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第4章
8 譲れないもの
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「ぴぎゃっ!」
ビクビクッと体を震わせてマリーは飛び跳ねた。漫画の中でよくある背中が逆毛になるシーンみたいだ。
「なんで、サリエがいるの…」
涙まみれのぐしゃぐしゃの顔は一層しわくちゃになった。服の裾をこれでもかと掴んだ。
「どうしたマリー?この人は幼馴染なんだろ?」
ディルはマリーを見た。小さな体にこればかりと力を入れてサリエを睨みつけた。
瞳は怒りの色に満ちていた。
「マリー」
この2人の険悪ムードに雪はチドリの言葉を思い出した。サリエはマリーの幼少時から世話をしていたけれど、あの事件以来一気に関係は悪化していったという。
「…姿勢が悪い」
サリエはマリーの怒りを真正面から受け取るも、相手にはしてないようだ。
サリエの言葉に前かがみになっていたマリーの背筋がピシッと伸びた。条件反射だ。躾はきちんと行き渡っているようにみえる。
「お、おねえちゃんにひどいことしたくせになんでいるのよ!」
声が上ずっている。今後、自分に降りかかるかもしれない怒りにも怯んだりしない。小さな体にもプライドと情熱がある。
マリーは震えながらも足を踏ん張っていた。
「そのことならもう大丈夫だよ」
雪はマリーの手を取り、体を自分の方に引き寄せた。
「なんで?おねえちゃんはサリエにひどいことされたのに」
どうして許せるの?
そう問われてドキッとした。小学生にも満たない子どもに追求されると黙りこくってしまう。答えは出ているはずなのに、言葉を濁してしまう。つい、うまい言葉を探してしまう。
「…う、ん」
「え?ひどいって何が?」
事情が飲み込めないディルは雪とサリエとマリーを見渡した。
「サリエがおねえちゃんを落としたんだよ!あそこから!」
サリエは塔を指差し、力一杯ディルに訴えた。
「…マジか」
ディルは絶句した。
「そうだよ!ひどいよ!なんでいっしょにいるのさ!ぜったいイヤだよ!マリーをぶったり、けったりもイヤだったけど、マリーはがまんしたけど」
マリーは堰を切ったように話し出した。
「おねえちゃんはしんじゃうかもしれなかったんだよ?どうして許すの?なかよくしないでよ!!」
「マリー…」
マリーの言いたいことは的を得ている。
間違いはない。誰でもそう思うだろう。
死にかけた目に遭わせた人物を信じろと言われても素直に頷けるわけがない。
「おねえちゃんに近づかないでよ!」
マリーはサリエに言い放ち、わあわあ泣き始めた。
サリエは無言のまま、腕組みをして白壁に寄りかかった。責められるのは想定内だと余裕だ。ディルは誰についていいかわからないまま途方に暮れ、雪はマリーが泣き止むのを黙って待った。マリーに何を言われても、既に答えは出ていたのだ。ただ、それをどう説明するか考えていた。言葉を濁すことなく、素直に伝えたいと思っていたが、イヤイヤと泣き喚いている幼子に通じるかどうかは未知だった。納得させる方法は容易ではない。
雪は座り込み、丸くなったマリーの背中をさすった。
「マリー、私のことを心配してくれてありがとうね」
一言言う度に背中を優しくタップした。
「…マリーはいい子だね。自分も辛かったのに我慢して偉いね」
いい子いい子と髪を撫でた。
「別に擁護しなくていいわよ。本当のことだから」
サリエは長い髪を払い、他人事のように呟いた。
「マジか」
ディルの表情はますます蒼白になる。
「擁護とかじゃないよ。思っていること言いたいだけ」
「言葉に詰まってるくせに」
「う」
痛いところを突かれた。
確かに、サリエのことは全面的に信用しているわけではない。けれど、否定することもできない。ここまで好き嫌いがはっきりしている人だと付き合うのが楽なのだ。
「変に勘ぐったりしなくていいから楽なんだよね。それに始末するなら助けたりしないだろうし」
「お前、殺されかかったっていうのに余裕だな」
ディルは恐る恐るサリエを見上げた。美しい微笑に招き入れられようとしていた。
「…うん、まあ。無条件で好きって言われてるよりかは、嫌われてるって態度で示されてる方がわかりやすいじゃない。あ、私この人に嫌われてるんだなぁって。そしたら近付く必要がないでしょう」
「意味がわからん」
「んー、だからつまり。サリエはみんなが思うよりめんどくさくない人で、私にはとっつきやすい人なんだよ。それに私が欲しい情報を持ってる。今はそれが知りたい」
だから一緒にいるんだよとマリーの顔を除き込んだ。
「結局は雪の主観じゃないか。説明になってないぞ」
ディルは不満気だ。
「あー、もう言葉にすると難しいなぁ。
でも、これが私の気持ち。サリエを許すとか許さないとかじゃなくて。今は必要だから一緒にいるんだよ」
「そんなのやだあぁぁぁーよー」
マリーには通じないようだ。涙が輪郭を歪ませる。
「マリーが、サリエを嫌うのは自由だよ」
「ちょっと」
サリエは一瞬だけ顔をしかめた。
「だって、それとこれとは話が違うでしょう。そっちはちゃんと2人で話し合ってよ。あなたにだって言い分はあるだろうし」
昔のことはわからない。サリエ、シャドウ、チドリ、マリー。それぞれの言い分と理由があるはずだ。そこに新参者の私は首は突っ込むわけにはいかない。
「マリー。ごめんね。マリーが望んでいる答えじゃなくて」
未だ、マリーの顔は洪水状態で、脱水でもしそうな勢いだ。
「えぐっえぐっ」
マリーは肩を上下に動かしてはえずいていた。
「ま、マリーは、おねえちゃんどいっじょにいだい」
鼻が詰まって鼻濁音になっている。
「…ありがと」
雪はかけていたショールを外し、マリーの肩にかけてやった。両端で顔の洪水を止めてやる。涙と鼻水を含んだショールはマリーの首にかけられた。
次からは自分で拭くんだよと教えてやった。まだ涙が治らないマリーは肩の動かして返事をした。
「やれやれ。成長したのは背丈だけのようね。泣き虫はいつになっても治らないのね」
サリエはうんざりするわと白壁に寄りかかったまま吐き捨てた。
ちょっとやめなよとサリエを静止する前に、先にマリーが口を開いた。
「マリーが嫌ならあっちいってよ!」
「誰に指図してるのよ」
「サリエにだよ!」
「どの口が言うか!1人で眠れもしないガキが」
「ねれるもん!」
「大方、この娘の布団に入っていたんだろう。口ばかり生意気になって成長しただと聞いて呆れるわ」
図星を突かれてぐうの音も出ない。確かにいつの間にか布団に入っていたことは何度もあった。子ども体温でそばにいると暖かいのだ。私もありがたかった。
「ぼくも体目当てだろ?」
隣にいたディルがサッと己れの身体を抱きしめた。
「言い方!」
ディルは夜は獣の姿になる。野宿の時は、ディルを真ん中にしてよく眠ったもんだ。
「雪にはしがみつかれるし、シャドウには潰されるんじゃないかってヒヤヒヤだったよ」
「その節はお世話になりました」
「金払えよ」
ディルは手のひらを突き出してくる。その上に、雪は自分の手を重ねた。にゃーんと猫撫で声を出して。
「調子にのるな」
指の腹で雪の額を小突いた。
「あ痛っ」
子犬と猫のじゃれあいのようだとサリエは思った。目の前ではマウスが、ギャーギャー騒いでいる。
「ここは、動物園か。馬鹿馬鹿しい」
「バカっていうほうがバカなんだよ!」
口撃が緩んだところで、ここぞとばかりにマリーは口を挟む。
「五月蝿いわ。阿呆」
年の功か、経験値の違いか。サリエはマリーを一言で黙らせた。
「こんなところで足止め食らってる暇はないわ。娘、行くわよ」
「う、うん」
サリエはわざとマリーを怒らせるようなことばかりを言って、涙を止めた。さすがだ。
「何よ。ニヤニヤして」
「経験値の違いだねと思って」
こういうやり方があるとわかっていても、なかなか実戦はできないものだ。泣き喚く相手に対し、冷静に判断するのは私にはできない。宥めるのが精一杯だ。第三者しかできないものだ。
「なんだよ。根っこの部分は繋がってるんじゃないか」
ディルは雪の心中を読み取り、サリエとマリーの関係を知った。険悪に見えてるのは上辺だけだ。少なくともサリエは思慮深い人だと思った。
「ねーさんさすがです」
ディルはエア拍手を送った。サリエの見方を変えた。
「ぴぎゃっ!」
ビクビクッと体を震わせてマリーは飛び跳ねた。漫画の中でよくある背中が逆毛になるシーンみたいだ。
「なんで、サリエがいるの…」
涙まみれのぐしゃぐしゃの顔は一層しわくちゃになった。服の裾をこれでもかと掴んだ。
「どうしたマリー?この人は幼馴染なんだろ?」
ディルはマリーを見た。小さな体にこればかりと力を入れてサリエを睨みつけた。
瞳は怒りの色に満ちていた。
「マリー」
この2人の険悪ムードに雪はチドリの言葉を思い出した。サリエはマリーの幼少時から世話をしていたけれど、あの事件以来一気に関係は悪化していったという。
「…姿勢が悪い」
サリエはマリーの怒りを真正面から受け取るも、相手にはしてないようだ。
サリエの言葉に前かがみになっていたマリーの背筋がピシッと伸びた。条件反射だ。躾はきちんと行き渡っているようにみえる。
「お、おねえちゃんにひどいことしたくせになんでいるのよ!」
声が上ずっている。今後、自分に降りかかるかもしれない怒りにも怯んだりしない。小さな体にもプライドと情熱がある。
マリーは震えながらも足を踏ん張っていた。
「そのことならもう大丈夫だよ」
雪はマリーの手を取り、体を自分の方に引き寄せた。
「なんで?おねえちゃんはサリエにひどいことされたのに」
どうして許せるの?
そう問われてドキッとした。小学生にも満たない子どもに追求されると黙りこくってしまう。答えは出ているはずなのに、言葉を濁してしまう。つい、うまい言葉を探してしまう。
「…う、ん」
「え?ひどいって何が?」
事情が飲み込めないディルは雪とサリエとマリーを見渡した。
「サリエがおねえちゃんを落としたんだよ!あそこから!」
サリエは塔を指差し、力一杯ディルに訴えた。
「…マジか」
ディルは絶句した。
「そうだよ!ひどいよ!なんでいっしょにいるのさ!ぜったいイヤだよ!マリーをぶったり、けったりもイヤだったけど、マリーはがまんしたけど」
マリーは堰を切ったように話し出した。
「おねえちゃんはしんじゃうかもしれなかったんだよ?どうして許すの?なかよくしないでよ!!」
「マリー…」
マリーの言いたいことは的を得ている。
間違いはない。誰でもそう思うだろう。
死にかけた目に遭わせた人物を信じろと言われても素直に頷けるわけがない。
「おねえちゃんに近づかないでよ!」
マリーはサリエに言い放ち、わあわあ泣き始めた。
サリエは無言のまま、腕組みをして白壁に寄りかかった。責められるのは想定内だと余裕だ。ディルは誰についていいかわからないまま途方に暮れ、雪はマリーが泣き止むのを黙って待った。マリーに何を言われても、既に答えは出ていたのだ。ただ、それをどう説明するか考えていた。言葉を濁すことなく、素直に伝えたいと思っていたが、イヤイヤと泣き喚いている幼子に通じるかどうかは未知だった。納得させる方法は容易ではない。
雪は座り込み、丸くなったマリーの背中をさすった。
「マリー、私のことを心配してくれてありがとうね」
一言言う度に背中を優しくタップした。
「…マリーはいい子だね。自分も辛かったのに我慢して偉いね」
いい子いい子と髪を撫でた。
「別に擁護しなくていいわよ。本当のことだから」
サリエは長い髪を払い、他人事のように呟いた。
「マジか」
ディルの表情はますます蒼白になる。
「擁護とかじゃないよ。思っていること言いたいだけ」
「言葉に詰まってるくせに」
「う」
痛いところを突かれた。
確かに、サリエのことは全面的に信用しているわけではない。けれど、否定することもできない。ここまで好き嫌いがはっきりしている人だと付き合うのが楽なのだ。
「変に勘ぐったりしなくていいから楽なんだよね。それに始末するなら助けたりしないだろうし」
「お前、殺されかかったっていうのに余裕だな」
ディルは恐る恐るサリエを見上げた。美しい微笑に招き入れられようとしていた。
「…うん、まあ。無条件で好きって言われてるよりかは、嫌われてるって態度で示されてる方がわかりやすいじゃない。あ、私この人に嫌われてるんだなぁって。そしたら近付く必要がないでしょう」
「意味がわからん」
「んー、だからつまり。サリエはみんなが思うよりめんどくさくない人で、私にはとっつきやすい人なんだよ。それに私が欲しい情報を持ってる。今はそれが知りたい」
だから一緒にいるんだよとマリーの顔を除き込んだ。
「結局は雪の主観じゃないか。説明になってないぞ」
ディルは不満気だ。
「あー、もう言葉にすると難しいなぁ。
でも、これが私の気持ち。サリエを許すとか許さないとかじゃなくて。今は必要だから一緒にいるんだよ」
「そんなのやだあぁぁぁーよー」
マリーには通じないようだ。涙が輪郭を歪ませる。
「マリーが、サリエを嫌うのは自由だよ」
「ちょっと」
サリエは一瞬だけ顔をしかめた。
「だって、それとこれとは話が違うでしょう。そっちはちゃんと2人で話し合ってよ。あなたにだって言い分はあるだろうし」
昔のことはわからない。サリエ、シャドウ、チドリ、マリー。それぞれの言い分と理由があるはずだ。そこに新参者の私は首は突っ込むわけにはいかない。
「マリー。ごめんね。マリーが望んでいる答えじゃなくて」
未だ、マリーの顔は洪水状態で、脱水でもしそうな勢いだ。
「えぐっえぐっ」
マリーは肩を上下に動かしてはえずいていた。
「ま、マリーは、おねえちゃんどいっじょにいだい」
鼻が詰まって鼻濁音になっている。
「…ありがと」
雪はかけていたショールを外し、マリーの肩にかけてやった。両端で顔の洪水を止めてやる。涙と鼻水を含んだショールはマリーの首にかけられた。
次からは自分で拭くんだよと教えてやった。まだ涙が治らないマリーは肩の動かして返事をした。
「やれやれ。成長したのは背丈だけのようね。泣き虫はいつになっても治らないのね」
サリエはうんざりするわと白壁に寄りかかったまま吐き捨てた。
ちょっとやめなよとサリエを静止する前に、先にマリーが口を開いた。
「マリーが嫌ならあっちいってよ!」
「誰に指図してるのよ」
「サリエにだよ!」
「どの口が言うか!1人で眠れもしないガキが」
「ねれるもん!」
「大方、この娘の布団に入っていたんだろう。口ばかり生意気になって成長しただと聞いて呆れるわ」
図星を突かれてぐうの音も出ない。確かにいつの間にか布団に入っていたことは何度もあった。子ども体温でそばにいると暖かいのだ。私もありがたかった。
「ぼくも体目当てだろ?」
隣にいたディルがサッと己れの身体を抱きしめた。
「言い方!」
ディルは夜は獣の姿になる。野宿の時は、ディルを真ん中にしてよく眠ったもんだ。
「雪にはしがみつかれるし、シャドウには潰されるんじゃないかってヒヤヒヤだったよ」
「その節はお世話になりました」
「金払えよ」
ディルは手のひらを突き出してくる。その上に、雪は自分の手を重ねた。にゃーんと猫撫で声を出して。
「調子にのるな」
指の腹で雪の額を小突いた。
「あ痛っ」
子犬と猫のじゃれあいのようだとサリエは思った。目の前ではマウスが、ギャーギャー騒いでいる。
「ここは、動物園か。馬鹿馬鹿しい」
「バカっていうほうがバカなんだよ!」
口撃が緩んだところで、ここぞとばかりにマリーは口を挟む。
「五月蝿いわ。阿呆」
年の功か、経験値の違いか。サリエはマリーを一言で黙らせた。
「こんなところで足止め食らってる暇はないわ。娘、行くわよ」
「う、うん」
サリエはわざとマリーを怒らせるようなことばかりを言って、涙を止めた。さすがだ。
「何よ。ニヤニヤして」
「経験値の違いだねと思って」
こういうやり方があるとわかっていても、なかなか実戦はできないものだ。泣き喚く相手に対し、冷静に判断するのは私にはできない。宥めるのが精一杯だ。第三者しかできないものだ。
「なんだよ。根っこの部分は繋がってるんじゃないか」
ディルは雪の心中を読み取り、サリエとマリーの関係を知った。険悪に見えてるのは上辺だけだ。少なくともサリエは思慮深い人だと思った。
「ねーさんさすがです」
ディルはエア拍手を送った。サリエの見方を変えた。
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