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後編

72.誤ってステージの上に立ってしまったエラ。エラの醜い姿を見た人々の反応は……(2)

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「この曲……『愛の歌声』か?」

 観客がざわめく。観客の反応には目もくれず、ひたすらステージ上の醜い女は歌を歌い続ける。

「キレイ……。」

 誰かが、感嘆のため息をつく。
 醜い女の声はとても美しい声だった。ただ綺麗に歌っているだけではない。彼女の歌声には自然と聞く者の心を包み込む力があった。いつしか、立ち上がっていた観客は席につき、口を閉じ、誰もが彼女の歌声を聴き入っていた。

 『愛の歌声』の作曲者ベン・ケンプは故郷リードを追われたイシ族の男だった。故郷に残した大切な誰かを想い作曲したのが、この曲『愛の歌声』だった。その曲は今やこの国で有名な曲の一つとなり、いつしかチェロのソロパートのメロディーに歌詞がついた。エラはその歌詞一つ一つに大切な人への思いを乗せて、言葉を紡ぐ。叔父と叔母、レナード、チビ、昇り藤、黒目、兄ドラ、共に闘った『白い教会』の仲間達_そして、針鼠。感謝と愛おしさがエラの胸をいっぱいにした。

 やがて、『愛の歌声』を歌う声は徐々に小さくなっていく。エラの息が苦しくなる。片肺を失ったエラは最後まで『愛の歌声』を歌う事なく、力尽きてその場で崩れ落ちそうになる。

 観客が一斉に息をのんだ。そして__



「_______あの歌声の主はあなただったのですね、我が姫……!」

 誰かがステージに飛び出してきて、倒れそうになるエラの体を支える。
 金髪に碧眼の青年だった。ただし、彼はさっきまで王子様役を演じていた男ではない。

 エラの体を抱き止めたのは、針鼠だった。

「ずっと……ずっとあなたにお会いしたいと思っておりました。」

 針鼠はそう言ってエラを立たせた。
 エラはしばらく唖然とした。しかし、針鼠が、『なんとか言えよ』と睨みつけてくるのでやっと状況を理解できた。

 針鼠は劇を続けようとしているのだ。自分を王子役にし、エラが実は歌姫の主である事にしようとしている。

「あれ、王子様?なんだかちょっと雰囲気がちがうような…?」

「そう? 服装が違うだけじゃない?」

「でも、歌姫の歌声はとても素晴らしかったわ。」

「原作と違う展開??」

 観客は一瞬どよめく。だが、皆食い入るようにして舞台を見ている。

(……なッ!? アドリブで劇をしろって言うの!? ……いえ、やってやるわ。この劇をやり遂げないと、この城侵入作戦が__私の最後の復讐劇が幕を閉じられないもの!!)

 エラは意を決して演技を続ける事にした。

「とても見苦しい姿を見せてしまいましたね……。そうですわ。あなたがずっとお聴きになっていたのは私の声です。陰ながらあなたを拝見し、恋慕っておりましたわ。……ぇー……ある日、私は悪い魔女に変えられてしまったのです。」

 エラはなんとか、思いついた設定を考え考え言葉に出す。

「魔女はあなたの事を好いておりましたわ。私に嫉妬した魔女は『醜い姿になる呪い』をかけました。あなたが私に会えないようはからっていた元凶はその悪い魔女だったのです…!」

「なんだって……!? 魔女が……全ての元凶だったと言う事か! ……ん、待てよ……? しかし、確か、邪魔をするよう命令していたのは父上だったはず……。……つまり、父上は魔女だったと言う事か!?」

(んん……??)

 エラは一瞬頭がフリーズする。
 そうだった。『歌姫と王子様』では意地悪な王様_王子様の父親がいて、王子様を邪魔するのはその王様だった。そして、舞台の割と早い段階で、王子は父親が黒幕だという事に気づくのである。

(……しまった……! つい焦って変なセリフ言っちゃった!)

「__そ、そうよ! あなたの父親は実は悪い魔女だったのよ!」

「なんと言う事だ! 父上め! 民だけでなく、母上の純情まで弄んだというのか!」

 その話の流れでいくと、王様は実は魔女で、好きになった息子の恋路を邪魔しようとしていたという事になる。これはこれで波乱な展開だ。
 王子役の針鼠はステージに向かって背を向け、プルプルと震える。観客から見たら怒りに打ちひしがれているように見える。が、エラから見える顔はすごい笑いを堪えていた。

「と、とにかく!この醜い姿をあなたに見せてしまった今となっては私はもう生きてゆく事はできません!」

 エラはそう言って、針鼠の折れたレイピアをぶんどった。折れた切っ先を自分の首に向ける。

 『歌姫と王子様』は結局王様の権力に抗えずに歌姫は自殺してしまう。そしてそれを見た王子もまた首を吊り自殺をする。すなわち、悲劇なのだ。

(少々展開はすっ飛ばしてしまうけれど、ここで死んだふりをして舞台から退出させてもらおう。)

「……この数日間遠くから拝見するばかりでしたが、あなたは私の生きがいでした。しかし、この醜い姿を見られてあなたに嫌われてしまってはもう絶望しかありませんわ。せめて死の寸前まであなたを想う事だけは赦してください。」

「待って!!」

 エラは思わず目を見張った。止めたのは針鼠だった。

「死ぬなんて……止めて……。」

(……!!)

 一瞬だったが、エラの頭の中に針鼠の深い悲しみの感情が流れてきた。本当に一瞬の事だった。

「僕はあなたの姿を見ても醜いとは思いません。それどころか、美しいとすら思った。あなたがどんな姿に変えられようとも、あなたの魂は……。……あなたの魂は、強く美しい。あなたのその歌声のように。……だから、死ぬなんて言わないで。」

「王子様……。」

 エラは二重の意味で何も言えなくなった。
 このまま死ぬふりして場を逃れるつもりだったのに、この後、どうすればいいのか本当に思いつかない。

__しかし、エラが次の展開を用意する必要がなくなった。


「__ガ……アアア!!! ハリ……針鼠イイィぃぃッッッッ!」


 獣のような獰猛な叫び声と共に、舞台の壁が破壊された。血に飢えた目をギラギラさせてそれは舞台に立つ。
 壁から出てきたのは、魔獣と同化した蛇女だった。
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