神本くんの忍者稼業

忍者の佐藤

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引きこもり少女編

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「動くな。決して乱暴しようというわけじゃない」
いやこの状況はだいぶ乱暴でしょ!
「ここじゃアレだな。お前の部屋に移動するぞ」
まるで街中で会った友達に「カフェにでも移動しよっか」とでも言うような口ぶりだ。部屋に移動後、私は束縛から解放される。
「アンタ何考えてんのよ!  大声出すわよ!」
私は忍者(仮)に向けて吠えた。恐怖で自分の足が震えているのが分かる。
「好きにしろ。というかすでに大声を出している気がするぞ」
昼はドア越しだから分からなかったけど、改めて彼の姿を見ると上も下も全部黒の忍び装束に身を包んでいて、頭巾から覗く大きな瞳は悠然と私を見下ろしている。背が高いだけじゃなくて体型もすごくガッシリしているようで、家の近くの高校野球部の人たちよりもさらに広い肩幅と分厚い胸板を持っている。なるほど。こんなのに羽交い締めにされたら女の私じゃ逃げられないわけだ。
「っていうかトイレで待ち伏せするとかアホなの!?  私女子よ!  女子!」
私は思い出したように抗議した。ちなみに私は普段こんな口汚く人を罵るキャラじゃない。だけど初対面(ドア越し)の時に「クソババア」発言を聞かれてしまっていたので、もうどう思われてもいいやと半分諦めているのだった。

「だが俺は忍者だ」
彼はさも当然のように言い返してくる。あっ、この人日本語通じないタイプの人だ。私が諦めて黙っていると今度は忍者の方から喋り始めた。
「お前はトイレに行く時と風呂に行く時だけは部屋を出ると言っていただろう。だからトイレで待ち伏せさせてもらった」
そう言ってふんす、と鼻を鳴らし更にこう続けた。
「俺の名前は神本鉄人てつと。忍者を生業にしている者だ」
いや待って。さっきからずっと思ってるっけど職業忍者って何? ここ21世紀の日本なんですけど。というか忍者が自分から忍者って名乗るな。忍べよ。どうにかして出て行ってもらう方法を考えたが、この忍者は私を捕獲するために昼から4時間もトイレに潜伏し続けるような異常者だ。素直に出ていくとは到底思えない。
「何が、目的なの?」
「昼の話を聞いていなかったのか。俺はお前を家の外に出られるようにするため雇われた。お父さんからな」
私に注がれる無機質な眼差しからは、何の表情も読み取ることが出来ない。
「アンタがうちのお父さんをお父さんって呼ぶのやめてくれない?」
私は一つ溜息をついて続ける。
「それに引きこもりを外に出すため忍者を雇うって、その因果関係がよく分からないんだけど」
「現代の忍者は何でもする。そう、馬の餌やりから馬舎の掃除、はたまた馬の調教まで幅広く」
「聞いた感じ牧場限定っぽいんだけど」
「外はまだ寒い。出るんなら厚着をして出たほうがいいだろう」
と思っていると今度は早速外に出そうとしてきよった。駄目だ。少しでもこの人のペースに合わせたらやられる。
「私、外には出ない。だから早く帰って」
「そうか、分かった」
「え?」

確実に晩御飯くらいまで居座る気だと思っていたので、素直に従ったのは意外だった。もし居座られたら警察を呼ぶ気だったけど。
「だが、どうして引きこもることになったのか教えてくれ。それを教えてくれたら今日は素直に帰る」
私は少し考えた。それで引き下がってくれるんなら教えても良いかなとも思う。でも私だけタダで条件を飲まされるのは癪だった。
「教えるのは構わない。でも貴方も頭巾を取って顔を見せて。顔も見せない相手に話すような話じゃないわ」
「いいだろう」
忍者は何のためらいもなく顔を覆っている頭巾を剥ぎ取る。その素顔を見て私は思わず目を見張った。目鼻立ちはまるで俳優のように整っていて、一見中性的にも見える柔らかい顔立ちの中でガッシリした顎から首筋にかけてのラインが男っぽさを強調している。その年齢は高く見積もっても大学生くらいにしか見えない。20代~30代のザ・柔道部みたいな顔面の男が出てくると思っていたので完全に意表を突かれた。私は急に頰に出来たニキビとボサボサの髪が気になってきて、床に転がっているマスクを慌てて掴んだ。
「何でお前が顔を隠すんだ」
「べ、別に!」

私は両手でせわしなく、撥ねた癖っ毛を撫でつけながら言った。もう最悪だ。既にアジの開きよろしく醜態をおおっぴらに晒しまくった後だというのに。
「ち、ちなみに神本くんって今何歳なの……?」
「15歳だ。今年の4月から高校生になる」
嘘っ。しかも私と二つしか違わないじゃん。うわぁ、やってしまった……。
「お前の名前を」
「ん?」
「お前の名前はお父さんから聞いているが、もう一度お前の口から教えてくれ」
神本くんは私に手を差し出した。握手を求めているらしい。
「決して教えてもらったのに忘れたから聞いているわけじゃないぞ」
忘れたんかい。
「……名前は茜。倉橋茜」
私は神本くんの手を握り返して言った。その手はお父さんよりガッシリしていた。
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