王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第三章

26.

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「扉が開きません!閉じ込められています」

 ヴォルターは扉に蹴りを入れてみるが、やはりびくともしなかった。

「他に方法はないのでしょうか?」
「ええ。王宮と同じ設備なら、内部から開けられる仕掛けがあるはずです。探しましょう」

 ヴォルターは壁のわずかは変化をみつけようと、目を凝らしてみる。
 扉の周辺をくまなく探してみたが、それらしきものはなかった。
 壁を叩いて、仕掛けのある空間を探してみることにする。しかし、扉だけでなく、フォールドズの内壁全部を調べるのは大変だ。
 リゼットもヴォルターの隣で、同じように壁を叩く。

「リゼット……」
「わたくしにもやらせてください」
「しかし、部屋の中を全てですよ」
「ヴォルター1人より、わたくしもやってみたら時間がかかりませんよ。猫の手より良いでしょう?」

 そう言って、真剣な表情で壁を叩く作業を始める。
 ヴォルターは「何かみつけたら教えて欲しい」と伝えて、リゼットと反対方向へ叩く作業を続けた。
 黙々と叩いていると、ウルリッヒに警戒していなかった自分自身に苛立った。

 魔法を外に出せないフォールドズで、ウルリッヒと助手だけが外に出た時に、どうして気がつかなかったのだろう。
 そもそも、夜会で『婚約者』だと、勝手にシュメリング一族に発表した時点で警戒が必要だった。

「ヴォルター。どうしたのですか?」

 声に驚き振り向く。
 リゼットが立っていた。

「いえ、少し考え事をしていました」
「見て欲しいものがあるので、あちらに来て欲しいのです」

 リゼットが指差す壁には、小さな竜の彫刻が彫られていた。竜の額には水色の宝石が埋め込まれている。
 床に近い場所で、魔法の練習をしていた時には気がつかないと思った。

「よく見つけられましたね。ありがとうございます。他にもあるかもしれませんね、探しましょう」
「はい!」
 
 リゼットは褒められたことが嬉しくて、大きな声で返事をした。
 また二手に分かれて竜の彫刻を探す。
 しかし先程の場所以外には、見つけられなかった。

 今度は竜の彫刻を調べてみる。
 フォールドズの壁自体が金属でできているため、竜の絵も壁の一部を彫ったものだった。
 ヴォルターが触ってみるが、特に変わったところはない。

「とても綺麗な彫刻ですね」

 ふいにリゼットがその彫刻に触れる。竜の彫刻の宝石があった。

「ああ、水の魔法が良いのですね」

 リゼットが呟いて、水の魔法の言葉を紡ぐ。それは、湖の祠の前で放った魔法と同じだった。
 水色の宝石がほんのり輝いた。

「どうして水の魔法を ――」
「竜が教えてくれたのです。ほら、これで地下に行けますよ」

 リゼットが竜の彫刻の宝石を押すと、何もなかった壁に扉が現れた。
 そして、リゼットは扉を開けた。

「ヴォルター。下に休憩できる場所があります。行きましょう?」
「リゼット、何故わかるのですか?」
「竜がここにいたからです」

 リゼットが振り向いた。
 その顔に表情はなかった。

「早く行きましょう」

 リゼットはヴォルターの手を取り、階下へ誘導する。
 ぐいぐいと引く手は、力強かった。
 地下の階段の壁には明かりがあり、歩きやすかった。螺旋階段の先に、また扉がある。ここにも竜の彫刻と宝石があった。

「ここは風の魔法」

 リゼットが瞬間、言葉を紡ぐと、宝石が緑色に光る。そして、扉が開いた。
 リゼットの部屋と同じ程の広さ部屋があった。

「ここが、わたくしたちの部屋」
「私たちですか?」

 ここにいるのはリゼットとヴォルターだけ、2人の部屋と言われても理解ができない。
 しかも、リゼットは部屋に入る頃には、無表情で言葉に抑揚がなかった。

「違う。あなたは違う、でも少し似ている。この部屋にはわたくしたちしか入れない」

 そういうと、扉のほうを指差した。施錠される音がした。

「あなたは誰なのですか?リゼットではありませんよね」
「そう、わたくしは、リゼットじゃないわ。でもリゼットの近くにいる」
「リゼットを返してください」
「いいわ、でも約束して」
「何を?」
「時期が来たら、わたくしたちを助けて……」

 リゼットはそう言うと、意識を失って倒れた。
 ヴォルターはリゼットを抱き寄せた。
 力が抜けて、ぐったりしている。
 そのまま抱き上げて、部屋の様子を伺う。
 部屋にはベッド、テーブルとソファ、調度品が揃っていた。掃除も行き届いていて、本当に誰かが住んでいるようだった。

 しかし、ウルリッヒや他の一族のものは、この場所を知っているのだろうか?
 ヴォルターには反応しない仕掛けを、リゼットは起動することができた。
 『竜の力の継承者』だけが起動できる仕掛けだろうか?

 ヴォルターはとりあえず、ベッドにリゼットを寝かせることにした。
 そして部屋を調べる。何か脱出する方法がないか、丹念に調べる。

 入ってきた時の扉は、押しても引いても開かなかった。
 部屋の何箇所かに竜の彫刻を見つける。埋められている宝石は、赤、黄、茶 ――おそらく火、雷、土の魔法だろう。
 リゼットが目覚めてから、魔法を試してみようと思った。

 ヴォルターはベッドサイドに腰掛け、リゼットの様子を見る。
 すやすやと眠っていて、まだ起きそうもない。
 ヴォルターは座ったまま仮眠をとることにした。ほんの少し目を閉じるだけ。

 10分ほど眠ると、目が冴えた。
 短時間眠る習慣が、体に染みついていた。

「ヴォルター、わたくしはまた迷惑をかけたのですね」

 リゼットは目を覚ましていた。
 ヴォルターは倒れた時のことかと思いって「ほんのわずかですよ」と言ったが、リゼットは首を振った。

「竜になった娘が、わたくしの代わりになっていました」
「どこまで覚えているのですか?」

 リゼットは竜の彫刻に触れた時に、声が聞こえて、魔法を紡いだと言った。
 その後から、意識と体が離れて、遠くからヴォルターと娘の会話を聞いていた。

「それから、あの方はとても深い悲しみに包まれていました。水に沈み込むように、体が冷たくなって息が苦しくなる感覚でした」
「……今はどうですか?」
「今は、少し離れたので、そんなに苦しくはないです。それに、この部屋を出るヒントを教えてもらいました」

 リゼットは起き上がる。
 すたすたと迷わず歩き、ヴォルターも見つけていた竜の彫刻に触れる。
 赤い宝石には、火の魔法を紡ぐ。
 茶の宝石には、土の魔法を紡ぐ。
 そして、黄色の宝石の前では立ち止った。

「雷の魔法をわたくしは知りませんでした。ヴォルター、教えてください」
「ええ、わかりました」

 ヴォルターは、リゼットに言葉を教える。
 そして、リゼットは黄色の宝石にも、魔法をかけた。
 それぞれの宝石がほんのりと輝く。
 しばらくその輝きを見ていると、3つの宝石が光の線を作った。
 その線の交差する先に、小さな穴が開く。

 リゼットは迷いなく、その穴に手を入れる。中には銀に輝く石が入っていた。
 今度はその石を、ベッドの端の溝に埋め込んだ。
 ベッドがスライドして、階段が現れる。

「この先に出口があります。ヴォルター、行きましょう」
「はい」
「不思議そうな顔をしているわね。わたくしも何故こんなに仕掛けがわかるのか、不思議よ。でも、わたくしだけが出られても、解決にはならないのです」
「ええ、先程も助けて欲しいと言っていました」

 リゼットは早足で歩き始める。ヴォルターも追いついて前になって歩く。

「竜の力について、わたくしは知らなすぎたわ。もし、理解できれば、お母様も助けられるかもしれないの。だから、ヴォルターも協力してね」

 リゼットの力強い言葉に、ヴォルターは返事をした。

 ◇◇◇

 階段を降りた先は、薄暗く長い通路があった。
 通路の向こう側から、波音が聞こえる。その音を目指して歩く。

 だんだん光が大きくなる。
 眩しくても、その先を目指す。

「祠に繋がっているのね」

 リゼットが呟いた。
 通路の出口は、祠の裏手に繋がっていた。出た後は、その出口も消えてしまう。

「リゼット、これからどうしますか?」
「とりあえず屋敷に戻りましょう。屋敷には騎士団の兵士がいます。ウルリッヒ様が何かできるとは思えません」
「わかりました、でも先に鳥で様子を伺いましょう」

 ヴォルターは魔法の鳥を出して、何か呟いて飛ばす。
 少ししてから鳥が帰ってくる。

「ヴォルター様、リゼット様と行方不明だと辺境伯が探されていました。今は城に戻られたので、安全です」
「ウルリッヒ様……どうして嘘を」
「リゼットをミヨゾティースに留まらせたかったと思います。早く屋敷に戻りましょう」

 ヴォルターが急かした。
 屋敷ではマノンとアルフォンが待っていた。応接間に通される。
 ヴォルターは、アルフォンに閉じ込められたことと、祠に繋がってた話をする。

「ウルリッヒ様は、雷の魔法の準備中にフォールドズで待ってもらっていたが、準備を終えて戻ったら、2人が消えていたと話していた」

 アルフォンは驚いた。ウルリッヒの顔に動揺は見えたものの、嘘の演技だとは思えなかった。

「わたくしたちはフォールドズを隅々まで調べていたのです。それなりに時間は経っていたはずです。もし、その時間よりウルリッヒ様の用意に時間がかかったと言うなら……」
「いえ、おそらくウルリッヒ様の策です。警護をする立場なのに、本当に申し訳ありません」

 ヴォルターが謝る。
 そして、ウルリッヒがリゼットをシュメリング一族に取り込もうとしているだろうと話した。

「まだ私がリゼットと出会う前から、竜の力の継承者を娶ったらどうかと話をされたことがあります。それはウルリッヒ様だけでなく、他の一族にもです」
「……それは初耳です」
「ええもちろん。リゼットは、レオナード様と婚約しておりましたから。しかし、レオナード様との婚約破棄をしてすぐ、私を婚約者候補に推薦したのもウルリッヒ様です」

 ウルリッヒは、今回の件について「知らぬ存ぜぬ」と通すだろうと推測した。

「アルフォン様、ウルリッヒ様がお見えです」

 慌ただしく使用人が呼んだ、そしてすぐにウルリッヒが部屋に入ってくる。
 使用人が待つように言ったけれども、勝手に入ってきたようだった。

「急ぎなもので、すまんの。……おや、リゼット様とヴォルターじゃないか。儂たちはずっと探していたのじゃぞ」

 まったく驚いた顔もせず、ウルリッヒは2人を見た。

「ウルリッヒ様、探していただいたようで申し訳ありません」

 リゼットが謝ると、その両眼をウルリッヒが見つめた。

「リゼット様は、竜の道を通られましたか?」
「何の話でしょうか?」

 リゼットが小首を傾げると、ウルリッヒは「わはは」と笑った。

「竜の力を得たものだけが知る道じゃ」
「その為に私たちを閉じ込めたのですか」
「ヴォルター、人聞きの悪いことを申すな。あれは、助手が勝手にやったこと。儂は許してなどおらぬ」

 ウルリッヒは否定し、助手がしたことを怒っている様子を見せた。

「助手にはすでに重い処分を下しておる。もうリゼット様には危害を加えられない」
「それはどういう……」
「はて?もう物言えぬからの」

 さも当然という態度のウルリッヒ。
 死を持って、黙されたと ――。

「リゼット様は、竜の力の継承者。儂だけでなく、シュメリング一族……いや、ミヨゾティースの皆が大切にお守りいたしますぞ」

 にっこりと笑うウルリッヒ。
 しかしその目は凍りつくようだった。上機嫌に去っていった。
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