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第4章
7 束の間の喜び
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突然、横っ面を叩かれたような衝撃が走った。耳を突き刺す風のような声。
自分の名前を呼ぶ声。
見上げると、太陽を背にした少年が空から降って来た。白髪が陽に映えて、より神々しさを放った。
「今までどこほっつき歩いてた!雪のくせに生意気だぞ!!」
「えっ、えっ、な、なに?」
空から降って来た少年に尻餅をつかされ転んでしまった。胸ぐらをグッと掴まれ、少年と間近に顔を合わせた。見開いた金の眼に体が吸い込まれそうだ。美しさに痺れさえくる。鼻先がくっつきそうだ。
「デ、ディルさん?」
「おうよ!このクソバカ女!心配さすんじゃねえよ!!」
怒鳴り散らす口元から牙がちらちら見えた。喉の奥から唸り声もする。完全に威嚇されている。マウントも取られて今にも喧嘩勃発しそうだ。
「そ、そっちこそ、怪我は?痛いところないですか?」
「何言ってんだ」
雪は両手を広げてディルの頬をがっしりと掴んだ。
おい、とディルは怪訝な顔をするが雪は怯まなかった。
「市場で男の人達に囲まれたじゃないですか。嫌なこととか痛いことされませんでしたか?怪我は?」
雪はちらちらとディルの体を観察した。
顔の土汚れや服の綻びも見逃さない。
「いつの話だよ。…そんなことよりお前は」
「そんなことなんかじゃない!私だってずっと心配してたんだから!!
あんな形で離れ離れになって、もうずっと会えなくて、」
雪はペタペタと顔と体に手を這わせた。
「やめろっ、ぼくは何ともないよ!」
ディルは頬を紅潮させて雪を引き離す。
恥ずかしいのとくすぐったいのと半々だ。笑う場面ではないからポーカーフェイスは崩せない。
「もっとちゃんと顔を見せてよ」
雪は強引にディルの外套の裾を引っ張った。
「もう十分だろ、バカ女」
ぼくだって、最悪な別れから今日に至るまで忘れた日なんか1日足りともなかったさ。ぼくが守れなかったんだから気に病むのは当然だ。だけど、そんな義務みたいな気持ちではなかったけれど。ただただ、非力な自分に苛立つばかりだった。
ディルは雪と向かいあった。膝立ちをして目線を合わせた。
髪の色、瞳の色、声音、仕草。
性格は他人にはお節介、心配性。自分のことは後回し。他人には優しくて、無駄に優しくて、不器用で、
「…全部覚えたよ」
もう忘れない。
ディルは雪に覆い被さるように抱きしめた。
「デ、ディルさ…ん?」
首元に入り込んで来た髪の毛がくすぐったかった。首を傾げてそれを回避しようと動かすが、追うようにディルは顔を擦り寄せて来る。
ぼくが一番素直になれた 人間。こんな短期間でぼくの囲いを解いたのはシャドウの次にこいつだけだ。
「ディルさん…」
涙の一雫がディルの頬から雪に運ばれた。
「…雪が、、無事で良かった」
二度と会えないかもしれない恐怖もあった。出会えた意味を持たずに終わるのかと思った。名前も呼べずに終わる関係ほど虚しいものはない。
「…ディルさんも無事で良かった。また会えて嬉しいです」
雪はディルの背中に腕を回し、背中をポンポンと叩いた。もう片一方の手で、ディルの頭を撫でた。優しく。
「うん…」
不覚にも涙を流してしまったことにディルは抵抗ができずにいた。頭を撫でられているのも普段なら手を振り払うところだが、今は全くその気が起きない。しばらくはこのままでいたいとも思ってしまっていた。
「ふふふ。可愛い子ね。あなたのお仲間?」
サリエは一部始終を後ろから眺めていた。子犬がじゃれているみたいだわと笑った。
「誰が犬だって」
ズズッと鼻を鳴らしてディルは顔を上げた。犬呼ばわりは何人たりとも許さんと言わんばかりにサリエを睨みつけた。
「…」
漆黒の髪を揺らし、妖しい笑みを浮かべた女を見上げた。透き通るような白さの肌。赤い唇に。括れた腰に。白装束から今にも溢れ落ちそうな胸にディルは釘付けになってしまった。
「…何だこの素敵なお姉さんは?」
「あら。ふふふ。素直な子ね」
サリエはディルの頭を撫でた。雪がしたそれとは意味合いも大きく違う。
「ちょっと!ディルさんどこ見てるんですか?サリエも!ストライクゾーン広すぎ!!」
「うん。雪にはないな」
雪の体を頭の上から下へと観察した。サリエにあるものが雪にはない。
「ほっといてください!」
雪は胸元を両手で必死に隠した。
「いや、歳のわりには体の線が崩れてないなって。綺麗だけど、結構歳はいってるだろ?肌にシミひとつないけど、肌理が足りないよな。あのでかい胸を維持するにはそれなりの筋肉つけないと垂れるだけだろ。そういう意味で素敵だなぁって」
流石だとディルは頷く。筋力トレーニングはどんなのしてる?雪も見習えよ。あー、でも肝心なブツがないかぁとサリエと雪を交互に見ながらディルは持論を展開した。
「…可愛くない子ね」
サリエの表情が曇りだした。腕組みをし、足を踏みならした。
「ディルさん!も、もうその辺で勘弁してください」
雪はサリエを見ながらハラハラしっぱなしだ。ディルはにひひと悪戯っ子ぽく笑った。
「というか、シャドウに会ったんだろ?この外套シャドウのだろう?何で雪が着てんだ?」
ディルはぶかぶかの袖をつまんだ。やはり雪にはサイズが合っていなかった。
「…ちょっと借りてるだけです」
シャドウの名前が出て、雪は気まずい面持ちになった。それにディルは気がついた。
「…告られたか?」
「へ?」
「シャドウは何か言ってなかったか?」
「…べ、別に。特には」
行くなとは言われたけれどそれ以外は何もない。ただ、抱きしめられたり、抱きついたりはあった。雪は情景を思い出し、ほんの少し顔を赤らめた。
「何何?その反応は?」
野次馬全開のディル。
「いや…違う違う!あれは仕方なくだし。他意はないよ」
シャドウさんは悪鬼を鎮めるため。
私は想いのままに。
本当は抱きしめられたかった。その先も願いはあった。けれど、踏み出せなかった。
どよんと落ち込む雪の姿に、ディルは呆れ声を出した。
「未遂かよ」
ぼくの押しが足りなかったかとディルは残念がった。
「あら、そういうことなの?あなたとシャドウは」
サリエは雪の取れかかったショールを直してやった。
「そんなんじゃないです!
…そんなわけない。私は迷惑ばかりかけているお荷物です」
好かれてるわけなんてない。そんなふうに思うのさえ、おこがましい。何の取り柄もないのに。守ってもらうことが当たり前のように思っていた自分が恥ずかしい。自分でやらなければ結果はついてこない。実績は自分で作らなければ意味がない。
雪は営業職時代を思い出して、自らに喝を入れた。
「それが雪の悪いところだな」
ディルは雪の心中を読み取り、やれやれといった顔つきになった。
「力が足りなければ頼れよ。ぼくもシャドウも雪の為なら喜んで力を貸すよ。何でもかんでも人任せじゃダメだけど、何でもかんでも自分でやるのはもっとダメだと思う。切羽詰まったら、一度立ち止まれ。一回りして周りを見ろ。雪の周りには頼れる相棒がいくらでもいるだろう?ぼくらはその為に一緒にいるんだから」
な?
ディルは雪の顔を覗き込むように相槌を送った。
「…甘やかさないでください」
「甘やかしじゃない。全部やってやるんじゃないよ。力が足りなくなったら補填してやるって言ってんの」
同じことですと呟いて、雪はディルから目を逸らした。涙ぐむ自分を見られたくなかったからだ。
「頑なねぇ。そういう女はウケが悪いわよ」
「別にウケ狙いなわけじゃないです!」
ちゃちゃを入れるサリエに雪は噛み付いた。男ウケのいい人物が頭をよぎったのは言うまでもない。
「そういうところはシャドウに似てるわ。…あの子はいつだってマリーのことが最優先で考えてた」
シャドウを語るサリエの表情は、弟を心配する姉そのものだった。
「…シャドウさん」
「ねーさん、何でシャドウやマリーのことまで知ってるんだ?何者だ?」
「幼馴染だもの」
「へー…って、あー!ヤバイ!忘れてた!!ちょっと、ちょっと待ってろよ!」
ディルは慌てふためき、身振り手振りが大きくなった。雪を見つけた感動と興奮で前後の出来事がすっぽ抜けてしまっていた。マリーをあの場に残してきてしまったの。振り返るや否や眼前に綿の塊が降ってきた。巨大な綿花だ。風に乗ってディルの上に落ちてきた。
「マリーもー!!」
「ぶはっ」
もこもこの綿花に身を包み、マリーが飛んできた。ディルは抱えきれずに後ろに転倒した。
「わんわんひどいよ!マリーだけ置いてけぼりにして!!」
「悪かったって!痛いっ痛いっ」
キーキー騒ぎ立てるマリーにディルは悪戦苦闘だ。マウントを取られ、腹をポカポカ殴られた。ついさっきも見た光景にサリエは吹き出した。攻守が逆ねとディルに告げた。
「マリー!?」
突如現れた少女に雪は困惑気味だ。
「おねえちゃん!」
雪を見るや否やマリーは飛び出した。ディルを踏み台にしても厭わずに。
「わあああん」
涙と涎と鼻水を顔いっぱいに広げてマリーは雪の胸元に飛び込んできた。鳥の巣状のふわふわ頭が顔をくすぐってきた。
「おねえちゃん、おねえちゃあん」
「マリー!ああ、無事で良かった」
塔から落ちたと聞いた時から気が気じゃなかった。大丈夫だと言われてもこの目で見るまでは納得できなかった。ディルにもしたように、背中や頭を抱えこみながら撫でた。小さいから腕の中にすっぽりと入る。
「相変わらず鳥の巣ね」
「えへへ」
くしゃくしゃの頭を撫でてやった。鼻の先に泥まで付いていた。
「あ…れ」
マリーとの目線が合わないことに気がついた。塔にいた頃、座り込んでいた時に見たマリーはちょうど目の高さにいたのに。今は頭の上に顔がある。
「…背が伸びてる?」
「塔から解放されて、戻されていた時間が動き出したということかしら」
マリーの変化にサリエも顔をしかめた。
ということは…
「禁呪が解ける?」
突然、横っ面を叩かれたような衝撃が走った。耳を突き刺す風のような声。
自分の名前を呼ぶ声。
見上げると、太陽を背にした少年が空から降って来た。白髪が陽に映えて、より神々しさを放った。
「今までどこほっつき歩いてた!雪のくせに生意気だぞ!!」
「えっ、えっ、な、なに?」
空から降って来た少年に尻餅をつかされ転んでしまった。胸ぐらをグッと掴まれ、少年と間近に顔を合わせた。見開いた金の眼に体が吸い込まれそうだ。美しさに痺れさえくる。鼻先がくっつきそうだ。
「デ、ディルさん?」
「おうよ!このクソバカ女!心配さすんじゃねえよ!!」
怒鳴り散らす口元から牙がちらちら見えた。喉の奥から唸り声もする。完全に威嚇されている。マウントも取られて今にも喧嘩勃発しそうだ。
「そ、そっちこそ、怪我は?痛いところないですか?」
「何言ってんだ」
雪は両手を広げてディルの頬をがっしりと掴んだ。
おい、とディルは怪訝な顔をするが雪は怯まなかった。
「市場で男の人達に囲まれたじゃないですか。嫌なこととか痛いことされませんでしたか?怪我は?」
雪はちらちらとディルの体を観察した。
顔の土汚れや服の綻びも見逃さない。
「いつの話だよ。…そんなことよりお前は」
「そんなことなんかじゃない!私だってずっと心配してたんだから!!
あんな形で離れ離れになって、もうずっと会えなくて、」
雪はペタペタと顔と体に手を這わせた。
「やめろっ、ぼくは何ともないよ!」
ディルは頬を紅潮させて雪を引き離す。
恥ずかしいのとくすぐったいのと半々だ。笑う場面ではないからポーカーフェイスは崩せない。
「もっとちゃんと顔を見せてよ」
雪は強引にディルの外套の裾を引っ張った。
「もう十分だろ、バカ女」
ぼくだって、最悪な別れから今日に至るまで忘れた日なんか1日足りともなかったさ。ぼくが守れなかったんだから気に病むのは当然だ。だけど、そんな義務みたいな気持ちではなかったけれど。ただただ、非力な自分に苛立つばかりだった。
ディルは雪と向かいあった。膝立ちをして目線を合わせた。
髪の色、瞳の色、声音、仕草。
性格は他人にはお節介、心配性。自分のことは後回し。他人には優しくて、無駄に優しくて、不器用で、
「…全部覚えたよ」
もう忘れない。
ディルは雪に覆い被さるように抱きしめた。
「デ、ディルさ…ん?」
首元に入り込んで来た髪の毛がくすぐったかった。首を傾げてそれを回避しようと動かすが、追うようにディルは顔を擦り寄せて来る。
ぼくが一番素直になれた 人間。こんな短期間でぼくの囲いを解いたのはシャドウの次にこいつだけだ。
「ディルさん…」
涙の一雫がディルの頬から雪に運ばれた。
「…雪が、、無事で良かった」
二度と会えないかもしれない恐怖もあった。出会えた意味を持たずに終わるのかと思った。名前も呼べずに終わる関係ほど虚しいものはない。
「…ディルさんも無事で良かった。また会えて嬉しいです」
雪はディルの背中に腕を回し、背中をポンポンと叩いた。もう片一方の手で、ディルの頭を撫でた。優しく。
「うん…」
不覚にも涙を流してしまったことにディルは抵抗ができずにいた。頭を撫でられているのも普段なら手を振り払うところだが、今は全くその気が起きない。しばらくはこのままでいたいとも思ってしまっていた。
「ふふふ。可愛い子ね。あなたのお仲間?」
サリエは一部始終を後ろから眺めていた。子犬がじゃれているみたいだわと笑った。
「誰が犬だって」
ズズッと鼻を鳴らしてディルは顔を上げた。犬呼ばわりは何人たりとも許さんと言わんばかりにサリエを睨みつけた。
「…」
漆黒の髪を揺らし、妖しい笑みを浮かべた女を見上げた。透き通るような白さの肌。赤い唇に。括れた腰に。白装束から今にも溢れ落ちそうな胸にディルは釘付けになってしまった。
「…何だこの素敵なお姉さんは?」
「あら。ふふふ。素直な子ね」
サリエはディルの頭を撫でた。雪がしたそれとは意味合いも大きく違う。
「ちょっと!ディルさんどこ見てるんですか?サリエも!ストライクゾーン広すぎ!!」
「うん。雪にはないな」
雪の体を頭の上から下へと観察した。サリエにあるものが雪にはない。
「ほっといてください!」
雪は胸元を両手で必死に隠した。
「いや、歳のわりには体の線が崩れてないなって。綺麗だけど、結構歳はいってるだろ?肌にシミひとつないけど、肌理が足りないよな。あのでかい胸を維持するにはそれなりの筋肉つけないと垂れるだけだろ。そういう意味で素敵だなぁって」
流石だとディルは頷く。筋力トレーニングはどんなのしてる?雪も見習えよ。あー、でも肝心なブツがないかぁとサリエと雪を交互に見ながらディルは持論を展開した。
「…可愛くない子ね」
サリエの表情が曇りだした。腕組みをし、足を踏みならした。
「ディルさん!も、もうその辺で勘弁してください」
雪はサリエを見ながらハラハラしっぱなしだ。ディルはにひひと悪戯っ子ぽく笑った。
「というか、シャドウに会ったんだろ?この外套シャドウのだろう?何で雪が着てんだ?」
ディルはぶかぶかの袖をつまんだ。やはり雪にはサイズが合っていなかった。
「…ちょっと借りてるだけです」
シャドウの名前が出て、雪は気まずい面持ちになった。それにディルは気がついた。
「…告られたか?」
「へ?」
「シャドウは何か言ってなかったか?」
「…べ、別に。特には」
行くなとは言われたけれどそれ以外は何もない。ただ、抱きしめられたり、抱きついたりはあった。雪は情景を思い出し、ほんの少し顔を赤らめた。
「何何?その反応は?」
野次馬全開のディル。
「いや…違う違う!あれは仕方なくだし。他意はないよ」
シャドウさんは悪鬼を鎮めるため。
私は想いのままに。
本当は抱きしめられたかった。その先も願いはあった。けれど、踏み出せなかった。
どよんと落ち込む雪の姿に、ディルは呆れ声を出した。
「未遂かよ」
ぼくの押しが足りなかったかとディルは残念がった。
「あら、そういうことなの?あなたとシャドウは」
サリエは雪の取れかかったショールを直してやった。
「そんなんじゃないです!
…そんなわけない。私は迷惑ばかりかけているお荷物です」
好かれてるわけなんてない。そんなふうに思うのさえ、おこがましい。何の取り柄もないのに。守ってもらうことが当たり前のように思っていた自分が恥ずかしい。自分でやらなければ結果はついてこない。実績は自分で作らなければ意味がない。
雪は営業職時代を思い出して、自らに喝を入れた。
「それが雪の悪いところだな」
ディルは雪の心中を読み取り、やれやれといった顔つきになった。
「力が足りなければ頼れよ。ぼくもシャドウも雪の為なら喜んで力を貸すよ。何でもかんでも人任せじゃダメだけど、何でもかんでも自分でやるのはもっとダメだと思う。切羽詰まったら、一度立ち止まれ。一回りして周りを見ろ。雪の周りには頼れる相棒がいくらでもいるだろう?ぼくらはその為に一緒にいるんだから」
な?
ディルは雪の顔を覗き込むように相槌を送った。
「…甘やかさないでください」
「甘やかしじゃない。全部やってやるんじゃないよ。力が足りなくなったら補填してやるって言ってんの」
同じことですと呟いて、雪はディルから目を逸らした。涙ぐむ自分を見られたくなかったからだ。
「頑なねぇ。そういう女はウケが悪いわよ」
「別にウケ狙いなわけじゃないです!」
ちゃちゃを入れるサリエに雪は噛み付いた。男ウケのいい人物が頭をよぎったのは言うまでもない。
「そういうところはシャドウに似てるわ。…あの子はいつだってマリーのことが最優先で考えてた」
シャドウを語るサリエの表情は、弟を心配する姉そのものだった。
「…シャドウさん」
「ねーさん、何でシャドウやマリーのことまで知ってるんだ?何者だ?」
「幼馴染だもの」
「へー…って、あー!ヤバイ!忘れてた!!ちょっと、ちょっと待ってろよ!」
ディルは慌てふためき、身振り手振りが大きくなった。雪を見つけた感動と興奮で前後の出来事がすっぽ抜けてしまっていた。マリーをあの場に残してきてしまったの。振り返るや否や眼前に綿の塊が降ってきた。巨大な綿花だ。風に乗ってディルの上に落ちてきた。
「マリーもー!!」
「ぶはっ」
もこもこの綿花に身を包み、マリーが飛んできた。ディルは抱えきれずに後ろに転倒した。
「わんわんひどいよ!マリーだけ置いてけぼりにして!!」
「悪かったって!痛いっ痛いっ」
キーキー騒ぎ立てるマリーにディルは悪戦苦闘だ。マウントを取られ、腹をポカポカ殴られた。ついさっきも見た光景にサリエは吹き出した。攻守が逆ねとディルに告げた。
「マリー!?」
突如現れた少女に雪は困惑気味だ。
「おねえちゃん!」
雪を見るや否やマリーは飛び出した。ディルを踏み台にしても厭わずに。
「わあああん」
涙と涎と鼻水を顔いっぱいに広げてマリーは雪の胸元に飛び込んできた。鳥の巣状のふわふわ頭が顔をくすぐってきた。
「おねえちゃん、おねえちゃあん」
「マリー!ああ、無事で良かった」
塔から落ちたと聞いた時から気が気じゃなかった。大丈夫だと言われてもこの目で見るまでは納得できなかった。ディルにもしたように、背中や頭を抱えこみながら撫でた。小さいから腕の中にすっぽりと入る。
「相変わらず鳥の巣ね」
「えへへ」
くしゃくしゃの頭を撫でてやった。鼻の先に泥まで付いていた。
「あ…れ」
マリーとの目線が合わないことに気がついた。塔にいた頃、座り込んでいた時に見たマリーはちょうど目の高さにいたのに。今は頭の上に顔がある。
「…背が伸びてる?」
「塔から解放されて、戻されていた時間が動き出したということかしら」
マリーの変化にサリエも顔をしかめた。
ということは…
「禁呪が解ける?」
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