孤児で転生した私は侯爵家に拾われるが優しさを裏切り続けて傾国の魔法令嬢への道をいざ歩まん

照木たつみ

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4話 獅子の娘

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 結局アズガンは、自分の領内に入ってからもう一度兵装に戻って馬上の人となり、勇壮龍騎兵の騎馬兵団を組み直すと軍楽隊を先頭に立てながら、途中のすべての町の通りを凱旋行軍して、ドレイブル城に向かって行かなければならなかった。

 彼らは一糸乱れぬ錬度の高さを見せつけるように威風堂々と行進を続けて、町の人達はアクシュガルの英雄の帰還に通りを総出で並んで出迎えると、お祭り騒ぎで熱狂した。

 そしてドレイブル城では六歳の女の子が、一人激しく身もだえをしていたのである。


「軍楽隊!? 見るう―――ー!!」
「城外に出るなど絶対許されませぬ」

「エルザ様! ちゃんとお城にまで軍楽隊も行進して参りますから」

 ドレイブル城衛士兵の何人かが、がっちりとサークルを作り、その中心で衛士兵隊長シングスとエルザが対峙すると睨み合った。
「ベルネット様かシオレーネ様を!」
 まだ若い衛士兵が、頼みの二人に来てもらえるように呼ばわったが、シングスは身揺るぎもせずに、肩をいからせている小さな相手に屈しようとはしなかった。

「どうしても通さないと言うのね。シングス」
「エルザ様。私を倒してから、その屍を踏み越えて行かれるがいい!」
「良い覚悟よ。今までありがとう。シングス」

 決死の言葉に、六歳の女の子に躊躇なく冷たい返事をされて、この仕事、勤続三十年のシングスのキャリアはあっさりと終わろうとした。

「ぐふうっ。もはやこれまで…… 。ドレイブル城衛士兵隊、第五代総隊長シングス。侮るなあ!」

「シングス隊長! はやまらないでください! ベルネット様が間に合います!」
「何を騒いでいるのですか?」

 凛とした声が響き、とたんに荒ぶっていたエルザが豹変した。シングス以下、近衛兵達は直立した後に踵から回り、一斉に声の主に向かって敬礼をして体の正面を向けた。

「お母様。シングスが私に意地悪くするのよ」

 現れたのはドレイブル侯爵夫人、ベルネットだった。
 シングスに放っていた闘気を消して幼児に返ったエルザが、すかさず嘘を言いつけようとしたが、母はそれに小さく息を漏らした。自分に敬礼しているシングス達に目配せすると、構わないからと引き下がらせた。

「見ていましたよ。エルザ」
「どこから?」
「ほぼ一部始終…… 。わがままを言ってシングス達を困らせてはいけません」
「だあって、お父様の行軍を町で見たかったの……」

「気持ちは分かりますが、もう直に帰って来られます。もうちょっとの辛抱です」

 そうたしなめて、ベルネットは我が娘の今日身につけている青色のドレスを見直した。

 ふむ。自分が悩んで選んだ物だが似合っている。髪型も黒い長い髪を結いあげて、お団子にまとめさせると、白く透き通った肌の首筋が露わになり、小さくて可愛いエルザの顔が青いドレスに惹きたって見えた。

 この後にエルザには大役が待っているのだ。

 入城してくるアズガン達を城の正面の大テラスで、上からベルネットと来賓の王族の親戚達と共に正装した姿で待ち受ける。

 凱旋パーティーの前にまず遠目で、庭園の広場の大勢の人の前にエルザは公に初めて姿を現すが、それは同時に久方ぶりに戦線から城に帰って来た父のドレイブル侯爵を、六歳になったばかりの愛娘が手を振って迎えるという演出である。

 ベルネットを初めにしてドレイブル家のこれは、本気のエルザのお披露目のプロデュースだった。

 エルザはドレイブル侯爵のアズガンとは血の繋がった父娘ではなく、しかも生まれの素性も分からぬ、町の路地へ捨てられていた赤ん坊である。それはもう今さら隠す事も出来ないほどに、他の貴族や世間にも広く知れ渡っている。

 その事を裏や陰で悪く言い回る少なくない者達に、これまでベルネットもアズガンも一言の反撃も、あえてして来なかった。

「言いたいヤツには好きにさせておきなさい。心無い連中の口にワシ達が戸を打ちつけられはせんのだよ」
「ベルネット。私達はこの子をお前と同じように愛するわ」

 ベルネットがエルザを連れて実家に帰った時に、唯一こぼした恨み節を、彼女の父親と母親はそう言って慰めてくれた。


「エルザは私達全員の娘です。ドレイブルの獅子の正統なる子供なのです」

 ベルネットは前日に城の主だった者はもちろん、エルザに影日向に関わっている者、城で働く者達すべてを集めるとそう宣言してから、その後に一人一人の手を握ってエルザの事をお願いして回り、夫アズガン帰還のこの日を迎えていた。

 その母心を、幼いエルザは無邪気にまだ知る由も無い。エルザは今日のとびきりの素敵な自分のドレスを、ただとにかく喜んで着ていて、父のアズガンに会えるのもだが、自分のお誕生パーティーも楽しみにしていた。

 エルザの屈託の無い自分を見る笑顔に、ここまで一人で、いくつもの大きな難仕事を組み上げて城の行事を慎重に進めて来たベルネットの胸に、一瞬安らぎの光が差したが、すぐに、静かに側に寄って来ていた侍従長の耳打ちに、顔色がサッと変わった。

 彼女の耳に入ったのは、今までの周到な用意と準備で、本番を待つばかりにまで漕ぎつけていたベルネットの夫と娘の晴れの大舞台を、もしかしてすべて台無しにしかねない想定外の情報だった。

「他の王族ではなく、王家の者が直接来られているですって……」
「はい。それも」

 ドレイブル家のあるアクシュガル西方諸侯連合王国。
 アクシュガルは王制国家だが、アクシュガルの領土内の貴族諸侯の連合からなる連邦国でもある。
 王は国の頂点にいても、王家に忠誠を誓う大小の幾多の諸侯によって支えられている。

 当然、王家寄りの貴族と反王家の貴族も諸侯の中にはいた。

 ドレイブル家は圧倒的な軍事力で、王家の代々の王より強い引き立てを受けている親王家派の中心だが、それは常に諸刃の剣でもあった。
 強過ぎても飼えないライオンは潰される。

 五年前に先王に代わって即位した現王は、ほぼ同時に開戦していた東の国々との戦争で、アズガンが率いるドレイブル軍の特に群を抜いた戦功に、むしろ強い警戒感を示していると、ドレイブル家の巡らせている諜報の筋から複数の同じ報告が送られていた。

 長々と城を開けさせて、遠い最前線にアズガンの精鋭騎馬兵団を出征させながら、ここ最近いくらアズガンが武勲を上げようが、現王は労いの言葉一つドレイブル家に掛けた事が無い。

 そして停戦合意から、いきなりの帰還命令。確かにこれは休養を与える、ごく当たり前の事のように受け止められているが、これもアズガン達がアクシュガルに帰って来ると言うのに、王家からは何のリアクションも今だに無かった。

 形式的な労いの書簡やらは届いたが、大臣でもない、末端のドレイブル駐在の官僚の小役人が持参して来ていた。

 今回のアズガン帰還の大々的な凱旋セレモニーや、エルザの初めての公の場でのお披露目に関しても、丁重に招待をしたのにも関わらず誰一人王家の者は出席して来なかったのである。

 それでも現王の名代として、先王の弟、現王の叔父に当たるクルーガ北領王や、昔からの付き合いのある王族の人達がやって来てくれて、一応の面目は保てていたのだが。いきなりよりによって…… 。

 王子の一人バーゼルが急遽帰還セレモニーに公式に出席して来るだと。予想出来ない事にベルネットはうろたえかかった。

「クルーガ様よりのお知らせですが、クルーガ様自身も寝耳に水だったご様子で」

「思い立ってすぐに来れる距離でもないわ。たまたま近くに立ち寄るご用事でもあったのかしら」
「いいえ。そんな話は。お忍びで何かご遊学の途中なのか」

「けれどバーゼル様は、確かまだ十三歳ほどの子供のはず」

 ベルネットと侍従長のトマソンが話していると、クルーガがソフィアに伴われてやって来た。後ろに離れてシオレーネもついて来ている。

「やあ。ベルネット。バーゼルに会ったか? ヤツはどこに行った?」

「クルーガ様。まだお会いしていませんわ。まさか! もうこの城においでに?」
「俺は会ったぞ。挨拶して来て、ちょっと目を離したら行方をくらましやがった。アイツめ。たぶん何食わぬ顔で、どっか人の中に紛れ込んでるんだ」

「……失礼ですが…… 。そう言うお方なのですか?」
「ああ。す、すまんな。もうアズガンが城に着くと言うのに、あのバカちんは私が探す。君らでは顔が分かるかな」

「十三の子供なら、そう多くもない。うーん。しかし今日は、勇壮少年兵らもセレモニーのために城内に入っているのか」

 ベルネットはさらに慌ててしまい、城の警備と要人の護衛担当の責任者のシングスも、エルザの脱出騒ぎの後のアクシュガル王子の忍び込みに、小声でブツブツと言いながら目を白黒とさせていた。

「……シオレーネ?」
「久しぶりね。エルザ 

 シオレーネは、大人の急なドタバタぶりに、ポカンとなっているエルザの側に来ると手を握ってやっていた。
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