきた声に反応が少し遅れた。
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