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幽霊の二重奏
たんぽぽ
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夢うつつの中で公英の頬に何か柔らかいものが当たった。
「おい、君」
「はい?」
「勤務中に居眠りは感心しないな」
お嬢様は呆れたように公英のおでこを指で弾いた。
「はっ! お嬢様!」
お風呂上がりのお嬢様は痩せ細った体に白いバスローブを身に着けていた。
お嬢様の異臭はきれいさっぱり消えたようである。
これで他人と会っても問題はない。
「そういえば、君の名前を聞いていなかった気がするな」
お嬢様は髪を乱暴にゴシゴシ拭きながら言った。
「最初にお会いした時に自己紹介させて頂きましたよ。お嬢様、乱暴に髪を拭かないで頂けますか!」
公英は慌ててお嬢様からタオルを奪い取ると、お嬢様の黒髪を拭き始めた。
お嬢様の髪は栄養状態が悪かった割には意外とコシのある艶やかな髪である。
栄養状態が良くなれば、綺麗な髪になる気がする。
「聞いていなかったと主人が言ったら、自己紹介するのが執事であろう?」
「……黒須公英でございます」
公英はしぶしぶ答えた。
「公英か。君は3月か4月生まれなのか?」
「そうでございますが……どうしてお分かりになったのでございますか?」
公英は3月生まれである。
公英は昔から体が弱いので、暖かく過ごしやすい素晴らしい季節に生まれることが出来て良かったとは思っている。
2月に生まれていたら、寒さで風邪を引いてこの歳まで生きられなかったかもしれない。
「おそらく君の名前の由来は蒲公英からだな」
「たんぽぽでございますか……」
「君の母上か父上が好きな花なのだろう」
「そういえば、僕の母はタンポポのおひたしが好きでございますね。僕はあんまり好きではございませんが」
「君の母上の趣味だな」
お嬢様は衣装箪笥から赤い銘仙着物と海老茶色のズボン袴、紫の羽織りを引っ張り出してきた。
辞めたメイドが手入れしてくれていたようで、幸いそれらは綺麗な状態であった。
お嬢様が男の公英の前で堂々と着替え始めたので、公英は慌てて背を向けた。
「タンポポって男の名前にしては少々女々しくはないですか? 男なら勇とかが良いとお嬢様も思いませんか?」
公英はお嬢様の着替え中に気まずくなりたくなかったので、お嬢様に話しかけ続けた。
「何を言っている。タンポポは解毒作用、解熱作用、利尿作用がある素晴らしい雑草だぞ」
「雑草っておっしゃっていますし」
「これから君のことはタンポポと呼ぼう」
「嫌でございます」
「タンポポ、仕度が出来たぞ。早く行こう」
お嬢様は自分の頭に被せていたタオルを取ると、公英の顔を見てにっと笑った。
お嬢様の笑った顔は意外と幼くて、公英は自分の妹を思い出してしまった。
この子は公英がお世話をしなければならない対象だと心から思ってしまった。
それは弟妹に感じる庇護欲のようなものに似ていた。
公英がお嬢様の顔を見つめていると、お嬢様はこてんと首をかしげた。
お嬢様の瞳は緑がかった茶色をしていた。
光の角度によっては緑色の瞳に見える。
痩せ細った手首は長年の引きこもりのせいか青白い色をしていた。
「お嬢様、これからはご飯ちゃんと食べてくださいね」
「君は私の母親か?」
「約束でございますよ」
公英は子どもにするようにお嬢様に小指を差し出した。
「うるさいやつだ」
お嬢様は嫌々自分の小指を公英の小指に絡めた。
お嬢様は捻くれているが、意外と素直な所もあるようだ。
「そういえば、お嬢様のお名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
お屋敷の使用人は皆この女の子を『お嬢様』と呼ぶ。
誰もお嬢様の名前を呼ぶことはなかった。
今まではそういうものだと思っていたが、公英はお嬢様の名前を知りたくなった。
「君は自分の主人の名前も分からないで仕えていたのか」
お嬢様は少し傷ついたような表情をした。
お嬢様にそんな表情をさせてしまったことに公英は少し胸が痛んだ。
「お嬢様とお呼びしていましたので、お名前を知らなくても全く不都合がございませんでした」
「不都合がないなら、君には教えない」
お嬢様は拗ねてしまったようだ。
少々めんどくさい絡み方をしてくる。
「そんな意地悪をおっしゃるのですね」
「ふん。さっさと行くぞ。タンポポ」
「かしこまりました。お嬢様」
「おい、君」
「はい?」
「勤務中に居眠りは感心しないな」
お嬢様は呆れたように公英のおでこを指で弾いた。
「はっ! お嬢様!」
お風呂上がりのお嬢様は痩せ細った体に白いバスローブを身に着けていた。
お嬢様の異臭はきれいさっぱり消えたようである。
これで他人と会っても問題はない。
「そういえば、君の名前を聞いていなかった気がするな」
お嬢様は髪を乱暴にゴシゴシ拭きながら言った。
「最初にお会いした時に自己紹介させて頂きましたよ。お嬢様、乱暴に髪を拭かないで頂けますか!」
公英は慌ててお嬢様からタオルを奪い取ると、お嬢様の黒髪を拭き始めた。
お嬢様の髪は栄養状態が悪かった割には意外とコシのある艶やかな髪である。
栄養状態が良くなれば、綺麗な髪になる気がする。
「聞いていなかったと主人が言ったら、自己紹介するのが執事であろう?」
「……黒須公英でございます」
公英はしぶしぶ答えた。
「公英か。君は3月か4月生まれなのか?」
「そうでございますが……どうしてお分かりになったのでございますか?」
公英は3月生まれである。
公英は昔から体が弱いので、暖かく過ごしやすい素晴らしい季節に生まれることが出来て良かったとは思っている。
2月に生まれていたら、寒さで風邪を引いてこの歳まで生きられなかったかもしれない。
「おそらく君の名前の由来は蒲公英からだな」
「たんぽぽでございますか……」
「君の母上か父上が好きな花なのだろう」
「そういえば、僕の母はタンポポのおひたしが好きでございますね。僕はあんまり好きではございませんが」
「君の母上の趣味だな」
お嬢様は衣装箪笥から赤い銘仙着物と海老茶色のズボン袴、紫の羽織りを引っ張り出してきた。
辞めたメイドが手入れしてくれていたようで、幸いそれらは綺麗な状態であった。
お嬢様が男の公英の前で堂々と着替え始めたので、公英は慌てて背を向けた。
「タンポポって男の名前にしては少々女々しくはないですか? 男なら勇とかが良いとお嬢様も思いませんか?」
公英はお嬢様の着替え中に気まずくなりたくなかったので、お嬢様に話しかけ続けた。
「何を言っている。タンポポは解毒作用、解熱作用、利尿作用がある素晴らしい雑草だぞ」
「雑草っておっしゃっていますし」
「これから君のことはタンポポと呼ぼう」
「嫌でございます」
「タンポポ、仕度が出来たぞ。早く行こう」
お嬢様は自分の頭に被せていたタオルを取ると、公英の顔を見てにっと笑った。
お嬢様の笑った顔は意外と幼くて、公英は自分の妹を思い出してしまった。
この子は公英がお世話をしなければならない対象だと心から思ってしまった。
それは弟妹に感じる庇護欲のようなものに似ていた。
公英がお嬢様の顔を見つめていると、お嬢様はこてんと首をかしげた。
お嬢様の瞳は緑がかった茶色をしていた。
光の角度によっては緑色の瞳に見える。
痩せ細った手首は長年の引きこもりのせいか青白い色をしていた。
「お嬢様、これからはご飯ちゃんと食べてくださいね」
「君は私の母親か?」
「約束でございますよ」
公英は子どもにするようにお嬢様に小指を差し出した。
「うるさいやつだ」
お嬢様は嫌々自分の小指を公英の小指に絡めた。
お嬢様は捻くれているが、意外と素直な所もあるようだ。
「そういえば、お嬢様のお名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
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誰もお嬢様の名前を呼ぶことはなかった。
今まではそういうものだと思っていたが、公英はお嬢様の名前を知りたくなった。
「君は自分の主人の名前も分からないで仕えていたのか」
お嬢様は少し傷ついたような表情をした。
お嬢様にそんな表情をさせてしまったことに公英は少し胸が痛んだ。
「お嬢様とお呼びしていましたので、お名前を知らなくても全く不都合がございませんでした」
「不都合がないなら、君には教えない」
お嬢様は拗ねてしまったようだ。
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