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ルナ・グレイプドールについて 1

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 ルナ・グレイプドールは、第15代グレイプドール家当主「アドルフ・グレイプドール」の三男であるジョエルと、淫魔サキュバスのパメラの間に生まれた子である。





 優秀な治癒魔法の使い手であったジョエルは、教師として、村の子供達に魔法を教える仕事をしていた。

 彼の性格はきわめて温厚であり、誰に対しても腰が低く親切であったので人々から非常に好かれていた。



 それだけでなくジョエルの魔法の筋は誰よりも良く、三男ながらも正統後継者に推す声も絶えなかった。しかし彼自身は権力に対していささかの興味も示さず、全くの無頓着であった。



 そんな彼であったからこそ、人間に追われ、傷だらけで村に迷い込んできた淫魔を治療しようとした。それがルナの母となるパメラであった。

 村中の人々がパメラを追い出そうとする中で、彼だけが彼女を庇い、治癒したのだった。



 しかし人間から追われるには追われるだけの理由があるもので、パメラはそれまで幾人もの男達から精気を吸い取り殺していた。治療にあたっていたジョエルも例外ではなく淫魔に魅入られてしまう。

 こうして彼の温和な性格さえ災いに転じてしまうところが、グレイプドール家の呪いを濃く受け継いでいると言わざるを得ない。





 パメラはジョエルを殺すことはせず、少しづつ精気を吸いながら彼の家に住み着いて暮らすようになった。淫魔に魅入られてしまえばなす術もない。村の人々が幾ら言ってもジョエルはパメラを追い出さなかった。



 しかしこのまま淫魔に精気を吸われ続ければ、ジョエルがいつか命を落とすのは目に見えている。こうなったら強引にあの淫魔を叩き殺してしまえ、と村人達は殺気立った。

 パメラが妊娠したのはそんな時である。通常、淫魔は滅多に妊娠しないと言われているが、パメラの腹は確かに膨らんでいき、命が宿っているのは誰の目にも明らかだった。



 鼻息荒く殺気立っていた村人達も、パメラがジョエルの子を孕んでいると知っては矛を収めざるを得なかった。

 果たしてパメラは女の子を産み落とした。この時誕生した赤ん坊こそ、ルナ・グレイプドールである。



 幼い頃から容姿に優れていたルナは、周りから「可愛い」「将来は絶対美人になる」ともてはやされ、両親、特に母親からは「お前は世界で一番美しい」とまるで刷り込みのように言われ続けて育った。これが彼女の圧倒的な自己肯定感の源でもあった。



 ルナはすくすく育っていったのだが、それとは対照的に父親のジョエルは痩せ衰えていった。その頃のルナの記憶にあるのは、病床に伏しながらも優しい笑顔を向けてくれる父親と、娘の前であってもジョエルにまとわりつき、淫らに振る舞う母親の姿だった。



 母のパメラは特に働いている様子も無かったが、夜になると毎日どこかへ出て行き、朝になると大金を抱えて帰ってきた。この頃のルナには彼女がどこに行っているのか分からなかったが、勿論今は何をしていたかおおよそ見当が付く。

 後に、それに気づいたときのルナの母親に向ける感情は、嫌悪感を通り越して憎悪に近かった。



 しかしパメラが大金を稼いで来たおかげでジョエルの治療費を払うことが出来、また、メイドを雇い入れ、身の回りの世話を全て任せられたのでルナは魔法の習得に時間を割くことが出来たのも事実だった。



 ルナが七歳の時、父親のジョエルが死んだ。彼はルナの頬を撫で「お前だけは幸せになってくれ」と言い残して安らかに眠った。

 ルナや、メイド達が悲しみに暮れるその日の夜もパメラは夜な夜などこかへ出かけて行った。



 どうせすぐに帰ってくるだろうとルナは気にしていなかった。ところが翌日になってもパメラは帰らず、結局二度と戻ってこなかった。まるで「男のいないこの家にはもう居る意味が無い」とでも言いたいかのようだった。

 これからは母と二人で助け合いながら暮らして行こうとルナが思っていた矢先も矢先の出来事であり、もう呆れ果てて、母親が居なくなったという悲しみさえ感じなかった。しかしパメラはルナが一生かかっても使い切れないほどの資産を残して出て行ったため、皮肉にもルナは父親を殺した女のお陰でその後の生活に困ることは無かったのである。



 十二歳になったルナは、自分の治癒魔法を磨くために村を離れ、近くの魔法学園に通うことになった。彼女は父親のように苦しんでいる人を助ける魔法使いになるのだという大志を抱いていた。



 しかし、ここでルナにとって予想外のことが起こった。人並外れた彼女の容姿に惹かれ、数多の男達から求愛を受けたのだ。それは同級生だけに留まらず、先輩や教師、または学校見学に来た貴族まで実に様々だった。



 ルナは確固たる意志を持って魔法の腕を磨きにきたのであり、恋愛にうつつを抜かすつもりなど一ミリもなかった。だが告白してくる男など邪魔でしかないはずなのに、彼女の心はときめいていた。まるで視界が華やいだかのようにワクワクする。何より感じるのは突き上げてくる身体の「疼き」と「火照り」であり、自分では止めることが出来なかった。



 その時のルナは、自分の身体に起こっている感情や感覚が何によるものなのか分からなかった。いや、認めたくなかったのだ。

 何故ならそれは自分が嫌悪している、身勝手で淫乱な母親の姿そのものであり、自分が母親の血を引いている証左に他ならなかったからだ。





 最初は自分が嫌で、自己嫌悪に陥っていたのだが、ふとした瞬間、「自分はこんなに美しいのだから言い寄られるのは仕方がない。仕方ないから付き合ってあげよう」と考え方が変わった。



 そうして何人かの男達と付き合ってみたのだが、ここでもルナにとって予想外のことが頻発した。

 彼女と付き合う男達は必ず、付き合い始めて一週間のうちに何らかの悲劇に見舞われる。それも常軌を逸した悲劇に必ず遭うのだ。

 ある者は一週間のうちに二回雷に打たれ、ある者はタンスの角に小指をぶつけて全身を複雑骨折し、ある者は大量のヤギに襲われ、主に尻を舐められて全身を複雑骨折した。



 また、彼らほどでなくとも、ルナの周りにいる生徒達は不運に見舞われる回数が明らかに多く、次第に誰も彼女に話しかけなくなっていった。ルナが「自分は呪われた存在である」と

 はっきり自覚するようになったのはこの時であった。



 避けられるだけでなく、一度孤立したルナに待っていたのは徹底的な無視や脅迫、そして学園主導での露骨な追い出しであった。これにより彼女は学校を辞めざるを得なくなった。

 この頃から「お前はこの世に必要のない人間だ」「死んだ方が世のため」と言われ、排斥された経験と、両親から「お前は世界一美しい」と言われ続けて培った圧倒的な自己が入り混じり、非常に複雑な彼女の人格が形作られ始めた。

 そのためクラウスにとって、ルナは卑屈なのに自信に満ち溢れた立ち振る舞いをしているように映ったのだった。
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