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前編
30.目が見えなくなってしまったエラ。これからどうするか?(2)
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「そんな重要な事……なんでもっと早くに言わなかったんだ!」
エラは誰かの怒鳴り声で目が覚めた。と言っても、視界は真っ暗なままだ。自分の目なのに開けたのかどうかがよくわからない。
「昨日は……本人も混乱していて、とてもそれどころじゃなかったんだよ!?」
昇り藤の声だ。彼女も切羽詰まった声で叫んでいる。だが、この部屋ではないようだ。声は廊下を響かせてエラの耳に届いていた。
エラはおそるおそる起き上がる。誰か周りにいないか見渡すが、視界は暗いままで見えない。だが、誰も声をかけてこないあたり、エラが今いる部屋には誰もいない事がわかる。エラはすぐに自分に新たな異変が起きていないか確認した。だが、それもわからない。エラは体を触ってひとまず見た目は顔の傷も含めて昨日と変わっていないことを確認すると、枕元を探った。思ったよりもすぐにカゴが見つかり、すぐにそれを頭にかぶせた。
女王によって、二つ目に奪われた物_それは視力だった。昨日の晩エラは視力を奪われたのだ。ぼやけて見えるでもなく、明暗がわかるでもない、全くの闇がエラを待ち受けていた。
エラは昨日混乱の中、気を失うようにして眠りについた。どうやら、昨日昇り藤は針鼠などの『白い教会』の重役にはエラの事を黙っていたらしい。
「だけど、これは……作戦に大きな支障が出るんだぞ。捕虜には城内に忍び込んだ際に道案内させる予定だったのに……!」
そうだそうだ、と男達がガヤガヤする声が聞こえてくる。どうやら、向こうの部屋ではエラが目が見えなくなった事で『白い教会』が黒目や昇り藤を責めているようだった。
エラはゆっくりと立ち上がり、記憶を頼りに昇り藤達の声のする方へ歩いて行った。
「呪いのせいでそれが叶わなくなる可能性は考慮していた。昨日の内に地図を補完させたのは不幸中の幸いだったな。」
これは針鼠の声だ。周りが動揺している中で相変わらず平然としていた。今のエラにはその態度が何よりも気に食わなかった。
「__だが、もうこれで女イシは不要になった訳だ。役に立たない捕虜をいつまでも生かしておく道理はない。」
エラは冷水に打たれたような恐怖を感じた。針鼠はエラを殺す気だ!
「ま、待ってくれ!あいつは私と同じイシ族だ!きっと魔法使いとして役に立つ!」
「昨日のお前の報告では魔法の才能がないと聞いたぞ。」
「それはまだわからない。あいつは今まで自分が魔法を使える事も知らなかったそうだ!これから仕込めばそれなりに使える人材になるかもしれない!」
「__あなた達は自分達の利益の事しか頭にないのね。」
エラは『白い教会』が屯している部屋に辿り着くと一言言い放った。その場にいた誰もが振り返った。
エラははらわたが煮え繰り返りそうだった。
「人が突然視力を奪われて苦しんでいるのに、自分達の心配ばっか!本当に冷たい人達だわ!」
「おい、__なんか、お前勘違いしてねえか?」
「え?」
口を挟んだのは針鼠だ。
針鼠は底の見えない碧眼をギラギラに光らせてエラを睨みつけた。
「ここではお前は貴族でもなければ客人でもねえ。_捕虜だ。使えねえ捕虜は生かす価値がない。」
「……なっ……『白い教会』は正義のギルドじゃないの? 国民を守るための革命軍では? 笑わせないで!! 自分たちの事しか考えないで、自分たちに不都合になったら弱い者を殺すような人間が正義なんか語らないでよ!!」
「自分の事しか考えられなくて何が悪い?」
「……え?」
「自分のために生きていて何が悪いかって聞いてるんだよ。」
「そんなの……ダメに決まってるでしょ。人は人のために生きるものよ。自分のために生きるなんて身勝手すぎるわ。ましてや、他人を犠牲にして自分が生きるなんて自己中心も良い所だわ!」
「なら、お前は今ここで死ねよ。人生が人のためにあるんだっていうんなら、目の見えないお前はこの先どれだけ他人に迷惑をかける事になると思う? 呪いが進行すればもっとだ。そうなる前にお前は他人のために素直に死を選ぶべきだ。」
「そ、それは……、私はホール家の一人娘なのよ?生きて家督を継がないと……。」
「呪いで不細工になって目が見えなくなったお前に誰が家督を譲りたがる? この先、だぁい好きな家族にずっとお世話してもらいながら面倒かけて生きていくのか?」
「呪いが解けば……、元に戻れるかもしれないじゃない。」
「呪いが解けなかったら? 家族にとってお前が邪魔な存在なら、お前は潔く死ぬのか? 家族のために死んでやるのか?」
「そ、そうよ勿論よ! 私は叔父様と叔母様のために死ぬわ! でも、今は、呪いが解ける可能性があるから……、それに叔父様達の無事を確かめるためにも死ぬわけにはいかないの!! 万が一、叔父様達が窮地に立たされていたら、助けなければいけないの!!」
「そのために、『白い教会』に協力すると? 自分の家族を救うためにこれからお前は何百、何千の人間の命を奪う覚悟があるのか? 革命をするっていうのはそういう事だ。それはお前のいう『他人のために生きる人生』なのか?」
「それは……。女王様の政治で人々が苦しんでるから……。」
「お前が『白い教会』に加担する理由と関係ないだろ。こうなるまでは気にもとめなかった癖に自分に都合のいいような理由を作んなよ。」
「……。」
「もしお前に今守りたい家族がいなかったら、お前はここで死ぬか?」
「……。」
エラは何も答えられなくなった。
周りはエラと針鼠の会話に固唾をのんでいる者もいればヘラヘラと笑っている者もいた。だが、誰も口を出す様子はなかった。
「_お前は呪いが解けなかろうが、誰の迷惑になろうが、自分じゃ死ねないさ。お前は自分が可愛くて可愛くてしょうがないんだよ。そんなんもわからずに、『人は人のために生きるものだ』なんて大層な事いってんじゃねーよ。
エラは思わず涙がこみあげてきた。針鼠は呆れたように息を吐いた。
「ああ、やだやだこれだから貴族様は。ちょっとの事ですぐぴいぴい泣きやがる。高貴なお貴族はそうやって弱々しく泣いてりゃ周りが寄ってたかって味方してくれるもんな。だが、今はお前に同情してくれる奴ぁいねえんだから泣きがいがなさそうだよなあ。」
針鼠はエラを、底知れぬ暗い碧眼で睨みつけた。人殺しの目だ。
「__甘ったれんなよ、豚耳族が。」
「___っ」
エラは絶句した。
__豚耳族。
耳の長いノドムからしたら、イシ族の耳が短いから、昔そのように侮蔑する事もあったらしい。だが、もう今は他の種族を侮蔑する事はなくなったし、ましてやエラは貴族だ。正面からあからさまな言葉で侮辱される事はなかった。エラにとってその言葉はエラだけでなくホール家一族を否定する物だ。あまりにも汚らわしくおぞましい言葉だった。
「ひひ……ヒヒィ……_」
針鼠が口角を吊り上げ、頭をおさえた。そして、あの『歩く月』の男達の前でしていたような奇妙な笑い声をあげた。
__イカれてる。
エラは咄嗟にそう感じた。
「なんだ?死にたくなったか?なんなら今ここで殺してやってもいいぜ。文字通り八つ裂きにしてそこらの川に捨ててやるよ。」
エラは誰かの怒鳴り声で目が覚めた。と言っても、視界は真っ暗なままだ。自分の目なのに開けたのかどうかがよくわからない。
「昨日は……本人も混乱していて、とてもそれどころじゃなかったんだよ!?」
昇り藤の声だ。彼女も切羽詰まった声で叫んでいる。だが、この部屋ではないようだ。声は廊下を響かせてエラの耳に届いていた。
エラはおそるおそる起き上がる。誰か周りにいないか見渡すが、視界は暗いままで見えない。だが、誰も声をかけてこないあたり、エラが今いる部屋には誰もいない事がわかる。エラはすぐに自分に新たな異変が起きていないか確認した。だが、それもわからない。エラは体を触ってひとまず見た目は顔の傷も含めて昨日と変わっていないことを確認すると、枕元を探った。思ったよりもすぐにカゴが見つかり、すぐにそれを頭にかぶせた。
女王によって、二つ目に奪われた物_それは視力だった。昨日の晩エラは視力を奪われたのだ。ぼやけて見えるでもなく、明暗がわかるでもない、全くの闇がエラを待ち受けていた。
エラは昨日混乱の中、気を失うようにして眠りについた。どうやら、昨日昇り藤は針鼠などの『白い教会』の重役にはエラの事を黙っていたらしい。
「だけど、これは……作戦に大きな支障が出るんだぞ。捕虜には城内に忍び込んだ際に道案内させる予定だったのに……!」
そうだそうだ、と男達がガヤガヤする声が聞こえてくる。どうやら、向こうの部屋ではエラが目が見えなくなった事で『白い教会』が黒目や昇り藤を責めているようだった。
エラはゆっくりと立ち上がり、記憶を頼りに昇り藤達の声のする方へ歩いて行った。
「呪いのせいでそれが叶わなくなる可能性は考慮していた。昨日の内に地図を補完させたのは不幸中の幸いだったな。」
これは針鼠の声だ。周りが動揺している中で相変わらず平然としていた。今のエラにはその態度が何よりも気に食わなかった。
「__だが、もうこれで女イシは不要になった訳だ。役に立たない捕虜をいつまでも生かしておく道理はない。」
エラは冷水に打たれたような恐怖を感じた。針鼠はエラを殺す気だ!
「ま、待ってくれ!あいつは私と同じイシ族だ!きっと魔法使いとして役に立つ!」
「昨日のお前の報告では魔法の才能がないと聞いたぞ。」
「それはまだわからない。あいつは今まで自分が魔法を使える事も知らなかったそうだ!これから仕込めばそれなりに使える人材になるかもしれない!」
「__あなた達は自分達の利益の事しか頭にないのね。」
エラは『白い教会』が屯している部屋に辿り着くと一言言い放った。その場にいた誰もが振り返った。
エラははらわたが煮え繰り返りそうだった。
「人が突然視力を奪われて苦しんでいるのに、自分達の心配ばっか!本当に冷たい人達だわ!」
「おい、__なんか、お前勘違いしてねえか?」
「え?」
口を挟んだのは針鼠だ。
針鼠は底の見えない碧眼をギラギラに光らせてエラを睨みつけた。
「ここではお前は貴族でもなければ客人でもねえ。_捕虜だ。使えねえ捕虜は生かす価値がない。」
「……なっ……『白い教会』は正義のギルドじゃないの? 国民を守るための革命軍では? 笑わせないで!! 自分たちの事しか考えないで、自分たちに不都合になったら弱い者を殺すような人間が正義なんか語らないでよ!!」
「自分の事しか考えられなくて何が悪い?」
「……え?」
「自分のために生きていて何が悪いかって聞いてるんだよ。」
「そんなの……ダメに決まってるでしょ。人は人のために生きるものよ。自分のために生きるなんて身勝手すぎるわ。ましてや、他人を犠牲にして自分が生きるなんて自己中心も良い所だわ!」
「なら、お前は今ここで死ねよ。人生が人のためにあるんだっていうんなら、目の見えないお前はこの先どれだけ他人に迷惑をかける事になると思う? 呪いが進行すればもっとだ。そうなる前にお前は他人のために素直に死を選ぶべきだ。」
「そ、それは……、私はホール家の一人娘なのよ?生きて家督を継がないと……。」
「呪いで不細工になって目が見えなくなったお前に誰が家督を譲りたがる? この先、だぁい好きな家族にずっとお世話してもらいながら面倒かけて生きていくのか?」
「呪いが解けば……、元に戻れるかもしれないじゃない。」
「呪いが解けなかったら? 家族にとってお前が邪魔な存在なら、お前は潔く死ぬのか? 家族のために死んでやるのか?」
「そ、そうよ勿論よ! 私は叔父様と叔母様のために死ぬわ! でも、今は、呪いが解ける可能性があるから……、それに叔父様達の無事を確かめるためにも死ぬわけにはいかないの!! 万が一、叔父様達が窮地に立たされていたら、助けなければいけないの!!」
「そのために、『白い教会』に協力すると? 自分の家族を救うためにこれからお前は何百、何千の人間の命を奪う覚悟があるのか? 革命をするっていうのはそういう事だ。それはお前のいう『他人のために生きる人生』なのか?」
「それは……。女王様の政治で人々が苦しんでるから……。」
「お前が『白い教会』に加担する理由と関係ないだろ。こうなるまでは気にもとめなかった癖に自分に都合のいいような理由を作んなよ。」
「……。」
「もしお前に今守りたい家族がいなかったら、お前はここで死ぬか?」
「……。」
エラは何も答えられなくなった。
周りはエラと針鼠の会話に固唾をのんでいる者もいればヘラヘラと笑っている者もいた。だが、誰も口を出す様子はなかった。
「_お前は呪いが解けなかろうが、誰の迷惑になろうが、自分じゃ死ねないさ。お前は自分が可愛くて可愛くてしょうがないんだよ。そんなんもわからずに、『人は人のために生きるものだ』なんて大層な事いってんじゃねーよ。
エラは思わず涙がこみあげてきた。針鼠は呆れたように息を吐いた。
「ああ、やだやだこれだから貴族様は。ちょっとの事ですぐぴいぴい泣きやがる。高貴なお貴族はそうやって弱々しく泣いてりゃ周りが寄ってたかって味方してくれるもんな。だが、今はお前に同情してくれる奴ぁいねえんだから泣きがいがなさそうだよなあ。」
針鼠はエラを、底知れぬ暗い碧眼で睨みつけた。人殺しの目だ。
「__甘ったれんなよ、豚耳族が。」
「___っ」
エラは絶句した。
__豚耳族。
耳の長いノドムからしたら、イシ族の耳が短いから、昔そのように侮蔑する事もあったらしい。だが、もう今は他の種族を侮蔑する事はなくなったし、ましてやエラは貴族だ。正面からあからさまな言葉で侮辱される事はなかった。エラにとってその言葉はエラだけでなくホール家一族を否定する物だ。あまりにも汚らわしくおぞましい言葉だった。
「ひひ……ヒヒィ……_」
針鼠が口角を吊り上げ、頭をおさえた。そして、あの『歩く月』の男達の前でしていたような奇妙な笑い声をあげた。
__イカれてる。
エラは咄嗟にそう感じた。
「なんだ?死にたくなったか?なんなら今ここで殺してやってもいいぜ。文字通り八つ裂きにしてそこらの川に捨ててやるよ。」
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