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後編

82.最愛のあなたへ。

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 針鼠はゆっくりと目を開けた。
 あの、気が遠くなるような痛みがない。針鼠は体を起こす。

 辺りは夜が明け、眩しい朝日が地平線から顔を覗かせていた。

 周りには、蜘蛛や弟ドラ、神父、翡翠、白銀、女王、姫が倒れている。

 だが、針鼠はそのどれにも目を向けられなかった。どうしても目の前に転がるカゴから目が離せなかった。
カゴの主はもういない。__呪いで死んでしまったのだ。

「……ぃやだ……。」

 カゴの主がかけられた呪いは『徐々に体がなくなっていく』呪い。体から大切なものが奪われていき、最後には存在すらも忘れ去られてしまう呪いだ。

「……やだ……忘れたくない……行かないで……。」

 針鼠はカゴを抱きしめた。

「復讐より……大事だった。お前が何より……大事だった……。今になって……気づくなんて……。」

 カゴの主の名前をもう思い出す事はできない。
 針鼠は目から涙がこぼれた。それは6年前、彼が10歳の時に枯れたはずの涙だった。

「……やだ……ぃやだよ……行かないで……!」




______








_______________




「_________っ」

 突然、針鼠の周りに赤い炎が巻き起こる。

___ピイイイィィィィッ……

 鳥の鳴き声が聞こえた。針鼠は息をのみ顔をあげる。
 朝日に照らされ、晴れ晴れとした青い空に、巨大な鳥が一羽飛んでいる。鳥は全身が炎につつまれている。

__不死鳥フェニックス

 永遠の時を生きると言われている伝説上の鳥。『王家は火の鳥を従える』。この言葉はこの国に住む者なら誰もが知っている。

 フェニックスは大空を3回回ると、地面に向けて降りてきた。針鼠の目の前に降り立つ。針鼠に一礼すると、一気に燃え上がった。そして、気がついた時にはフェニックスがいなくなっていた。そして、代わりに一つの指輪が落ちていた。
__それは、『王家の指輪』だった。

「__本物の『王家の指輪』はずっとあなたの中に眠っていた。そして今、ようやくあなたを王の器と認めた。だから、目をさましたのね。」

 傍で声が聞こえた。聞き覚えのある声。透き通った、美しい声だった。
 針鼠はゆっくりと振り向く。
 さっきまで、抱えていたカゴはどこかに消えていた。代わりに、そこには女性がいた。針鼠の知らない女性。絹のようなきめ細かな黒髪に、黒い瞳。美しい女性がそこにいた。

「……不死鳥の蘇りの力__王家の奇跡の力よ。」

 女は柔和な微笑みを浮かべた。針鼠はぽかんと顔を硬直させる。
 いつまでも反応しない針鼠に、居心地悪そうに女は頬を染める。

「……えへへ、実はこんな顔してました……!」

 女は照れ笑いを浮かべて、Vサインを見せる。

「____」

 針鼠はもはや何も言わずに女を強く抱きしめた。

「……きゃあ……?!」

 女は驚いて小さく悲鳴をもらす。

「……おま……お前、ヌルっと帰って来んなよ……。」

「……ヌルっと………?!」

「……ずっと……傍にいて。……もう、どこにも……行かないで」

「…………うん。」

 小さく頷くエラを、レイフはいつまでも固く抱きしめた。



 女王は死に、新たな王が誕生した。

 女王が偽の『王家の指輪』を作りエミリアとその子供を陥れていた事、壊滅したはずの『白い教会』のリーダー針鼠が生きていて真の王位継承者だった事が国中に広まった。一時は混乱があったものの、滞在していたエルフ連合教会が力添えをしてくれて事態は収拾していった。

 南の国ヒートンとは停戦協定が結ばれた。国民は長年の悪政に疲弊しきっていたが、新時代の幕開けに国中が沸き立っていた。

 新王_レイフは今、新しい国の在り方や外交関係、貴族関係について決定していくのに勤しんでいる。大変そうだが、仲間達が協力してくれているのできっとなんとかやっていけるだろう。
 仲間達、というのは蜘蛛、翡翠、白銀、神父、弟ドラの事だ。彼らは女王との戦いを一人も欠ける事なく生き残った。その後傷を治療し、全員ピンピンしている。彼らは国を救った英雄として新王と共に国中から讃えられた。そしてそれぞれ騎士や文官などになってレイフや国を支えてくれる事になった。

____


 よく晴れた青空の下、ロウサ城内の一画にある大きな木の下で女は一人座っていた。紺色のリボンで黒い髪を巻いた、美しい女性_エラは本を読んでいる。
 不死鳥の蘇りの力により、一度は死んだエラは生き返った。今は呪いは解けていて強大な魔力だけが残り、正直持て余している。

 エラもまた女王を倒した偉大な魔法使いとして讃えられ、貴族に戻る事ができた。叔父夫婦も元の姿に戻り、今は貴族としてエラとまた一緒に暮らしている。エラの家_ホール家は大貴族に昇進し、なんとロウサ城内に本邸を構える事を許された。それは、あの国を代表する大貴族フィンドレイ家と立場的には同じ位置付けになる事を意味する。

(表向きは、私の功績を讃えられての好待遇だけど、きっとレイフが私に傍にいてほしいから家を城内に移させたのよね。)

 エラはふふっ……と静かに笑う。
 新王レイフは若いながらも感情に振り回される事なくよく頭が回る。おまけに平民の暮らしや事情をよく理解しているし、裏の世界についても詳しく、内政は順調に進んでいるらしい。だが、あれでも結構寂しがりやでまだ子供が抜けきっていない部分がある。

「何一人でニヤニヤしてんだよ。」

 男の声が聞こえる。振り返るまでもなく誰の声だかわかる。

「なんでもないわ、レイフ。」

 本を読むエラの後ろには、若き王レイフが立っていた。平民服にバンダナを巻いた小汚い少年の姿はもうなく、貴族服に立派なマントと王冠を身につけた王の姿がそこにあった。

 エラは優しく微笑んでレイフのために少しずれて隣をあけてやる。レイフは当然のようにエラの隣に座る。こうやって時折寂しくなってはエラの元にやってくるのだ。なんだか野良猫に懐かれた気分だ。

「その服……」

 レイフは碧い瞳をじっとエラに向ける。

「そう、あなたから贈られたドレスよ。」

 親愛の証なのか、この間レイフは何の気なしにドレスをエラに贈ってきた。紺色のシンプルなデザインだ。

「これ、チビのくれたリボンとよく合っているわ。」

 エラは嬉しそうに微笑んだ。レイフは思わずエラの笑顔を凝視する。いつも見えなかったカゴの中の彼女はこんなふうに笑っていたのだ。

「……リボンだけじゃなくて、お前にも似合ってるよ。」

「ふふっ……ありがとう……。」

 エラが感謝しても、レイフは相変わらずぶっきらぼうだ。だが、長い耳はぴこぴこと上下している。

「何を読んでるんだ?」

 レイフがエラの持つ本を横から覗き込もうとする。エラはすぐに本を閉じた。

「魔術書よ。目で読んではいけないわ。」

 そういってエラは目をあけた。今まで目を閉じて魔術書を読んでいたのである。貴族令嬢に戻ったエラは今は専ら魔法の勉強を優先するようになった。それが、魔力の強い自分に相応しいと思ったし、何よりレイフや国のために何か素晴らしい事を実現できると思ったのだ。

「この国はあまりにも魔法に疎いわ。だから、女王のように権力と力をほしいままにする存在が出てしまう。……それで、私、魔法の研究をしてみたいと思ったの。きっと魔法の分野が発展すればこの国の暮らしはもっと豊かになるはずだわ。」

 魔法の研究がしたいなんて、高貴な身分の令嬢ならばあり得ない選択肢である。だが、主人公の目はキラキラと輝いていた。心の底からワクワクする。もう、誰かに認められるためだけに日々を消耗しない。時間がもったいないのだ。

「……そうかよ。」

 レイフは、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。彼はエラの志を否定しない数少ない人間だ。エラにとってレイフはかけがえのない存在だった。

「……ねえ、レイフ。私ね、あなたがなんで弱い人間が嫌いなのかわかったわ。__あなたは女王様が嫌いだったから弱い人間が嫌いだったのね?」

「……。」

「女王様は権力もあったし魔力も強大だった。周りに怒鳴り散らして、誰も女王様に逆らう事ができなかった。でも、本当は誰よりも弱い人だった。弱い自分を守るのに必死で周りを攻撃ばかりしていたのよ。そして、それは優しい人達まで傷つけてしまった。……平民達の間では悪逆非道の王だった、って言われているけれど、女王様もまたどこにでもいる不完全な人間の一人だったんじゃないかって私は思うの。ただ、身に余る力を持ってしまっただけの小さな子供だったんじゃないかって。……別に復讐に後悔はないわ。ただ、そう思っただけよ。」

 レイフはただ黙っている。エラの言葉に何か言う素振りを見せなかった。

 女王は死んだ。魔力の使いすぎによって死んでしまった。歴代最悪の王と呼ばれた女の末路としては愚にもつかない死に方だった。

 女王が自分の命に変えてでも助けた姫は、今はすっかり回復し、辺境の地で穏やかに過ごしている。彼女自身は政界に関わっていた訳ではないが、立場上王都に居させる訳に行かなかった。エラは姫と文通などのやりとりはしていない。だが、聞く話によると、城に居た頃よりも伸び伸びと過ごせて楽しく暮らしているようだった。

「あなたと出会ってから、ずっと自分は何のために生きているのか、どうあるべきなのかを考えていたわ。むしろなんでもっと自分の人生について考えてこなかったんだろうって思った。」

「……答えは見つかったのか?」

「……いいえ。でも、今は時間が沢山ある。だから、これからゆっくり何度も、何度も考えていこうと思うの。…確かに、私達の人生は暗いものだったかもしれない。私達だけじゃないわ。この国の人々もまた疲れ果ててボロボロだった。でも……」

 エラは目を閉じた。
 昨日大勢の人々が城の前に集まった。戴冠の儀を終えたレイフの姿を皆に見せたのだ。エラはあの時の光景が鮮明にまぶたの裏にやきついていた。きっと生涯忘れる事のない景色だろう、と思った。

「でも、皆、目だけは宝石のように光り輝いていたわ! 私はその時、確信したの。きっと私達はもっとより良い方向に変わっていける。光に向かって少しずつ、少しずつ歩いて行ってる!だって、私達は今、自由なのだから!!」




 

<終>



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ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました、、泣泣
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