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導入
14.導入の終わり(1)
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「レ、レナード様……?」
女王の手には魔法の杖が握られていた。床に転がるレナードの首からドクドクと赤黒い血が流れていた。
_レナードは女王の魔法で首を掻っ切られたのだ!
レナードはピクリとも動かない。大貴族の子息が倒れているというのに、その場にいる誰もが動こうとしなかった。皆、目の前の惨状が理解できずに凍りついている。
だが、レナードに駆け寄るまでもなく、彼の首からもう手遅れな程の血が溢れ出ている事が分かった。
女王は今度は杖をエラに向けた。エラは咄嗟に逃げようとした。
「衛兵!」
女王は警備していた兵士たちに怒鳴った。兵士達は慌てて、エラを取り押さえた。周りの貴族達は信じられない物を見たという表情で固まっている。
「レナードを最初から誘惑する気だったのね。だから、下級貴族でありながら場違いのパーティーに来たんだわ!」
エラは自分の体内にある、ありとあらゆる全ての物を吐き出しそうになった。呼吸が乱れて身体中に酸素が行き届かず、頭がおかしくなりそうだ!
レナードの事を嘆いている余裕は今のエラにはなかった。自分自身の生命がおびやかされる恐怖だけがエラを支配していた。
「そ、そんな……。私がレナード様とお会いしたのは偶然です..….!ひ、姫様が!!偶然私とレナード様を引き合わせただけで……」
「……姫が……?」
この時、ようやく初めて女王はエラの言葉をまともに聞いた。
怒りで我を忘れていた女王は初めて『恥』という感情が表情に表れた。そもそもレナードと女王は公の関係ではないのだ。レナードを他の女にとられて怒り狂っていたが、それは醜態以外の何ものでもなかった。
更にそれが元を辿れば自分の娘が引き合わせた事が原因とあっては恥晒しもいいところだ。
女王は正気を取り戻したかのようにゆっくりと周りを見た。
貴族たちは皆奇異な物を見つめるような目だった。珍しい大型動物でも見物しているようだ。
女王は貴族たちの中からやっと自分の娘を見つけた。姫はこれ以上にないくらい顔を真っ青にした。
「そんなの嘘よね?」
「……!」
「仕方なく……そうよ、脅されて仕方なくあの女に紹介したのよね?」
「あ……あの……」
姫は今にも倒れてしまうんじゃないかという程、弱々しく震えていた。長年親しくしてきた友人が目の前で倒れているのだ。しかも、このままではもう一人の大切な友人も失ってしまうかもしれない。
もちろん、姫は本当の事を話そうとした。自分がレナードと仲がよかったから、偶然彼をエラに紹介しただけで、エラはそれまでレナードの事を知らなかった。
そもそも姫は女王の『お気に入り』の存在を知らなかった。姫は近親者なのでレナードとは何度も遊んだり、お茶したりしてきた。だが、女王とレナードが直接話しているのを見た事がなかった。やっと、今の話を聞いていて、女王とレナードが何か特別な関係にあるのだという事を察したのだ。
姫はうるむ目をしばたたかせ、そして、口を開いた。
しかし、姫が何かを言おうとする前に女王は静かに言った。
「私に、恥をかかせないで。」
この瞬間、姫の中に迷いが生じた。
_姫が本当の事を言ったら、女王はどうなるのだろうか。自分の物でもない男が他の女と仲良くなって怒り散らした挙句、大貴族の子息を手にかけたのだ。的外れな言いがかりをつけて。
そんな話が広まったら今度こそ女王は周りの貴族から白い目で見られる事になるだろう。
その時、姫の目の前の世界が変化した。
女王が手のつけられない獣から一人の小さな子供に変わったのだ。むしろ、恐ろしい獣は周りの貴族達だった。
女王が_自分の母親が、獣に囲まれて子供のように寂しく震えている。自分のせいで、あるいは今から言う自分の返答のせいで、獣達は母の弱い部分に噛みついて母を苦しませ次第には全てを飲み込んでしまう。そんなふうに感じたのだ。
姫は震える声で言った。
「……は……はい……そうです、お母様……。」
「……!!!」
「なんてかわいそうな私の子!この女は恐れ多くも私の娘に友人を引き合わせるように強要した挙句、その責任を姫に押し付けようとした!!」
その途端、一気に場の形成が逆転した。
この場の『悪者』が、言いがかりをつけて怒鳴り散らす女王から、姫を脅して罪をなすりつけようとしたエラに変わったのだ。
貴族達の目の色が変わった。
「まあ、なんて傲慢な女なの!」
「この売女!」
「死んでしまえ!!」
皆ここぞとばかりに口々にエラの事を好き放題罵倒し始めた。
まず、元々下級貴族がこのパーティーに参加しているのが気に食わなかった者や、女王に気に入られたい貴族達が口汚くエラを罵った。
次第に、周りに同調して様子見したい者、『悪者』を排除して気分良くなりたい貴族らも加わり、その場の貴族達が一斉にエラを攻撃し始めた。
「……わ、私は……悪くないわ……。」
エラは罵声の中力なく呟く。
「この悪女を育てたホール家の連中もロウサからつまみ出してしまえ!!」
「…………叔父様達は何も悪くないわ……。」
大切な肉親の恐ろしい罵倒まで聞こえてきて、エラは思わず耳を塞いだ。力なくその場でへたり込んだ。
「衛兵!」
女王が再び叫ぶと、兵士達がエラの両腕を抱え込み無理やり立ち上がらせて抑える。さっきまで意気揚々と罵倒していた貴族達が一斉に口をつぐんだ。緊張感が一気に高まる。エラは身体中から滝のように汗が流れた。
「呪ってやる……!思いつく限り、最も恐ろしい呪いをかけてやる……!」
女王が「エラ・ド・ホール」と言い放つと、彼女の持っている杖がポウッと禍々しく紫色に光る。女王が何事か理解できない言葉を放った。
女王の手には魔法の杖が握られていた。床に転がるレナードの首からドクドクと赤黒い血が流れていた。
_レナードは女王の魔法で首を掻っ切られたのだ!
レナードはピクリとも動かない。大貴族の子息が倒れているというのに、その場にいる誰もが動こうとしなかった。皆、目の前の惨状が理解できずに凍りついている。
だが、レナードに駆け寄るまでもなく、彼の首からもう手遅れな程の血が溢れ出ている事が分かった。
女王は今度は杖をエラに向けた。エラは咄嗟に逃げようとした。
「衛兵!」
女王は警備していた兵士たちに怒鳴った。兵士達は慌てて、エラを取り押さえた。周りの貴族達は信じられない物を見たという表情で固まっている。
「レナードを最初から誘惑する気だったのね。だから、下級貴族でありながら場違いのパーティーに来たんだわ!」
エラは自分の体内にある、ありとあらゆる全ての物を吐き出しそうになった。呼吸が乱れて身体中に酸素が行き届かず、頭がおかしくなりそうだ!
レナードの事を嘆いている余裕は今のエラにはなかった。自分自身の生命がおびやかされる恐怖だけがエラを支配していた。
「そ、そんな……。私がレナード様とお会いしたのは偶然です..….!ひ、姫様が!!偶然私とレナード様を引き合わせただけで……」
「……姫が……?」
この時、ようやく初めて女王はエラの言葉をまともに聞いた。
怒りで我を忘れていた女王は初めて『恥』という感情が表情に表れた。そもそもレナードと女王は公の関係ではないのだ。レナードを他の女にとられて怒り狂っていたが、それは醜態以外の何ものでもなかった。
更にそれが元を辿れば自分の娘が引き合わせた事が原因とあっては恥晒しもいいところだ。
女王は正気を取り戻したかのようにゆっくりと周りを見た。
貴族たちは皆奇異な物を見つめるような目だった。珍しい大型動物でも見物しているようだ。
女王は貴族たちの中からやっと自分の娘を見つけた。姫はこれ以上にないくらい顔を真っ青にした。
「そんなの嘘よね?」
「……!」
「仕方なく……そうよ、脅されて仕方なくあの女に紹介したのよね?」
「あ……あの……」
姫は今にも倒れてしまうんじゃないかという程、弱々しく震えていた。長年親しくしてきた友人が目の前で倒れているのだ。しかも、このままではもう一人の大切な友人も失ってしまうかもしれない。
もちろん、姫は本当の事を話そうとした。自分がレナードと仲がよかったから、偶然彼をエラに紹介しただけで、エラはそれまでレナードの事を知らなかった。
そもそも姫は女王の『お気に入り』の存在を知らなかった。姫は近親者なのでレナードとは何度も遊んだり、お茶したりしてきた。だが、女王とレナードが直接話しているのを見た事がなかった。やっと、今の話を聞いていて、女王とレナードが何か特別な関係にあるのだという事を察したのだ。
姫はうるむ目をしばたたかせ、そして、口を開いた。
しかし、姫が何かを言おうとする前に女王は静かに言った。
「私に、恥をかかせないで。」
この瞬間、姫の中に迷いが生じた。
_姫が本当の事を言ったら、女王はどうなるのだろうか。自分の物でもない男が他の女と仲良くなって怒り散らした挙句、大貴族の子息を手にかけたのだ。的外れな言いがかりをつけて。
そんな話が広まったら今度こそ女王は周りの貴族から白い目で見られる事になるだろう。
その時、姫の目の前の世界が変化した。
女王が手のつけられない獣から一人の小さな子供に変わったのだ。むしろ、恐ろしい獣は周りの貴族達だった。
女王が_自分の母親が、獣に囲まれて子供のように寂しく震えている。自分のせいで、あるいは今から言う自分の返答のせいで、獣達は母の弱い部分に噛みついて母を苦しませ次第には全てを飲み込んでしまう。そんなふうに感じたのだ。
姫は震える声で言った。
「……は……はい……そうです、お母様……。」
「……!!!」
「なんてかわいそうな私の子!この女は恐れ多くも私の娘に友人を引き合わせるように強要した挙句、その責任を姫に押し付けようとした!!」
その途端、一気に場の形成が逆転した。
この場の『悪者』が、言いがかりをつけて怒鳴り散らす女王から、姫を脅して罪をなすりつけようとしたエラに変わったのだ。
貴族達の目の色が変わった。
「まあ、なんて傲慢な女なの!」
「この売女!」
「死んでしまえ!!」
皆ここぞとばかりに口々にエラの事を好き放題罵倒し始めた。
まず、元々下級貴族がこのパーティーに参加しているのが気に食わなかった者や、女王に気に入られたい貴族達が口汚くエラを罵った。
次第に、周りに同調して様子見したい者、『悪者』を排除して気分良くなりたい貴族らも加わり、その場の貴族達が一斉にエラを攻撃し始めた。
「……わ、私は……悪くないわ……。」
エラは罵声の中力なく呟く。
「この悪女を育てたホール家の連中もロウサからつまみ出してしまえ!!」
「…………叔父様達は何も悪くないわ……。」
大切な肉親の恐ろしい罵倒まで聞こえてきて、エラは思わず耳を塞いだ。力なくその場でへたり込んだ。
「衛兵!」
女王が再び叫ぶと、兵士達がエラの両腕を抱え込み無理やり立ち上がらせて抑える。さっきまで意気揚々と罵倒していた貴族達が一斉に口をつぐんだ。緊張感が一気に高まる。エラは身体中から滝のように汗が流れた。
「呪ってやる……!思いつく限り、最も恐ろしい呪いをかけてやる……!」
女王が「エラ・ド・ホール」と言い放つと、彼女の持っている杖がポウッと禍々しく紫色に光る。女王が何事か理解できない言葉を放った。
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