勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ

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3.誘拐

 村の外れに小さな泉がある。
 清らかな水がこんこんと湧き出しており、冬でも凍ることはない。
 村の貴重な飲水地である。

 蓮はその泉の中を褌一枚で何かを探している。
 春になりだいぶ暖かくなったとはいえ、泉の水は突き刺すように冷たくて痛い。

「占いではこの辺なんだけどな……」

 蓮はかじかむ手をなんとか動かして水草をかき分けた。
 蓮が泉に入ったことを村人に知られては非常にまずい。

 泉は飲水地のため、泉の中に入ることは禁じられている。
 子どもなら怒られるくらいで済むかもしれないが、大人なら村八分にされかねない。
 早く探し出さねば。

「ありましたよ!」

 蓮はニコッと微笑むと高齢の女性客の手に赤い石の入ったペンダントを握らせた。

「陰陽師さん、ありがとうございます。このペンダントは母の形見だったんです」 

 高齢の女性客は目から涙を流しながら頭を下げた。

「見つかって良かったです」

 蓮は優しく微笑んだ。
 久しぶりに有意義な占いをした気がする。

「陰陽師さんに泉の中まで探してもらって、申し訳ないことを……」

 高齢の女性は村人が周囲にいないか警戒しながら蓮にタオルを渡してくれた。

「ちょうど水浴びしたかったので、お気になさらず」

 蓮は高齢の女性客から渡されたタオルで頭を拭くと、素早くヨレヨレの狩衣と烏帽子を身につけた。

「少ないのですが……」

 高齢女性は蓮に多めに代金を支払ってくれた。

「ありがとうございます!」

 蓮は有り難く頂くことにした。
 高齢の女性客と別れると、孤児院の方に自然と足が向いた。

「まあまあ稼げたし、孤児院の奴らにお菓子でも差し入れに行くかな」

 院長先生にも会いたいし。
 院長先生は小さな孤児院を経営している。
 裕福ではなかったが、愛情深く育ててもらった。

 院長先生は村を訪れる旅人を孤児院に泊める代わりに孤児院の子ども達の教育をお願いしてくれた。
 そのため、孤児院の子ども達は一人で生きていくための力を身につけることが出来た。

 蓮が陰陽師になったのも、旅人の陰陽師が蓮に占いを仕込んでくれたおかげである。

 院長先生は蓮とリアムにとって大切な母親のような存在であった。

 リアムと蓮は18歳になるまで孤児院で育てられ、ついこの間リアムと一緒に孤児院から出た。
 一人暮らしは気楽で楽しいけれど、時々院長先生に無性に会いたくなる。

 蓮は大事そうにお金を懐に入れると、何のお菓子を買おうか悩んだ。
 何を買って行っても院長先生は喜んでくれるだろう。

「ひゃっ」

 突然、視界が白い布で覆われた。
 ヒョイと身体が持ち上げられる。

 ヤバい! 人攫いだ!
 声を上げようとしたが、恐怖で声が出ない。
 ジタバタと駄目元で暴れてみる。
 誘拐犯は驚いたように動きを止めた。

 俺、男なんですが!
 小柄だし、女の子みたいと言われることもあるけど、男なんですが!

 院長先生、お助けください!

 そう叫びたいのに口から出てくるのは荒い息だけだった。

 あれ、なんか運ばれているような。
 馬の鳴き声がする。
 もしかして馬で運ばれているのか。
 恐怖と不安で涙が溢れ落ちる。

 怖い。どうしようもないくらい怖い。
 昔、幽霊が怖くてリアムにトイレに付いて来てもらった時に言われた言葉を思い出した。

 幽霊より生きてる人間の方が怖い。

 ごもっともです、リアム様。
 確かに幽霊より人間の方が怖いです。

 俺、今までまあまあ頑張ってきたんだけどな。
 占いも何度も練習して、上手くなって院長先生から褒められて嬉しかった。
 こんな終わり方はあんまりじゃないか。

 そういえば、リアムから貸してもらった本を返すの忘れてた。
 あれ面白かったなぁ。
 あいつが貸してくれる本は全部面白い。
 借りた本はベッドの近くにあるんだけど、リアムは見つけてくれるだろうか。

 思えば、リアムと過ごす日々は楽しかったような気がする。
 リアムが戦いごっこをして肥だめに落ちたり、院長先生の目を盗んで食事に出された苦手な野菜を庭に埋めたり、女の子の靴にカエルを入れたり……
 あれ? リアムって結構悪ガキだったかも?
 いつから聖人君子みたいな表情をするようになったんだっけ?

 いつからかリアムは心から笑わなくなったような気がする。
 いつも張り付けたような笑顔を見せるようになった。
 昔はあんなに表情豊かだったのに。

 リアムはこのまま勇者として生きて行くのだろうか。

 リアムを都合の良い存在に仕立て上げたのは村の連中だけじゃない。
 院長先生も僕もリアムの功績を褒め称えていた。

 院長先生も僕もリアムの唯一の身内なのに、リアムの幸せを一番に考えてあげられなかった。

 勇者は必要だ。
 いざという時、命懸けで村を守ってくれる存在が必要だった。

 みんな勇者になるのが怖かった。
 己の身可愛さにリアムを称えた。

 誰だって魔物と戦うのは怖い。
 リアムだけが恐怖に立ち向かっていた。

 リアムより腕が立つベテランの剣士はいたのに、皆村から逃げてしまった。
 そりゃそうだ。腕が立つなら王国の騎士になる方が金になる。
 もっとも今では実戦でリアムの右に出る者はいないが。

 そんなことをつらつら考えていると、いつの間にか馬の蹄の音が止まっていた。

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