大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
167 / 210
第4章

17 悪いのは誰だ?

しおりを挟む

-----------------------------------------------

 「はぁ」
 自分の偏屈さには頭が痛くなる。いつだって声を荒げ、態度も横柄になるからだ。
 相手が誰でも気に食わなければ噛み付いた。もう私には何を話しても聞き入れてはくれないと、最初から決めつけて来る人が多いので、いちいち反論するのが馬鹿らしくなった。
 誰も彼も私が悪いと言いたいのだろう。しかしこっちにだって言い分はある。
 ナノハめ、良妻賢母と言いたいところだが、あの夫婦には子どもがいない。子どもを育てたこともないのになんだあの態度は!偉そうに!
 「お前の夫が不甲斐ないせいで、あんな何処からか降って沸いて来た子どもを世話してやったんじゃないか。他の奴らも、みんな自分の事だけで手一杯だというから、引き取ってやったというのに。感謝の言葉はあれど、非難の言葉を被せて来るなんてお門違いもいいとこだ!」
 シダルは立腹しながら、踏み出した足を蹴り上げる。靴の先端についた泥が木の根元に張り付いた。

 サディカは右も左もわかってないただの小汚い少年だった。年の割には肉付きがない体だった。
 見たこともない肌の色や、額に書かれた得体の知れない文字列。石鹸で擦っても擦っても落ちやしない。意味など知る由もない。興味もない。消してしまえば煩わしさが無くなるかと思えば、これは親が書いてくれたものだと生意気に歯向かってくる。物怖じはしない性格だった。だが、その親元にいつ帰れるのかと問うてみても、返事はない。威勢がいいのはここまでか。
 「どこに行くあてもないなら、私に従いな」
 そうするしかないだろう。得体が知れないが、まだ子どもだ。このまま野垂れ死にでもされたら目覚めが悪い。
 「観念したならついてきな。今日から私がお前の親代わりだ」
 どの口が言ってるんだか。一度引き受けたなら途中で飽きてもポイ捨てはできない。
 観念するのは私の方だ。
 やるなら、どこに出しても恥をかくことがないよう躾をしなければ。国が違えど、種族が違えど、作法がなってなけりゃ恥をかくのは親をも同じ。丁寧に。事細かく。時に辛辣に。手取り足取り、付かず離れず。
 最初は言うことを聞いていたが、生活に慣れてくると次第に、生意気な態度を取ることがあった。私にたてをついて、口答えをするようになった。
 私にとっては、小動物が喚いてる程度だったから、こちらが一吠えでもすれば、すぐに鳴き止んだ。
 「私に勝てると思うなよ。どちらが強いか。お前の立場はなんだと教え込まねばならないな」
 子どもは理解が乏しいからな。一から百まで叩き込んでやろう。
 次第におとなしくなった。自分の立場を理解したのだろう。
 私に頭を下げ、一歩下がって歩く。重たい物は進んで持つようになり、私には手が届かない扉の蝶番も直せるようになった。字を覚えたいからと言って教えたら、すぐに読み書きができるようになった。分厚い本も何冊も読んだ。なにやら調べては書き写していた。
 時には村の大人たちと話をするようになった。大人顔負けに口が立つようになった。ムジまでも論破するようになった時には、シダル二号かと揶揄された。口の悪さまで教え込むなと笑われた。
 ただ、似なかったのは態度だ。私とは違い、誰彼構わず無駄に噛み付くようなことはしない。温厚で篤実な青年になった。
 「何を考えている」
 「何がですか」
 「そんなに本を読んでどうする気だ。学者にでもなる気か?」
 「私のように違う世界から来た人のことを調べています。転移者というそうです」
 「そんなこと調べてどうするんだ」
 「情報の共有ができたらいいなと思ってます。世界は広くて色々な国がある。その国々の特色や文化をまとめてます。…いつか」
 「いつか?」
 「その国の人に会えたら、ここにも同じ人がいますよって教えてあげたいんです」
 「はあ?」
 「同じ国の人がいたら、ひとりではなくなるから、寂しい思いをしなくなる。ひとりではないから、希望がもてる。そう思って、」
 「じゃあ何かい、お前は私が世話をしてやっているのに寂しいというのか?ひとりぼっちで虚しいというのか!」
 「あ、いえ、」
 「この私が何年も何年もお前に尽くして、育ててきてやったのに、それも全てお前にとっては無意味なことだというのか!!」
 何をどうすればそんな解釈になるのか。
 あの頃の私に伝えてやりたい。
 人の話はちゃんと聞けと。
 振り上げた手は、とどまることを知らずにサディカの頬を殴り飛ばし、書き溜めてあった帳面をビリビリに破いていた。
 「逃がさないよ、お前をどこにもやらないからな!!」
 私が苦労して育て上げたんだ。今さらよそになどやるものか。
 「元の国になど帰れるものか!そんな貧しい国など、あっという間に消滅してるさ!お前の帰る場所などどこにも無い!!」
 逃しはしない。私の元から離れて行こうなどと絶対に許しはしない。
 もう無我夢中だった。鼻息荒く、涎を飛び散らし、眼球はひん剥いて、これでもかと罵詈雑言をサディカに浴びせた。我ながら最悪だ。
 二度とこんな考えを持たないように。二度と私から離れて行こうなどと思わないように。足の一本でも折ってやろうか。柱に括り付けてやろうか。本も帳面も取り上げた。
 「お前は一生、私とここで暮らすんだよ!!」
 こんなのは呪いだ。愛情なんて生ぬるいものじゃ無い。いずれ自分に返ってくる呪いをかけたのだ。


 その後のことは、見ての通りだ。ナノハを悪く言えない。子どもがいようがいまいが関係ないな。
 子どもの希望を叶えるよう努力もせず、ただ怒鳴りつけて、ただ縛り付けて、雁字搦めにしたって、子どもは逃げていくものだ。愛情があったって、繋ぎ止めておけやしない。



しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...