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導入
10.レナード様って失礼な方!(1)
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レナードはエラに手を差し出していた。が、
「どうされました?」
「……あなたとは踊る気になれません。」
エラはプイっとそっぽを向いた。
(話がつまらないだの、ダンスが酷いだの、…本当の事かもしれないけど、直接言う事ないじゃない!しかもヘラヘラと笑いながら!)
気弱なエラにだって、言われて癇に障る事はある。それに、面と向かって侮辱されてもなお相手に媚びへつらうのは、ホール家の娘としてのプライドが許さない。
「男女二人でペアになっているのに踊らずにいるのは不自然ですよ。」
「それなら、ペアを解消すればいいだけの話です。レナード様だって、ご学友の元に帰って話に花を咲かせていた方がとても有意義な時間になりますわ!」
「もう、パーティーも終盤ですから、俺の友人も他の貴族達も皆相手を見つけて踊っているはずです。お互いにこの曲が終わるまでぼうっと立っている事になりますよ?」
「結構です。」
エラがさっさと去ろうとする。
「まあまあ、そう言わずに。」
レナードは慣れた手つきでエラの腕を軽く掴んで引き戻し、重心を動かしてダンスの体勢に戻してしまった。
(……なんて強引なの……!?)
レナードは最初にあった時と同じ爽やかな笑顔でいるが、すっかり印象が違って見えた。この男は猫かぶっているだけで、本当は自分勝手で失礼だ。優秀な分、たちが悪い。さっきまで感心していた自分が馬鹿らしくなった。
弦の音色が軽やかに三拍子のリズムを刻む。
周りの貴族の目がある。これ以上騒いでもみっともないだけだ。
仕方なしにエラは前へ後ろへ体を動かし始める。
「ダンスなんてうまくなくて良いんです。今この場の主役は音楽です。踊り手はただの装飾音符にすぎない。」
レナードはうっとりと目を閉じて曲を聴く。
この曲_『愛の歌声』は、同じ楽器で、同じ演奏者が弾いているはずなのに今までの曲とはどこか雰囲気が変わっているようにエラは感じた。
「……何故私が音楽が好きだと思ったのですか?」
「なんとなくです。あたってましたか?男の勘も馬鹿にできませんね。」
「……。」
レナードはハハッと笑った。
「他のワルツの曲は三拍子の一音目が強調されているのに対して、この曲は前2音が強調されています。奏者によっては明らかに2音目と3音目の間をあけている所もあるんですよ。この曲は少し踊りにコツがいるんです。俺の動きを真似してみてください。」
エラはまだ機嫌が直っていなかったが、言われた通りにレナードの動きを真似した。
「うまいうまい。」
レナードは満足気だった。
「……ずっと不思議に思っていましたわ。この曲は他とはどこか雰囲気が違うなって。何故、作者はこんな、_変な三拍子で曲を作ったのでしょうか?」
エラはなんとなくぽつりと呟いた。
「変、ねえ。実をいうと、北の国リードではむしろこっちの方が一般的なんですよ。」
「……え!」
割と独り言のつもりで呟いたのだが、レナードが答えてくれた。
「およそ200年前にこの曲、『愛の歌声』は作曲されたと言われています。作ったのは当時リードから来ていたベン・ケンプです。」
「ちょ、ちょっと待ってください、それって……」
「ええ。ベン・ケンプはあなたと同じイシ族ですよ。」
エラに衝撃が走る。
エラ達イシ族は世界的にも数が少ない存在だが、そのルーツはリードにあったとされている。そのリードにさえ、今では同胞が少ない。
___エラの一番好きな曲を作ったのはエラと同じイシ族だったのだ。
ここ数年で最も衝撃的だった。
同種族に会う事がほぼないエラは、そのせいで、幼い頃からずっと寂しさや孤立感を感じていた。それが、エラの後ろ向きな性格に拍車をかけていた。
「200年前リードでは7つの民族に別れて内戦状態となっていました。混乱の最中故郷を追われてロウサに移ったベン・ケンプは二度とリードの地に足を踏み入れる日は来ませんでした。この曲_『愛の歌声』は彼の晩年、最後に作曲されたものです。」
「……。」
なんとなく、エラにはベン・ケンプの寂しさがわかる気がした。
「『愛の歌声』はきっと故郷の愛する人を想って作った曲なんだわ!」
エラは思わず声を張り上げた。レナードはにこりと微笑んで頷いた。
「俺もそう思います。彼がどのような思いでこの曲を作ったのか、明確に記された書簡などは発見されていません。ですが、今まで彼が手がけた曲とは違い、この曲は明らかにリードを意識しています。そして、楽譜の裏には『最愛のあなたへ。』と書かれています。『あなた』が恋人なのか、家族なのか、友人なのか、はたまたリードそのものを指しているのかはわかりませんがね。」
レナードの話を聴いて、エラはますますこの曲が愛おしく感じた。
エラはすっかりレナードへの怒りを忘れてしまっていた。もっとこの曲について知りたいと感じた。
「レナード様は音楽史にも精通しているのですね。マクファーレン校ではそんな事も習うのですか?」
「いえ、スクールではなく、自分で勉強したんですよ。求められれば、この曲でも他でもなんでも語り尽くしますよ。好きな事はとことん調べ尽くして研究するのが性分なんで。もしエラ様が興味あれば、今度一緒に勉強しませんか?」
レナードの自由さにエラは驚く。
あの優秀なマクファーレン校に通いながら、自分の趣味にも没頭しているのだ。エラだったら、授業についていくだけで精一杯だろう。というか、今の学校でさえついていくのがやっとだ。
エラはまた、レナードに対するムカムカが蘇ってきた。
今まで努力して色々な物に追い立てられるだけだった自分の人生を嘲笑われているような気分だった。同時にレナードの自由さが妬ましくも感じた。
「……レナード様はとても優秀な方だからそんな風に自由に振る舞えるんですわ。」
「え?」
「だって、私だったら、マクファーレン校なんて優秀な学校にいたら、毎日周りに置いてかれないように授業の勉強ばかりすると思います。自分の趣味を追究する余裕なんて、今の私にさえないもの。」
「ふむ。確かに、成績が悪いと言ったら嘘になりますね。でも、エラ様だって殿下からとても優秀だと聞きましたよ。」
「誇張ですわ。本当は必死に毎日勉強して、全体の中程度ですのよ。とてもではありませんが、他事にまで手が回りません。」
「……俺が言うのもなんですが、スクールなんて最低限卒業できれば良いと思いますよ。それよりも、若い内にいろんな事に興味をもって好きだと思える事に触れてみた方がよほど良い経験になると思います。」
「勝手な事を言わないで!」
エラは思わず怒鳴った。
「どうされました?」
「……あなたとは踊る気になれません。」
エラはプイっとそっぽを向いた。
(話がつまらないだの、ダンスが酷いだの、…本当の事かもしれないけど、直接言う事ないじゃない!しかもヘラヘラと笑いながら!)
気弱なエラにだって、言われて癇に障る事はある。それに、面と向かって侮辱されてもなお相手に媚びへつらうのは、ホール家の娘としてのプライドが許さない。
「男女二人でペアになっているのに踊らずにいるのは不自然ですよ。」
「それなら、ペアを解消すればいいだけの話です。レナード様だって、ご学友の元に帰って話に花を咲かせていた方がとても有意義な時間になりますわ!」
「もう、パーティーも終盤ですから、俺の友人も他の貴族達も皆相手を見つけて踊っているはずです。お互いにこの曲が終わるまでぼうっと立っている事になりますよ?」
「結構です。」
エラがさっさと去ろうとする。
「まあまあ、そう言わずに。」
レナードは慣れた手つきでエラの腕を軽く掴んで引き戻し、重心を動かしてダンスの体勢に戻してしまった。
(……なんて強引なの……!?)
レナードは最初にあった時と同じ爽やかな笑顔でいるが、すっかり印象が違って見えた。この男は猫かぶっているだけで、本当は自分勝手で失礼だ。優秀な分、たちが悪い。さっきまで感心していた自分が馬鹿らしくなった。
弦の音色が軽やかに三拍子のリズムを刻む。
周りの貴族の目がある。これ以上騒いでもみっともないだけだ。
仕方なしにエラは前へ後ろへ体を動かし始める。
「ダンスなんてうまくなくて良いんです。今この場の主役は音楽です。踊り手はただの装飾音符にすぎない。」
レナードはうっとりと目を閉じて曲を聴く。
この曲_『愛の歌声』は、同じ楽器で、同じ演奏者が弾いているはずなのに今までの曲とはどこか雰囲気が変わっているようにエラは感じた。
「……何故私が音楽が好きだと思ったのですか?」
「なんとなくです。あたってましたか?男の勘も馬鹿にできませんね。」
「……。」
レナードはハハッと笑った。
「他のワルツの曲は三拍子の一音目が強調されているのに対して、この曲は前2音が強調されています。奏者によっては明らかに2音目と3音目の間をあけている所もあるんですよ。この曲は少し踊りにコツがいるんです。俺の動きを真似してみてください。」
エラはまだ機嫌が直っていなかったが、言われた通りにレナードの動きを真似した。
「うまいうまい。」
レナードは満足気だった。
「……ずっと不思議に思っていましたわ。この曲は他とはどこか雰囲気が違うなって。何故、作者はこんな、_変な三拍子で曲を作ったのでしょうか?」
エラはなんとなくぽつりと呟いた。
「変、ねえ。実をいうと、北の国リードではむしろこっちの方が一般的なんですよ。」
「……え!」
割と独り言のつもりで呟いたのだが、レナードが答えてくれた。
「およそ200年前にこの曲、『愛の歌声』は作曲されたと言われています。作ったのは当時リードから来ていたベン・ケンプです。」
「ちょ、ちょっと待ってください、それって……」
「ええ。ベン・ケンプはあなたと同じイシ族ですよ。」
エラに衝撃が走る。
エラ達イシ族は世界的にも数が少ない存在だが、そのルーツはリードにあったとされている。そのリードにさえ、今では同胞が少ない。
___エラの一番好きな曲を作ったのはエラと同じイシ族だったのだ。
ここ数年で最も衝撃的だった。
同種族に会う事がほぼないエラは、そのせいで、幼い頃からずっと寂しさや孤立感を感じていた。それが、エラの後ろ向きな性格に拍車をかけていた。
「200年前リードでは7つの民族に別れて内戦状態となっていました。混乱の最中故郷を追われてロウサに移ったベン・ケンプは二度とリードの地に足を踏み入れる日は来ませんでした。この曲_『愛の歌声』は彼の晩年、最後に作曲されたものです。」
「……。」
なんとなく、エラにはベン・ケンプの寂しさがわかる気がした。
「『愛の歌声』はきっと故郷の愛する人を想って作った曲なんだわ!」
エラは思わず声を張り上げた。レナードはにこりと微笑んで頷いた。
「俺もそう思います。彼がどのような思いでこの曲を作ったのか、明確に記された書簡などは発見されていません。ですが、今まで彼が手がけた曲とは違い、この曲は明らかにリードを意識しています。そして、楽譜の裏には『最愛のあなたへ。』と書かれています。『あなた』が恋人なのか、家族なのか、友人なのか、はたまたリードそのものを指しているのかはわかりませんがね。」
レナードの話を聴いて、エラはますますこの曲が愛おしく感じた。
エラはすっかりレナードへの怒りを忘れてしまっていた。もっとこの曲について知りたいと感じた。
「レナード様は音楽史にも精通しているのですね。マクファーレン校ではそんな事も習うのですか?」
「いえ、スクールではなく、自分で勉強したんですよ。求められれば、この曲でも他でもなんでも語り尽くしますよ。好きな事はとことん調べ尽くして研究するのが性分なんで。もしエラ様が興味あれば、今度一緒に勉強しませんか?」
レナードの自由さにエラは驚く。
あの優秀なマクファーレン校に通いながら、自分の趣味にも没頭しているのだ。エラだったら、授業についていくだけで精一杯だろう。というか、今の学校でさえついていくのがやっとだ。
エラはまた、レナードに対するムカムカが蘇ってきた。
今まで努力して色々な物に追い立てられるだけだった自分の人生を嘲笑われているような気分だった。同時にレナードの自由さが妬ましくも感じた。
「……レナード様はとても優秀な方だからそんな風に自由に振る舞えるんですわ。」
「え?」
「だって、私だったら、マクファーレン校なんて優秀な学校にいたら、毎日周りに置いてかれないように授業の勉強ばかりすると思います。自分の趣味を追究する余裕なんて、今の私にさえないもの。」
「ふむ。確かに、成績が悪いと言ったら嘘になりますね。でも、エラ様だって殿下からとても優秀だと聞きましたよ。」
「誇張ですわ。本当は必死に毎日勉強して、全体の中程度ですのよ。とてもではありませんが、他事にまで手が回りません。」
「……俺が言うのもなんですが、スクールなんて最低限卒業できれば良いと思いますよ。それよりも、若い内にいろんな事に興味をもって好きだと思える事に触れてみた方がよほど良い経験になると思います。」
「勝手な事を言わないで!」
エラは思わず怒鳴った。
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