落ちこぼれ魔術師は幼馴染の冷徹宰相と偽装結婚させられる

八朔バニラ

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馬車

 馬車が止まった反動で、頭を打ちそうになったクレールをルシアン様が抱きかかえてくれた。
 クレールはまるでルシアン様の宝物にでもなったような錯覚を覚えた。

「大丈夫か? クレール」

「あ、はい……」

 ルシアン様が熱っぽい瞳でクレールを見つめている。あれ、ルシアン様ってこんな目でクレールを見つめてくる人だっけ。
 ルシアン様と言えば、意地悪な目しか印象がない。
 クレールはこんな風に甘く自分を見つめてくる人を知らない。
 このひとはルシアン様にとても似ているが、ルシアン様とは別人なのだろうか。

「どこもぶつけていないか?」

「……大丈夫です」

「荒っぽい運転だな」

「何か横切ったのでしょうか?」

「この辺りは魔獣が多いからな」

「あの……ルシアン様、離してくれませんか?」

「……またクレールが頭をぶつけたら困る」

 ルシアン様はクレールを強く抱きしめた。
 クレールは戸惑いながらもルシアン様の背に腕を回した。

「クレール……」

「ルシアン様……」

 ルシアン様の自分より高い体温が懐かしくて気持ちよくて、クレールはうとうとしてきた。
 そういえば昔はよくルシアン様と一緒にお昼寝をしていたことをクレールは思い出した。ルシアン様と一緒に眠ると安心して眠れた気がする。

「俺はずっと君のことが……」

 ルシアン様がクレールの頬に優しく触れる。そのまま、ルシアン様の手はクレールの鎖骨まで滑らせた。
 ルシアン様の顔がクレールの顔に近づいてくる。
 クレールはルシアン様の熱っぽい青い瞳から目を離せなかった。

「……」

 ルシアン様は続きを言わずにクレールをただ見つめている。クレールは鎖骨に置かれたルシアンの熱に身体を拘束されたみたいに身動きがとれなくなった。

「ルシアン様?」

 ガタンと馬車が止まった。

「おい、ノロマ。いつまで寝ているんだ。着いたぞ」

 クレールが目をこすりながら馬車の外を見ると、ルシアン様がすでに馬車から降りて爽やかに笑っていた。
 もしかしたら、クレールは少しの間眠っていたのかもしれない。クレールには先ほどの出来事がどこから現実なのかどこから夢なのか判断がつかなかった。

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