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第三章

27.

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 ひんやりとした空気が残る応接間。
 使用人が青い顔で戻ってきて、ウルリッヒからの言付けをアルフォンに伝える。

「明日も城にだと!?」

 使用人は小さく「はい、そのように」とだけ言った。
 アルフォンは大きくため息をつき、使用人を下がらせた。

「リゼットをウルリッヒ様の城へなど、危険すぎる」
「しかし呼び出されたら断れません。それに、あの場所に竜の力の秘密が隠されているのです。わたくしは行きます」

 リゼットは迷いがなかった。
 以前なら、どちらかの顔を見て意見を伺っていた。
 アルフォンもヴォルターも、理由をと聞く。

「ウルリッヒ様は『竜の道を通ったのか?』と聞いていました。あの場所は、竜の力の継承者しか扉を開けません」

 リゼットが魔法を使って開いた通路のことだった。フォールドズの地下と、湖の祠が繋がっていた。
 あの道の名前をわざわざ問うことで、何かを知りたかったのだと思った。

「もしわたくしの命を奪うつもりなら、今までもたくさん機会がありました。わたくしが、ミヨゾティースに来た頃は、自分で動くこともできなかったのですよ?」

 アルフォンは、ミヨゾティースに来た頃のリゼットを思い出す。
 何も食べず、意識も朧げだった。
 今がどれだけ回復したか明確だった。

「断ることもできないでしょう?」

 リゼットは笑った。
 命を奪われる訳ではない。けれども、行かなければ、どんな処分が下るかわからないのだ。
 現に、助手は「処分」された。
 ウルリッヒは、助手が勝手にやったと言っていた。助手がもうもの言えぬのに、証拠などないだろう。

「リゼットには、平凡に暮らして欲しかった。不甲斐ない父親で、申し訳ない」
「お父様のせいじゃないわ」

 リゼットは、いつまでが平凡だったのかと思案した。けれど、もうその頃には戻れない。
 竜の力の継承者として、進む道を探し続けている。

「ところで、お父様に聞きたいことがあります。ずっと聞いてみたかったことです」
「なんだい?」
「どうして、お母様はミヨゾティースを離れたのですか?」
「それは、ディーがミヨゾティースを嫌ったからだよ」

 そう言って、リゼットが生まれる前の話をしてくれた。

 リゼットの母が竜の力の継承者になったのは、18歳間近だった。
 ある朝に、その力に目覚めて、辺境伯に呼ばれた。
 城で前の継承者から、竜の力の話を聞く。継承の儀式をした。その後は、ミヨゾティースに仕事へ来ていたアルフォンを追いかけて、王都に向かった。

 どんな継承の話をしたかは「誰にも言いたくない」と、教えてくれなかった。
 儀式については「湖の祠で雨を降らせた」とだけ教えてくれた。これは夏の祭りの儀式なので、皆が知っていることだった。
 アルフォンは「竜の力の継承者」しか、継承の話を知ってはいけないのだろうと思い、その後は聞くこともなかった。

 ディーは王都での生活が嬉しかったようだった。
 しかし、リゼットを身篭っている時も、ミヨゾティースへの里帰りはしなかった。連絡をとっている様子はなかった。

 一度だけ、アルフォンが「ミヨゾティースへ帰りたいと思わないのか?」と聞いたことがあった。
 ディーは「二度と帰らない。もう忘れた」と怒って、1週間は口を聞かなかった。

「もし、わたくしの体験した通りなら、ミヨゾティースを離れたい気持ちがわかります」
「どんな体験をしたのだ?」
「竜の力の継承者の声がしたのです。竜になった娘の声だけではありませんでした。悲しい、苦しい、助けて……そういった負の感情でした」

 リゼットは思い出して、手を握りしめる。ヴォルターは気づいて、肩を支えた。

「フォールドズの地下から脱出する際に、リゼットは竜になった娘に、意識を取られていました。普段とまったく違う顔と声で、脱出の方法を教えてくれました」
「意識を奪われていたのか?」
「はい。その時に、わたくしに感情が流れてきたのです。あの部屋で、あまり……良くないことが行われていたようです。継承後、先代がどうしていたのかも、公表されていないのでしょう?」
「先代はその後も城勤めをしたことになっています。実際は違うのでしょうか?」

 ヴォルターに聞かれて、リゼットの顔が陰る。
 「良くないこと」の詳細は、濁した。竜の力の継承者が、あの地下に何度も捕われ閉じ込められた記憶が、リゼットに侵入してくる。
 リゼットは頭を振って、意識を奪われないようにした。

「わたくしには、ヴォルターがいます。決してひとりにはなりません。それに、通常の継承をせず、成人まであと2年あるのに、わたくしに手を出すとは思えません」
「しかし、2年も自由にさせるとも思えません」

 ヴォルターが反論する。
 相手は、腹黒さをみせたウルリッヒだ。出会った頃とは、対応も違う。
 現に、「明日は城へ」と呼び出されている。

「そうですね。……困りましたね」

 今まで平穏に生きてきたリゼットにも、アルフォンにも、良い方法が思い浮かばない。
 明日は城に行くしかない。
 ウルリッヒから、竜の力の継承者の話も、もう少し探りたい。

「私だけでなく、騎士団からも数名連れていきましょう。騎士団へ連絡をとり、今後の人数を増やすよう伝えます」
「ヴォルター、ありがとう。ウルリッヒ様の城で、勝手をする者がいたとなれば、人数が増えても問題ないと思います」

 さっそく、ヴォルターは魔法の鳥を飛ばす。王都の騎士団へ、至急だと告げる。
 すぐに返信が来て、明日の出立までには、兵士が到着することとなった。

「騎士団のなかでも、伯爵の息子など辺境伯にも劣らない者たちです。きっと対抗できるでしょう」
「ありがとう」

 とりあえずの案が決まり、明日に備えることになった。
 外は夜も深まっていて、いつもなら就寝している時間だった。
 マノンが湯浴みの支度をして待機していた。ベッドに入る前に寝入りそうなくらい、体は疲れていた。
 自力でベッドに入る。

 ヴォルターには、部屋の中で警護をして欲しいとお願いした。
 ただでさえ悪夢を見るのに、今日は負の感情を浴びて、別の要因でも悪夢を見そうだった。

「手を繋ぎますか?」
「……ヴォルター、良いのですか?」
「ええ、おやすみください」

 ヴォルターはベッドサイドの椅子に腰掛けて、手に触れる。
 それだけで、リゼットは深い眠りについた。
 ただそばにいるだけで、リゼットがゆっくり休めるなら、ヴォルターにとって嬉しいことだった。

 ◇◇◇

 翌朝、まだ薄暗い頃、王都から騎士団が到着する。
 今まで警護していた兵士よりも、身なりが綺麗だった。屋敷の一角に、彼らの部屋を用意する。
 ひとりがリゼットの部屋の前にたち、ヴォルターを呼ぶ。ヴォルターがそこにいても、声が聞こえることを知っていた。
 少しして扉が開き、ヴォルターが顔を出す。

「久しぶりだな、お前が来てくれて心強いよ」
「ああ、そりゃ良かった。ところで、どんな技を使えば、未成年の婚約者と部屋を共にできるんだい?」

 ヴォルターは彼の鳩尾を、拳で抉った。鍛えた体は板のようで、効いてはいなさそうだった。
 彼も「痛いな」と軽く笑っていた。

「何もしていない。それを彼女に言うなよ」
「ああ。わかったよ、ほんと真面目だな」

 彼は、手をひらひらさせて「降参だ」と言った。そもそも、ヴォルターをからかいたかっただけだった。

「リゼット様が起きたらまた挨拶をしよう」
「わかった」

 鼻歌を歌いながら去る友に、ヴォルターは勘違いを助長させた気がしていた。

 リゼットは朝までうなされる事なく、眠った。
 目が覚めた時に、ヴォルターが見つめていたので顔を真っ赤にしていたけれど。
 昨日、魔法をたくさん使っても、体調には問題がなかった。

「慣れてきたのかもしれませんね」
「慣れですか?」
「最初は、魔法の使い方もままならなかったでしょう?今は、イメージを捉えらているのだと思います。それに、地下では、他の力も関係していたでしょう」

 竜になった娘の意識で、魔法を使っていたことも要因のひとつだと予想した。

「そういえば、湖の祠で雨を降らせた時も、イメージは的確でしたね」
「あの大雨のことですか?」
「伝承通りの雨でした」

 伝承でも、良い心の人々が祈れば、田畑に恵みの雨をもたらしたと言う。
 作物にちょうど良い量の雨だったそうだ。

「まあ、あの場所だけの雨だったので、田畑には届いていなかったと思いますが。夏の祭りでは、ミヨゾティース全域に雨を降らせるらしいですよ」
「……それは、竜の力の継承者だけの雨でしょうか?」
「ええ。ウルリッヒ様には、そこまでの雨は降らすことができません」

 どれだけ魔力を使うのだろうか。リゼットには想像の域を超えていた。
 ウンウンと考えるリゼットの手を引き、ヴォルターは歩き出した。

「今朝到着した騎士団のものが、挨拶したいそうです。アルフォン様は先に挨拶をしたそうです。リゼットからも挨拶をお願いします」
「ええ、わかりました」
「もちろん、皆、リゼットに会えることを楽しみにしていました。それから……友人がいるのですが、女癖が悪いので、近寄らないでください」
「え?騎士団の方ですよね」
「ええ、そうです」

 近寄らないで欲しいとは、どういうことだろうか?
 リゼットはドキドキしながら、部屋へ向かった。
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