冤罪で魔法学園を追放された少年はいかにして世界最強の闇魔道士になったか

忍者の佐藤

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狐塚という男

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 自警団が完全に出て行ってから、店内はジャンヌを褒めそやす声が響いた。拍手や称賛の声が溢れる中、ジャンヌは平然と髪をかき上げ、倒れている男に手を伸ばした。



「立てる?」

「ああ、助けてくれてありがとう、お嬢さん。でもお構いなく。僕に手を触れない方が良いよ。汚いから」



 男はひょいと跳ね起きた。まるで今まで存分に痛めつけられていたとは思えないほど軽い身のこなしだ。



「本当に、大丈夫なのか?」

「必要なら私が治療致します」



 俺とルナが近付いて行くと、男はゆっくりこちらを向いた。おや? と思った。先ほどは遠くて気付かなかったが、この生徒は光帝大陸系の顔をしていない。炎武とか鶴義によくいる「平べったい」顔をしている。



「いえいえ、大丈夫大丈夫。お気遣いには及ばないよ」



 男は目尻を下げ、ニコニコと微笑む顔は人懐こそうだ。先ほどから表情が変わらないのを見ると、元からこういう顔立ちなのかもしれない。物腰も柔らかく、いかにも人から好かれそうなタイプの人間だ。

 ただ、男の頭には、先ほどから自警団に投げつけられたパスタが乗っかっている。



「お、おい。頭に……」



 俺が言うと男はようやく気付いたらしく、頭の上から麺を取り、何故か嬉しそうに俺に差し出した。



「僕をお食べ。なんてねあははははははは!」



 自分で言ってツボに入ったらしい。一見発作かと思うほど激しく笑っている。何だこいつ。よくあんな事されて笑ってられるな。



「いやあ、しかし君。もしかして噂のクラウス君じゃないかい?」



 笑っていた男が急に質問してきた。



「何故、我の名前を知っている?」

「お、当たりだね! 実は僕も君と同じく放課後の言語授業に参加してるんだよ。メランドリ先生から君のことを聞いてね。是非一度会ってみたいと思っていたのさ」



 男は捲し立てるように一気に喋った。俺の苦手なタイプかもしれない。



「そうか。と言うことは、貴様が」

「そう、僕が狐塚。狐塚慶次だよ。出身国は鶴義。よろしくね。中々授業に参加出来なくて申し訳ない。ニック君も紅花ちゃんもメランドリ先生も良い人なんだけど、いかんせん忙しくてね」



 そう話す狐塚のザビオス語はとても流暢である。とても言語の授業を受けなくてはならないレベルだとは思えない。狐塚は尚も喋り続ける。



「いやあこんな所で言語授業の人に会えるなんて奇遇だなあ。これも何かの縁だと思わないかい? 大事だよね。僕の国ではこういう縁は大事にするんだよ。これから仲良くしよう」



 狐塚は俺に向かって手を差し出してきた。彼の一挙手一投足には有無を言わせぬ勢いがある。俺が恐る恐る手を差し出すと、思いの外強い力で掴まれた。

 その一瞬、優しそうに垂れ下がっていた狐塚の目蓋から、針のように鋭い目が覗いた……気がした。何故そんな曖昧な言い方をしたかと言うと、俺が瞬きする間に、狐塚はいつもの表情に戻っていたからだ。



「それにしても助かりましたよ。僕も何か恩を返したいですね。そうだ。何かお困りのことがあったら僕を呼び出してください。炊事洗家庭菜園、ゲームの相手から宿題の偽造まで、何でもお力になってみせましょう。家柄的に諜報活動が得意なんで、僕を使って損は無いですよ。お嬢さんならどんな用事も三回無料でサービスしますよ! 何たって命の恩人だからね!」



 これらの言葉を一切途切れさせずに喋りながら、狐塚は懐から一枚のカードを取り出し、ジャンヌに手渡した。



「このカードに魔力を込めると僕を呼び出せる優れ物さ。本当は上客さんにしか渡してないんだけど、お嬢さんは特別!」

「そう、ありがとう」



 ジャンヌはカードを受け取ると、狐塚の目の前で俺に渡した。



「あげる」



 いらない。



「くぅ~! 厳しいなあ!」



 事実上の「No  thank  you」を突きつけられる場面を見ていた狐塚は、笑いながら顔を手で覆い、天を仰いだ。



「お嬢さん」



 狐塚の語調が変わる。



「何にせよ、気を付けた方が良いよ。あの連中は必ず復讐に来る。どんなタイミングで何をしてくるか分からない。誰も手出しを出来ないのは、組織力の強さを怖れているからだ」



 狐塚は天を仰いだ姿勢からピクリとも動かずそう言った。その言葉を聞いて、狐塚が女生徒を助けるためにわざと碗をひっくり返したのだと確信が持てた。その後、抵抗しなかった理由も分かった。



「ま、何回も言うけど困ったら言ってね! いつでも力になりますよ!」



 狐塚の声は再び明るくなったが、ジャンヌは珍しく顔色を曇らせていた。





「ええ、分かっているわ」
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