神本くんの忍者稼業

忍者の佐藤

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引きこもり少女編

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あれから私の気持ちは随分と楽になった。確かに学校へ行って勉強することはやらないといけないことなのは分かっていたし、復帰したい気持ちもあった。だけど今は自分の気持ちを優先しようと思った。学校に通っていた時は潰れてしまった私の気持ちを、今度は準備ができるまで待ってあげようと思った。例え誰に急かされても今は言う事を聞かないんだ。神本くんの言うように、私の心を大切にしてあげられるのは他の誰でもなく、自分しかいないんだから。
私はこの時の判断を間違っていたとは思わない。毎日欠かさずトレーニングをして、週に一度のペースでハイキングコースを歩くことで私の体力は随分回復していた。それに間食を止めて規則正しい生活を送るようになったことで顔のニキビも自然と消えていき、顔色も良くなってきた。顔色だけなら引きこもる前より良くなったんじゃないかと思う。何よりここ1か月くらいは私の人生で最も充実していたと言える。どんな楽しみにしていたゲームの発売日よりも楽しかったんじゃないだろうか。山の山頂に立つという明確なゴールの元、トレーニングしながら出来ないことが出来るようになるのはうれしかった。他にも山に生えている山菜を取って料理してみたり、木登りに挑戦したり、他の登山者に挨拶出来るようになって……。そうそう、待ち合わせ駅を神本くんが間違えて他県まで行ってたこともあった。あれは笑ったなあ。いつしか私はそんな神本くんのことをちょっぴり好きになっていたかもしれない。


「ねえねえ神本くん、4月1日は予定開いている? また山登りに行こうよ」
トレーニングが終わった後、私は夜の河川敷で川向うを見つめている神本くんに向かって言った。何故4月1日を選んだかというとその日が神本くんの誕生日だったからだ。別に告白するとかいうつもりじゃないけど、いつもお世話になっているお礼にプレゼントを渡そうと思っていたのだ。
「すまん、その日は予定がある」
神本くんは振り返って言った。私のワクワクしていた気持ちを一蹴された気分だった。予定? そんなのいいじゃん。一緒に登ろうよ。せっかくプレゼントも用意してたのに。
「予定って? 私は朝からでも昼からでも大丈夫だよ。なんせ引きこもりだし」
どっちかというと今はただの不登校かもしれないけど。
「ちょっと野暮用があるんだ」
いや、だから野暮用って何なの。と私は問い詰めそうになったけど、それを言ったら険悪な空気になりかねないので我慢することにした。まあ神本くんの誕生日だし、先に予定が入っているのは仕方ない。流石に後から割り込んで予定をねじ込ませるほど私は横暴じゃない。
「分かったよ。4月1日は諦める。じゃあ別の日でもいいからさ」
「どうした、どこか登りたい山でもあるのか」
「大岳山に登ろうよ!」
「大岳山……奥多摩の方の山か」
「そうだよ!」
大岳山は奥多摩にある山の一つで、標高は1200mを超えている。だけど隣の山の山頂まではケーブルカーで行って、そこから大岳山に入れるので、実質の高低差は500mほどだ。それくらいなら今の私なら簡単に登り切れるはずだし、少し高い山を踏破して成長した姿を神本くんに見せたかった。ところがいつもの神本くんなら二つ返事で了承してくれるのだが、この時は妙に間があった。夜の暗さではっきりとは分からないけど、少し険しい表情になったようにも見えた。
「駄目だ。あそこは鎖を使って登らないといけない場所もあるし、意外と険しい山だ。茜にはまだ早い」
頭ごなしに叱るような言葉に私はムッとした。
「登れるよ。もう5回も山に登ったじゃない」
「全て標高300m以下の低い山を選んで登っていただけだ。その感覚で大岳山の登ると痛い目を見るぞ」
「そんな……」
「それにお前は今でも登山中は大分息切れしているだろう」
後から考えれば神本くんの判断は私の安全を考えてくれてのことだったんだけど、自分が今まで培ってきた経験と、「絶対この山に登りたい!」と思って選んだ選択を否定された気がして腹が立っていた。
「登れるよ! 休憩しながら登ったら良いだけじゃん!」
「駄目だ。今はまだ寒いし、お前の筋力もまだ」
「ああもう駄目駄目うるさい!」
「じゃあ『登ってもいい』の反対」
「小学生か!」
神本くんは頑なによしとは言わなかった。それでさらに私はいじけてしまう。
「あー、はいはい分かりました。登りません」
「本当か」
「本当だよ」
「神に誓え」
「何で宗教的な話になってるのよ!」
「せめてあと一か月待つんだ。ツキノワグマが出たという情報もある」
神本くんはなだめるように私の肩に手を置いた。
「しつこいな! もう登らないって言ってるでしょ!」
私はその手を勢いよく振り払ってしまった。やってしまったと我に返ったときにはもう遅くて、神本くんは怒るでも悲しむでもなく、黙ってこちらを見つめていた。その場に居づらくなった私は走って河川敷を後にしたのだった。
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