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第4章
27 似て非なるもの
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水の宿に来るお客さんは少し変わった人が多い。
他の宿屋からは離れているから、難癖つけて料金を踏み倒されたり、食事の文句を言う人が多かったと聞いている。
花祭りの時も、やけにキハラのことを根掘り葉掘り聞いてくる人がいたり、大雨で身動きとれなかった子ども達が騒いだりと大変だった。儀式とかぶって大慌てな一日だったのは、今も覚えている。今回もそうだったらちょっと心配だな。どんな人だろう。
キアは眉間に皺を寄せて悩み出した。アンジェが見た人は背の高い男の人だと言っていたけれど、それだけしか情報がないのは不安だった。
キアは宿の前で深呼吸をした。どんな人でもお客さんには違わないのだから、失礼のないようにしなければならない。きちんと心づもりはしておくつもりだ。
キアはもう一度深呼吸をし、しばらく黙り込んだ後で、ぐっと気持ちを飲み込んだ。不安な気持ちは振り払った。
「ただいま戻りました!」
普段より少しだけ声を張った。最初が肝心。時には勢いも大事。
ギィッと音を立てて扉を開けると長テーブルの端に人が座っていた。朝食を食べている様子だ。
今朝のメニューはと視線をめぐらせると同時に、席にいた人とも目が合った。アンジェの言う通り、男性で髪の毛の長い人だった。
こちらに気がつくと穏やかな表情から一転、驚くような表情になった。
突如として目の前にいくつもの場面の映像が流れ込んで来た。深い森の中で大きな目玉に追いかけられている姿、甲冑や防具などで身を固めた兵士に取り押さえられている姿、犬と鳥と、花と少女。背の高い男性と若い男の子と、玉座に座るのは王様…?
突風のように吹き荒れて、バツんっと消えた。キアの横を通り過ぎていったか、キアの体に飛び込んできたかはわからなかった。
「…え?…あ…、え?」
突然のことにキアは目をぱちぱちさせた。急に膨大な誰かの記憶を見させられて言葉が続かなかった。
「何…だ…」
混乱はキアだけでなかった。そこに居合わせたシャドウも同じで、えも言われぬ顔をしていた。
キアと同じく、見させられたのは「誰かの記憶」だ。
二人の緊張を解いたのは、焼きたてのパンの香りだ。今日は木の実がたくさん入っていた。さいの目切りにした香味野菜と肉を香辛料と塩胡椒で味をつけたスープと玉子ときのこ炒め。カリヒのジュース。
カリヒの実は、大人の拳くらいの大きさの果実だ。真ん中の大きな種以外は皮ごと食べられる。実は、葉の色と同じ黄緑色で目立たないことから、市場には滅多に出回らない。水の宿の裏手の畑で栽培している。個体差によって酸味と甘味の両方が味わえ、果汁が多いのでジュースにしたり、お酒にしたりする。時には丸ごと入れて煮込み料理にもする。
長テーブルを挟んで、キアとシャドウは見つめ合っていた。緊張は解けても視線は別だった。どちらが先に目を逸らすか競い合っているかのように、じっと。「これは誰だ」と探るように見てしまっていた。
ただ、キアは別で、客を前にして黙っているのは失礼に当たると思い、混乱をしていながらもなんとか思考をめぐらせていた。いらっしゃいませと挨拶をしないと、水の宿やナユタの評判にも繋がると思っていたからだ。
「あ、あの」
「あっ!」
「えっ?」
キアの最初のひとことを打ち消すように、シャドウも発した。お互いに同時に発した声で相手を固まらせてしまった。今の映像は何だったのかと言葉を詰まらせて、固まってしまった。
シャドウは立ち上がったのと同時に、ナノハが色染めした橙色のクッションが背中から落ちた。
シャドウはよく知っていた記憶だった。この世界に現れた「影付き」を王城に引き渡すまでの流れだった。試練の森で自分の過去を捨てきれずに目玉と格闘した雪の記憶だ。
目玉、兵士、獣人、王仕鳥、花、マリー、オレとディル。そして、ヴァリウス…。
場面ごとに現れた人物や物を思い浮かべた。これらの記憶のすべてを共有しているのは、オレとディルと雪しかいない。
シャドウは顔を上げた。扉の前で立ち尽くしている女性を再度見つめた。
「……まさか、雪…なのか?」
記憶の中のひととはまったく違う姿に、シャドウは声を詰まらせた。
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