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第三章

28.

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※残酷なシーンなど色々ありますので、注意。

 彼はジェラルド・コーウェンスと名乗った。
 レオンやヴォルターより3つ年上の21歳。
 小麦色の髪を後ろに流し、襟足はカールしている。
 赤茶色の目は垂れ目で、人懐っこい眼差しをしていた。実際、リゼットと目が合うと、甘い微笑みを送っていた。

 騎士団の兵士が、アルフォンとリゼットに挨拶をして、それぞれが警護の支度に入る。
 ジェラルドだけは、ヴォルターに応接間へ呼ばれていた。

「リゼット様どうぞよろしくお願いします」

 リゼットの手をとり、跪いて挨拶のキスをする。そうして、また視線を送る。
 リゼットは、レオン並みの甘い雰囲気に、動揺する。

「あ、ありがとうございます……」

 リゼットは手を引っ込める。
 おろおろするリゼットに、ヴォルターが手助けする。

「リゼット、彼は特殊なんだ。全ての女性に平等に対応するのだそうだ」
「はい……、ええと?」
「どうか私のことは『ジェラルド』とお呼びください」

 キリッとした表情で、ジェラルドはリゼットを見つめた。
 他の者が黙っていれば、女性を見つめて甘い言葉を投げかけ続けるだろう。

「ジェラルド。用件はそれではないだろう?できれば午前には辺境伯の城に向かいたい。早めに頼む」
「ヴォルター、雰囲気は大事だよ。僕はリゼット様にも平等でいたいんだ」
「……断る」

 ヴォルターはリゼットを背後に隠し、ジェラルドの前に立った。

「はいはーい。じゃあ、話すよ。レオナード様のことだろう?」
「ああ。他国にいる情報だけは得ている。その後を知りたいのだ」
「ああ、了解。僕の情報網だとね、まだ他国にいるよ。東の国に行ったそうだよ」
「東の国……?」
「東の国とのトラブルとかで、レオナード王子を解決のために送ったような話だったよ」

 東の国は、フォルトデリアから東の海を渡った先にある。
 魔力を持たない人々が、機械の文明を発展させていると聞いている。

「なぜレオンが、そのような遠い国に行ったのでしょうか?」
「王の命令だそうです。トラブルの原因は、フォルトデリアからの商人が持ち込んだ魔導具が原因だとか」

 東の国は、魔法を忌み嫌っている。
 それでも互いに利益があるから、フォルトデリアとは交流を持っていた。
 交流の条件に、東の国では魔法を使わないことも含まれていた。もちろん魔導具も使用禁止だ。
 しかし、勝手に持ち込み、東の国で事故を起こした商人がいたのだ。

「レオンは、戻れるのでしょうか?」
「あー……今のところはわかりません。ただ、亡くなったという情報もないので、無事だと思います」
「思ったより適当な情報網だな」

 ヴォルターが嘆くけれど、ジェラルドの手腕は確かだった。浮ついた言葉で何人もの女性を中心に、色々な話を集めた。
 また、ジェラルドの一族は貿易事業をしている。商人に情報を得る者を紛らわせることもしていた。
 それでも、得られない情報もあっただけだ。

「それともうひとつ、護衛のルーが東の国に行かずに、行方不明になっています」
「どういうことですか?」
「こちらも形跡がないのでわかりません。船に乗ったのはレオナード様ひとりだったそうです」
「レオンひとりで東の国へ……?」

 ルーはミヨゾティースに来た後、一度だけレオンの手紙と髪飾りを持ってきた。その後から行方不明になったのだろう。
 リゼットは両手を祈るように組んだ。護衛もつけずに、それはまるで ――。

「まあ、単身乗り込んだってことは、人質みたいな ――」
「ちょ……言い方を考えろっ!」

 ヴォルターに頭を叩かれて、ジェラルドはしゃがみこんだ。

「酷いなぁ……。東の国だって、王子の身柄は保証すると思いますよ」
「そうですね……」
「ジェラルド、また情報を得たらすぐに教えて欲しい。現状だけだと、あまりに酷い」
「ああ、わかっているよ」

 ヴォルターは、リゼットに「大丈夫ですよ」と言葉をかける。肩が震えて顔が青くなっている。
 命だけ保証されても、リゼットと会える状況ではないことが心配だった。

 リゼットには言えないが、もしレオナードが死ぬことがあれば、リゼット指輪の効力も失われる。
 リゼットの手に触れる。指輪からまだ痺れる痛みがある。

「ああそうだ、ヴォルターに騎士団から伝言が。リゼット様、少し借りますね」
「では、その間にわたくしは食事と、ウルリッヒ様の城へ行く用意をします。ヴォルターも少し休んでください」

 リゼットの部屋の前まで3人で行き、兵士に警護を任せる。
 部屋でマノンが用意をして待っていた。

 ヴォルターは自分の部屋で、ジェラルドの話を聞く。
 ジェラルドは周りに誰の気配もないことを確認してから、話始める。

「レオナード様のことだ。東の国の姫に気に入られている」
「はぁ?先程は人質と言っていたではないか?」
「ある意味人質で合っている。あちらで魔道具の事故があったことも、事実だ」
「話が理解できない。詳しく話してくれ」

 レオナードが魔導具の事故の処理で、東の国に行った。その際に、ひとり娘の姫に気に入られて、東の国に留まらされているという。
 レオナードがリゼットとの婚約破棄をしたことも、タイミングが悪かった。
 魔導具の事故で怪我をした者の中に、姫の側仕えがいたらしい。それを理由に、留まらせている。

「さすがに、リゼット様の前では話せない内容だからさ」
「ああ、そうだな。それで、フォルトデリア側はレオナード様をどうしたいのだ。まさかその姫と婚約させるつもりか?」
「ああ、それについても調査中~。魔導具の事故自体が怪しいと思っているけど?僕の知る商人たちなら、魔法も魔導具もあちらには持ち込まない。魔法が使えないような魔道具を身につけて行くことはあっても、事故を起こすようなものは持ち込まない」
「それでは、計画された事故ではないか?」
「……おそらく」

 事故の連絡が来た時に、「姫の側仕えが事故に巻き込まれた。フォルトデリアは約束を違え、王族にも危害を与えるつもりか」と、東の国の王が大変憤慨していた。
 それで、レオナードを送って、解決しようとしたのだった。
 レオナードも魔法を使えない魔導具を身につけているだろう。魔法の鳥も使えないので、連絡を取る事は難しい。

「長男次男は国を出られない、三男はリゼット様を陥れようとした件で不向き、四男で最悪どうなっても良いレオナード様が好都合だった」
「言い方が悪い。しかし、本当に都合よく仕組まれているな」

 ヴォルターは大きくため息をついた。そして、この事はリゼットに絶対に言わないように、ジェラルドに念を押す。
 レオナードのことになると、リゼットは心が揺らいでいるのがわかった。
 ジェラルドも「約束する」と真剣な顔で頷いた。

 リゼットが用意をしている間、ヴォルターは仮眠をとり、ジェラルドが警護に加わる。
 仕事中なら、ジェラルドもリゼットを口説いたりしなかった。ヴォルターも、仕事では信頼していたようだから、当たり前なのだけど。

 食後、ヴォルターが戻ってきたと声をかける。
 そしてすぐ、ウルリッヒの遣いの者が来た。馬車を用意し、これに乗るようにとの伝言付きだった。

「わーお。用意周到じゃないですか」
「ええ、そうですね。でも、出来れば深く考えたくないです」

 断れもしないので、馬車に乗り込む。
 屋敷に残る兵士にも、十分気をつけるようにと言付ける。
 昨日までの城への道のりと違い、緊張感が強くなっていた。

 途中、湖の祠の前を通る。
 いつもなら気にしない場所だったけれど、リゼットは祠を見た。
 祠には領民たちが、毎日花などを供えている。

「……え?」

 リゼットが小さく声を出した。
 ヴォルターが反応すると、「祠の方を見て欲しい」と言う。

「あの、祠の扉の向こうに光が見えませんか?」
「……いえ、私には見えません」
「どれどれ?おー、私にも特に変わりありません」

 リゼットが見つめる先には、普段通りの祠しか見えない。
 ジェラルドも興味を持つが、特に変わったところがなかった。

「そう、ですか」
「リゼットには、どう見えるのですか?」
「扉の向こうに光があるのです。それを見ていると、吸い込まれそうになります。……あっ」
「リゼット!?」

 リゼットがふいに前に倒れる。
 瞬間、ヴォルターが腕を出して、体を支える。抱き寄せて、顔を見る。
 ぼんやりした顔のリゼット。この顔は、フォールドズから脱出する時と似ていた。

「助けて……。苦しいの、……たすけて」
「リゼット?……また竜の力か?」
「ちょっと、どうしたのこれ」

 リゼットの意識は、竜になった娘に変わっていた。いや、苦しいのは、別の意識かもしれない。
 リゼットに声をかけ続ける。
 馬車を止めるか迷ったが、祠のそばにいない方が良いと判断する。

「城まで急いでくれ」

 御者が急ぐように、馬へ鞭を振るった。揺れが強くなる。
 ヴォルターはリゼットをしっかりと抱き寄せ耐える。
 祠が見えなくなると、リゼットも意識を取り戻した。事態に気付いて、すぐに謝る。

「……ごめんなさい」
「いえ、リゼットのせいではありません」
「ねぇ、あれ何なの?竜の力ってそういう系なの?」
「そういう系、どういうことですか?」
「ジェラルド、あとでじっくり教えるから黙ってくれ」

 ジェラルドは軽く「はーい」と返事をして黙ることにした。友人の恐ろしい顔は、ジェラルドにだけ見せた。

 城に着くと、すぐにウルリッヒが出迎えていた。いや、待ち構えていたという方が正しいだろうか。

「ようこそ、リゼット様。ところで、祠で何か見ませんでしたかね?」
「……何のことでしょうか?」
「祠のあたりから、馬車の動きが速くなったのが見えたのじゃ。何かあったのかと思いましての」

 探るようなウルリッヒの視線に、ヴォルターが割り込む。

「リゼットは本日体調が悪く、馬車酔いをしそうだったので、急がせました」
「ほう、そうでしたか?では城でよく休むと良いですぞ」
「……ありがとうございます」

 リゼットがお礼を言うと、満足そうに笑った。そうして、2人の後ろにいたジェラルドに気付く。

「そなたはコーウェンスの嫡男じゃな」
「ええ。覚えていただき光栄です。リゼット様の警護の任に就きました。よろしくお願いいたします」

 片膝をついて、ジェラルドは挨拶をする。

「そうじゃったか。そなたの父上には、都市交易の際、大変世話になった」
「ええ、父からもお伺いしております。ぜひ機会があれば、ウルリッヒ様から学びたく思います」
「そうか、そうか。わかった。その時は声をかけよう」

 ウルリッヒは今日はフォールドズではなく、応接間へ案内した。
 さすがに、昨日の件でフォールドズへは誘導できないと思ったようだった。
 それぞれ椅子にかけると、使用人がお茶と菓子を用意する。
 今日も名産のお菓子だと伝えられる。
 ヴォルターが口をつけて、問題ないと判断するが、リゼットは手をつけなかった。

「今日はどのようなお話でしょうか?」
「うむ。昨日の件で、リゼット様の信用を失ってしまったことの謝罪じゃ。本当に申し訳なかった」
「ウルリッヒ様、どうしてあのようなことをしたのでしょうか?わたくしたちを閉じ込めるなど」

 ウルリッヒは「助手に騙された」と呟いた。ウルリッヒ自身が考えた凶行ではないと主張したのだ。

「けれど、助手はもういないのでしょう?ウルリッヒ様の言葉だけで、信用してほしいとおっしゃるのですか?」
「……ああ、そうじゃ。しかしリゼット様にはもう信用されていないのじゃな」

 ウルリッヒは使用人を呼ぶ。
 少しして、小さな子どもと女性が部屋に入る。女性は後手に拘束されていた。

「……ウルリッヒ様、この方達は?」
「おや、リゼット様はお会いしたことはなかったのじゃな」

 ヴォルターは気がついたようで、帯刀している剣に手を触れていた。
 それを一瞥し、ウルリッヒは使用人に目をやる。
 使用人は女性の首にナイフを当てていた。

「リゼット様の警護のなかに、エヴィンという名のものはおりますな。それの家族じゃ」
「……彼らに何をしたのですか?」
「いいえ、何も。ただ、リゼット様のために協力をたのんだのです」

 エヴィンの妻と、子どもだと言う。

「この女はもシュメリング一族の端くれ。リゼット様がこの地のために動いてくださるなら、命も惜しまないそうじゃ」
「そんな……」
「エヴィンと共に、逝くが良い」

 ウルリッヒが合図をする。使用人がナイフを動かすと同時に、ヴォルターとジェイルが駆ける。
 ジェラルドは駆けた軌道で子どもを奪取し、床を転がり、友人の名を叫ぶ。

「ヴォルターっ!」

 ヴォルターも剣を使用人の腕に投じ、手首から先を斬り離した。ナイフごと手は転がり落ちた。
 そのまま駆け、驚き固まった使用人を蹴り飛ばす。
 女性を抱きとめ、静止する。
 その間リゼットはすべてを見ていた。

「 ――リゼット!!」

 ヴォルターが叫び駆ける先には、ウルリッヒが剣を握りリゼットに向かっていた。
 ジェラルドは女性と子どもを守り、入り口を椅子で塞ぐ。部屋の外から叩く音がするが、扉は動かない。

 ウルリッヒが近づく前に、リゼットはヴォルターに腕を引かれて、反対方向に突き飛ばされる。
 瞬間、ヴォルターの胴に剣の先が貫かれた。
 リゼットの悲鳴が、部屋に響く。

 少し間があり、ゆっくりとヴォルターの身体が床に倒れた。
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