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第三章

25.

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 木陰の東屋は、日差しを気にせずに過ごすことができる。
 リゼットがゼリーを完食すると、ウルリッヒは「もっと召し上がりますか?」と聞く。
 しかし、リゼットはやんわりと断り、お茶だけおかわりをした。
 ヴォルターもゼリーを食べ終え、ウルリッヒに話を振った。

「竜の力について、いくつか伺いたいことがあります」
「なんじゃ?」
「リゼット様が、深夜に夢でうなされるのです。悪夢は竜の力の継承や『闇の配下』と何か関係があるか知りたいのです」

 ウルリッヒはリゼットの方を向いて、リゼットに問う。

「リゼット様は何か自覚がおありかね?」
「いいえ、何もおぼえていません。ヴォルターが部屋に来てくれて、寝付いたと聞きました」

 そう言ってリゼットはヴォルターを見る。ウルリッヒは「部屋にヴォルターが来たのか?」と興味津々な顔をした。
 ヴォルターは、勘違いさせてはいけないと言葉を選ぶ。

「手に触れただけです。それ以上のことはありません、念のために」
「そうであったか。しかし、『闇の配下』が夢に干渉するとは、聞いたことがない。竜の力を継承すると、先代から力の使い方と『闇の配下』への対抗方法を、伝えられると聞いたのじゃが」

 先代がすでに湖の底にいるリゼットには、難しいことだった。

「ディーとは、接触することはできないのでしょうか?」
「ああ、そうじゃな。できるとすれば、夏の祭りの儀式じゃろうか」

 もうすぐ行われるであろう、夏の祭り。
 竜になった娘のために、両親が造った祠で行われる。

「竜とのつながりがある祠ならば、ディーとのつながりを持つことができるじゃろう。しかし、前例がないので、可能性のひとつ、期待してもいいものじゃろうか……」

 ウルリッヒは唸った。
 絶対できると言い難いという顔をしている。

「わかりました。教えていただき、ありがとうございます」
「リゼット様、お役に立てず申し訳ないのじゃ」
「いえ、母……ディーがいない今、ウルリッヒ様が頼りなのです。また、教えてください」
「ああ、わかったのじゃ、そうじゃ、リゼット様は魔法をすべて試していないとお伺いしておる。我が城の魔法施設も、今日は見てほしいのじゃ」

 ウルリッヒは使用人を呼び、お茶を片付けさせる。
 ささっと使用人が片付けると、ウルリッヒは立ち上がった。

「城の奥にあるので、ついてきてくだされ」
「ウルリッヒ様、急すぎます!」

 ヴォルターが止めようとするが、ウルリッヒはすたすたと歩く。
 リゼットはヴォルターの腕をとり、「ついていきましょう」と言った。
 おそらく、これもウルリッヒの計画のひとつなのだ。
 高齢とはいえ、元騎士団のウルリッヒ。歩く速さも意識しなければ早足となる。
 その速さについていくと、リゼットは駆け足になった。
 ヴォルターが先に追いつき、ウルリッヒに後ろのリゼットを確認させてようやく歩く速度をゆるめた。

 城の奥、分厚い金属の扉をいくつも開けて、王宮で見た部屋と同じものがそこにあった。
 魔法の練習の部屋『フォールドズ』は、王宮での呼び名だった。

「ここがフォールドズじゃ。王宮と仕様に変わりはないはずじゃ」
「ええ。全く同じです。どの領地にもあるのですか?」
「いやミヨゾティースではここだけじゃ。竜の力の継承者のために作られたのじゃ」

 そういえば、扉にも竜の彫り物があったとリゼットは思い返す。

「夏の祭りの儀式で、水の魔法を使うのじゃが、制御できない魔法を外で使うにか危険すぎる。そこで、この場所で、魔法の使い方を覚えるのじゃ」

 リゼットは当初は王宮で行っていたが、そもそも竜の力の継承者はミヨゾティースに生まれる。
 ウルリッヒの城に用意があるのは、当たり前だった。

「明日以降、リゼット様の都合がつく日に、魔法を使ってみましょうぞ」
「ええ、よろしくお願いします」

 とはいえ、予定は特にないのと、夏の祭りまでの期間は1週間ほどなので、明日からさっそく通うことになった。

 ヴォルターは時間が押してしまったので、城下町のデートは後日にすることにした。
 リゼットが少ししょんぼりしていたが、昼食も城でいただき、ゆっくりする時間もなかった。

「明日に時間が取れれば行きましょう」

 ヴォルターが提案すると、途端に笑顔を見せた。

 馬車での帰路、ヴォルターはリゼットと向かい合って座った。
 そして、リゼットに改めて聞く。

「リゼット、今日の夜はどうしますか?」
「どうって、何でしょうか?」
「うなされるくらいならば、最初からそばにいた方が良いと、マノンにも言われています」
「あ、ええ、寝る時のことですね……え、ええと……」

 リゼットはどう答えるか、ヴォルターは言葉を待った。

「あの、わたくしも、ヴォルターがそばにいてほしいと思います。その、あの、こんな事言って失礼じゃないと良いのですけれど……」
「言ってください」
「ヴォルターがいると、安心できるのです。今も、わたくしを待っていてくれるので、安心できます」
「……っ」

 ヴォルターは予想以上の言葉をもらって、思わずリゼットを抱き寄せた。
 そして「すみません」と呟いて、頬に口づけをした。
 リゼットは驚いたものの、ヴォルターに身を委ねた。

 レオンにない安心感が、ヴォルターにあったのは事実だった。
 けれど、そう対比してしまう自分に嫌悪感を持ち始めていた。

(レオンは今どうしているのかしら。きっとこんなの見たら、わたくしもヴォルターも……)

 レオンが怒る顔を思い出し、顔を振った。それが、ヴォルターの胸のなかだったので、声をかけられる。

「どうかしましたか?」
「……いえ、何でもないの」

 何でもなさそうな顔をしていたが、ヴォルターは手を離さなかった。

 ◇◇◇

 夕食も終え、その日の夜、
 リゼットとともに部屋に入るヴォルター。
 マノンが支度を終えて「ヴォルター様、よろしくお願いします」と下がる。
 隣の部屋に行くだけなので、何かあればすぐ呼べる。

 リゼットはベッドで、キルケットを頬まで上げている。少し緊張しているようだった。

「リゼット、ベッドサイドだけ明かりを残しますか?」
「ええ、ヴォルターはどうするの?」
「ベッドサイドの椅子で、リゼットが寝付くのを見守りますよ」

 そう言って、ヴォルターは座る。
 リゼットに手を出すよう言い、その手を両手で握った。

「昨夜もこうしていました。寝られそうですか?」
「ええと、わたくしが覚えていなかったのですが、これで寝たのですね」

 リゼットの手はまだ冷たい。
 両手で温めると、少し緊張しているようで力が入っている。

「手を離しますか?」
「いえ、このままでお願いします」
「では、目を閉じてください、開けたまま寝られるつもりですか?」
「う……」

 リゼットはぎゅっと目を閉じた。
 閉じてもなお力が入っているのがわかる。伝えても、緊張するだろうかと思い、ヴォルターは手を温め、撫でることにした。

 両手で包んだ分、手は温かくなっていた。片手で撫でる。しばらくすると、ちからが抜けてきた。
 リゼットをみると、呼吸が整ってきて、もう寝つきそうだった。

 ふと、悪戯心が湧き、撫でていた手をリゼットの額に乗せた。
 それでも起きることがなかったので、さらに撫でてみる。
 リゼットの細くて柔らかい髪の毛は、撫でると心地よかった。
 寝かせるつもりが、ヴォルターもゆったりした気持ちになる。

 気を取り直して、手を撫でようとするとリゼットの目が開いた。
 眠気のせいか少しうつろだが「頭を撫でてほしい」と催促する。
 ヴォルターは苦笑して「良いでしょう」と頭を撫でることにした。

 その日は一度も悪夢を見ることなく、リゼットは良く眠った。

 ◇◇◇

 翌朝、リゼットは視線を感じて目が覚めた。
 いつもよりすっきりとした気持ちだった。
 目を開けると、目の前にヴォルターがいて、軽く悲鳴を上げた。
 ヴォルターは、とても優しい眼差しで一晩中リゼットを見守っていたと言う。

「ごめんなさい、ありがとう」
「朝に覚えていないことは、よくあります」

 ヴォルターはにっこりと笑い、隣の部屋のマノンを呼んだ。
 マノンはすぐに来て、朝の支度を始める。その間に、ヴォルターは騎士団の兵士と交代して仮眠をとると言った。

「リゼットを見ていたら、私も良く眠れそうだった」

 そう言って、リゼットが真っ赤になるのを嬉しそうに見て、ずるい顔をしていた。
 リゼットの食事後にまた戻ってきて、今日の予定を立てる。

 昨日約束した通り、今日はウルリッヒ様の城で火の魔法を試す予定だ。
 王宮に通っていた頃と同様に、リゼットの服装は軽装にブーツの格好だ。

 ウルリッヒの城につくと、まっすぐフォールドズに案内される。
 案内の者もフォールドズに入り、ウルリッヒの助手のようだった。
 ヴォルターも中に入り、壁際に立って待機する。

 ウルリッヒが火の魔法の言葉を書いた紙を、リゼットに渡す。

「これは初級の火の魔法じゃ。しかし、竜の力の継承者は、予想以上に大きい魔法となる。儂がやってみせるので、そのイメージで魔法を紡いでくだされ」

 ウルリッヒが魔法の言葉を紡ぐと、人差し指に小さな炎が灯った。
 まるでろうそくの火のようだった。

「では次はリゼット様がやってみてくだされ。先程の魔法のイメージなら怪我もないでしょう」
「……はい!」

 紙を見て言葉を紡ぐ。
 小さな火をイメージしながら、指先に集中する。
 言葉を紡ぎ終えると、指先が熱くなり、ウルリッヒと同じように炎を出すことができた。

「リゼット様、上手じゃ!」
「ありがとうございます」

 炎が消えて、無事に魔法が成功に終わる。
 ヴォルターもウルリッヒも、リゼットへの魔法の教え方が上手だと思った。

「もし体調に問題なければ、雷の魔法も試してみませぬか?」
「ええ、問題ありません」
「では、少し準備するので、この場でお待ちくだされ」

 ウルリッヒと助手が、フォールドズの外に出る。
 ヴォルターがリゼットのもとに近づく。

「リゼット、魔法のコントロールが上手くなりましたね」
「ヴォルターのおかげです。風の魔法の時に、イメージすることを教えてくれたでしょう?」
「ああ、そうですが、リゼットの努力も実ったのでは?」

 きっかけはヴォルターだが、リゼット自身も書物をよく読み、わからないことはヴォルターやウルリッヒに聞いていた。
 何も行動しないで、上手く行くはずはないのだ。

「そうだと、嬉しいです。最初は失敗ばかりで、レオンにも迷惑をかけましたから……」
「レオナード様は、迷惑など思っていませんよ。貴女のことを大切に思っています。今もきっと」
「……そうでしょうか。婚約破棄されて、今は私のこと忘れていないでしょうか?」
「なぜ、そのような……」

 リゼットは、声を出そうとしたが、喉が詰まったように何も言えなくなった。
 小さく息を吐く。

「泣いているのですか?」

 ヴォルターが、リゼットの肩に触れる。リゼットが見上げると、その瞳から涙が溢れていた。
 震える声で、不安を吐き出す。

「ヴォルターごめんなさい……」

 そう謝罪して、魔法の鳥でレオンに連絡を取ろうとしたこと、その鳥がすぐに戻ってきて何も鳴かなかったことを教えてくれた。
 ヴォルターがいない時間は少しあった、その時だろうと思った。

「魔法の鳥は、遠すぎると届かないこともあります。レオナード様は国外にいるはずなので、それが原因かと」
「そう、なの……?」
「それと魔法が届かない場所にいても無理です。ここフォールドズも、魔法が外に出ないので、魔法の鳥は届きません」

 ヴォルターは試しに魔法の鳥を飛ばしてみる。しかし、壁から先に出られず、魔法の鳥は戻ってきた。

「レオナード様に何かあれば、必ずリゼットへ連絡が来ます。何もないということは、無事なのです。ご安心ください」
「そうですね……ごめんなさい」

 リゼットが涙を拭く。
 ヴォルターは、今もリゼットの心の深いところに、レオンが存在していたことに安堵していた。無理やり割り込むつもりもなかったのと、最近レオンを話題にしていなかったことが気がかりだった。

「レオナード様の所在は、騎士団の知人にもそれとなく探ってもらいます。それでリゼットの不安が減るならば」
「ありがとう、ヴォルター……」

 話始めてしばらくしても、ウルリッヒが来る気配がなかった。
 ふとヴォルターは扉を開けようとした。
 硬い扉は、押しても引いても、びくともしない。

「リゼット、ウルリッヒ様に騙されました!」
「え?」

 フォールドズに2人は閉じ込められていた。
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