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第三章

30.

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 あの日から数週間が経った。
 大怪我をしたウルリッヒに代わり、ヴォルターのいとこが辺境伯代理となった。アルフォンを推す者もいたが、ウルリッヒも当初は「いずれアルフォンを辺境伯に」と言っていたこともあり、警戒された。

 リゼットは、辺境伯代理とは夏の祭典の準備の際に、挨拶をした。
 ヴォルターよりも屈強な男だが、綺麗な目は似ていると思った。

 ウルリッヒは怪我の具合が良くなく、今は王都の病院に入院している。
 ただし、檻のなかの個室に。
 会話ができるようになり、あの日の凶行についても尋問がなくても、話してくれたそうだ。

 ◇◇◇

「リゼット様がミヨゾティースに来てくださったことは、本当に嬉しかったのじゃ。しかし儂は酷い事をした」

 リゼット以前の「竜の力の継承者はその力を他に利用されない為」という理由のもと、城の奥のフォールドズのさらに地下の部屋に幽閉された。
 領民の噂では、城への通いでの任務となっていたが、一度城へ出向くと帰る事はなかった。

 彼女たちは、地下の部屋で過ごしさせた。恵みの雨を降らせるなど必要な時は、祠への通路「竜の道」を通り、外へ出られた。
 それも許可が下りればの話だった。
 竜の道までは行けても、扉を開けるには城で管理する鍵が必要だった。

 リゼットたちが祠から外に出られたのは、誰かが鍵を外していたからだった。

「誰が鍵を開けたのですか?」
「それもウルリッヒ様だったそうです」

 ヴォルターが答えた。それに辺境伯代理が頷いた。

「ウルリッヒ様が、その日に祠に祈りを捧げた際、扉を開閉して何か調べたそうなのです。そして鍵をかけ忘れたのだと言いました」
「そうですか……。偶然なのですね。しかしそれがなければ、わたくしたちは脱出できませんでした」

 ヴォルターが同意する。
 そんな仕掛けが祠にあるとは、ヴォルターも知らなかった。

「今まで竜の力の継承者になった娘たちは、亡くなった後も家族のもとに帰れたのでしょうか?」

 リゼットの質問に、辺境伯代理が答えた。

「調べましたが、帰れなかったものがほとんどです。亡くなった後は湖に葬られたそうです」
「家族は、それを知っているのですか?」
「おそらくは知らないと思います。けれども辺境伯、シュメリング一族の長に、訴えることは、この地に居られなくなることも同じ」
「……それでは、あの娘たちの悲しみが深まり、蓄積するだけではありませんか。わたくしたちは、自ら竜の力の継承者を選んだわけではありません。家族のもとにも帰れないなんて酷いです」

 リゼットの言葉に、辺境伯代理は何も返せなかった。
 シュメリング一族に、竜の力の継承者が現れる事、それは女性だけである事、彼女たちが湖の祠に祈ることがミヨゾティースの繁栄になる。 ――だから、保護している。
 保護の先のことまで、今になるまで考えたことがなかった。
 そして、ウルリッヒの言葉を畏れながらも信じざるを得なかった。

「もしも貴方の家族が、大事な人が、急にいなくなって、二度と会えなくなったらどうでしょうか?」
「……」

 脳裏に妻と娘たちが浮かぶ。
 娘たちの誰かが、竜の力の継承者になってもおかしくなかった。

「申し訳ありません。私の代からは、あの地下を使わせません」
「ありがとうございます。そういっていただき嬉しいです」

 リゼットはにっこり笑った。
 辺境伯代理は、リゼットの目線が外れて安堵した。
 あとでヴォルターを捕まえた。

「リゼット様は普段からああなのか?」
「ああとは?」
「夜会ではもっと大人しい女性だと思ったのだが」

 ヴォルターは、夜会を思い出す。
 あの頃は体調も悪かったし、人に強くものを言うことはなかった。

「竜の力の継承者ですからね。ウルリッヒ様を大怪我させたのも、リゼットですよ」

 少し声をひそめて、いとこをからかう。確か先日、ウルリッヒの様子を見に行ったはずだった。
 言葉をそのまま信じたようで、青ざめていた。

「そうか、気をつけるよ」

 お礼の言葉をそこそこに、去っていった。これで竜の力の継承者だからと、お伺いに来ることもないだろう。
 本当に必要な時だけ、その力を使って欲しいと思う、ヴォルターの狙いはうまく動いたようだった。

 ◇◇◇

 夏の祭典当日。
 リゼットは、ウルリッヒから贈られたものとは別に、ミヨゾティース伝統のドレスを身につけた。祭典の伝統衣装だと言う。
 こちらも基調は水色で、リゼットの銀髪と同様の銀糸で、ミヨゾティースの花が刺繍されていた。
 ヴォルターが数日前に贈ったドレスだった。

「新しくドレスを用意しました。あれは縁起が悪いので破棄しましょう」

 さらっと言うが、伝統の花の刺繍や、リゼットの体にフィットするドレスは、すぐに出来上がるものではなかった。

「一体いつ用意したのですか?」
「……今聞くのですか?」
「ええ。あの件からそんなに時間が経っていませんよ」
「贈った相手に聞くのは、失礼ではないですか」

 リゼットは単純に、早い出来上がりに感心していたのだけれども、ヴォルターは言葉を濁した。
 そのヴォルターの背後から、ジェラルドが顔を覗かせた。

「ああそれ。発注先が僕のほうなので、書類を見たらわかりますよ」
「え?」
「ジェラルド、顧客情報を話すな……」

 ヴォルターが睨むが、ジェラルドはうっかり口を滑らせる。

「ああ、リゼット様がこちらにきたあたり ――ぐっ」

 ジェラルドは腹を抑えて倒れ込む。
 それを避けるように、ヴォルターはリゼットを抱き寄せた。

「違います。そういう気持ちはありません。ウルリッヒ様も贈られていたことを知らなかったのです」
「ヴォルター、そういうとは?」
「そこは触れないでください!あの、もう湖に行かないと遅れます!」

 ジェラルドを跨いで、リゼットの手を引いて歩く。
 リゼットはヴォルターの後ろ姿をみる。長い黒髪をひとつに縛り、後ろからでも耳が赤くなっているのがわかった。
 理由に触れると、もっと赤くなるのだろうかと思った。

「はい、聞きません。行きましょう」
「うわ、待ってください!」

 2人の後をジェラルドが追った。
 馬車に乗り込み、湖の祠に向かう。
 祠は、いつもよりも色とりどりの花が飾られ、祭壇にはご馳走が並べられていた。
 天気が良く日差しが降り注ぐ。

 リゼットが馬車を降り立つと、領民たちが気付いて、跪いた。
 そこまでされると思わず、ヴォルターに助けを求める。
 ヴォルターが、その場に聞こえるように大きな声で伝えた。

「皆、祭りの準備を続けるように。リゼット様はかしこまらなくて良いとのことだ」

 領民が、その声に安堵して作業に戻る。その間を抜けるように、祠の近くのテントに入った。
 入り口には騎士団の兵士が警護をしている。

「リゼット、前に言っていた光はみえますか?」
「いえ、もう見えません。あの時の雨で、彼女たちの負の感情は、浄化されたようです」
「そうですか」
「ですが、負の感情は誰でも持つもの。おそらく今日の儀式が、本来のタイミングだったのではないでしょうか?」
「負の感情ですか?」

 ヴォルターは以前の竜の力の継承者の怨み妬みが、祠にあると思っていた。
 だが、リゼットが感じたものは違っていた。もちろん、自身の最期まで家族と会えなくなり、地下に閉じ込められたという恨みはあった。
 それよりも、竜の力の継承者となってしまったことが大きな原因だった。
 その力のせいで、他人から力を使うことを強要される。大きな力を、悪用しようとする負の感情に触れ続けて、自分自身も負の感情に飲み込まれた。

「わたくしがウルリッヒ様にしたことも、小さい頃にレオンにしたことも、負の感情に飲み込まれた結果だわ。わたくしは、あれに飲み込まれないように強くならないといけないの」

 そう言って、ヴォルターを見た。
 ヴォルターは、今までになく力強い表情に驚いた。

「ヴォルターに抱えてもらうのは、もうやめたいの」
「ええ、それでは強くなれますよう、助力します」
「よろしくお願いします」

 2人はふふふっと笑った。
 そういえば、とリゼットはジェラルドがいないことに気がついた。

「ジェラルドは、祭りの屋台を見てくると言っていました」
「屋台があるの?」
「ええ。行ってみますか?」
「もちろんです!」

 テントの外の兵士に、用意ができたら鳥を飛ばしてほしいと伝言する。
 これで屋台巡りもゆっくりできるだろう。
 屋台は湖の砂浜に並んでいた。
 近づくと良い匂いが漂ってくる。
 ミヨゾティースの新鮮な野菜のピクルス、肉の串焼き、フルーツ飴、たくさんあってリゼットは目移りする。

「リゼット様、屋台は初めてですか?」
「はい!あまり外出することがなかったので」
「では、食べたいものを教えてください」
「ええと、どうしようかしら」

 リゼットがあちこち迷っていると、両手に様々な屋台の食事を抱えたジェラルドが近づいた。

「リゼット様、迷っているのですか?これどうぞ」

 リゼットに差し出されたのは、、フルーツ飴だった。小さくカットされた果物に、飴がコーティングされている。
 リゼットは受け取った。

「ありがとうございます。わぁ、宝石みたいで綺麗ですね」

 一口頬張ると、口の中に果物と飴の甘味が広がる。
 思わずにっこり笑ってしまう。

「ヴォルターもいかがですか?」
「ああ、いただきます」

 少し不機嫌な顔で、ヴォルターは
 残ったフルーツ飴をすべて口に入れる。
 リゼットが驚くが、飴を噛む音がバリバリと響く。

「ヴォルターはフルーツ飴が好きなのですか?」
「いいえ、違います。ただ……」

 ヴォルターがジェラルドを睨んだ。
 ジェラルドは気付くのが遅かったと、後悔した。じりじりと後退する。

「ジェラルドが配慮ない男だとよくわかった、いや再認識した」
「え?」
「それと、レオナード様が初めての魔法を教えたかったと言っていた意味も、よくわかった」

 まったくわかっていないリゼットにだけ、聞こえるように耳に囁く。

「……リゼット様と初めてのデートの邪魔をされて、嫉妬しました」
「ええ?」

 その間にジェラルドは逃げ出した。
 うっかりリゼットに関わると、友人の怒りを買うことを学習した。

 リゼットの手を引いて、少し怒ったヴォルターは、リゼットが「もう満足しました」と三回程いうまで、あれこれ食べさせた。
 リゼットは、ヴォルターが距離をとらなくなって驚いたが、心を開いてくれてたようで嬉しくもあった。

 魔法の鳥が飛んできて、急いでテントまで戻る。
 辺境伯代理が待っていた。
 儀式の用意ができたと言った。

 祠の周りには、領民たちが集まっていた。あまり近づかないようにと、一定の距離で兵士たちが並び、壁になる。
 その隙間から、領民たちがリゼットを見ていた。

 リゼットはテントを出て、ゆっくりとした足取りで祠に近づく。その後にヴォルターと辺境伯代理が付く。

 祠の前で、3人が跪く。
 すると、ザザッと音がして領民たちも倣って跪いた。

 リゼットは大きく息を吸い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 同時に、祠の中からも言葉に合わせて力が送られてくる。
 その力を受け入れながら、ゆっくり、一言ずつ、言葉を紡ぐ。

 すべての言葉を紡ぎ終わると、青空から雨が降り注いだ。
 領民たちの喜ぶ声が、リゼットの耳に届く。
 辺境伯代理も「これは素晴らしい」と呟いた。
 リゼットは領民たちの方を向いて、なるべく大きな声で言った。

「わたくしは正式な継承まで、あと2年かかります。それまでにもっと正しく力を使えるようになります。だからその間は、皆さんもこの祠に祈りを捧げて欲しいのです」

 どうか、今までの竜の力の継承者にも、祈りを捧げてほしいと伝えた。
 彼女らのことを想うことで、負の感情が減ると思った。

 領民たちはお互いの顔を見ていたが、大きな声で答え返した。

「もちろんです、リゼット様っ!」

 それに安堵して、リゼットは笑顔になった。
 そうして、領民のなかにエヴィン親子を見つけた。目が合うと、深くお辞儀をされる。
 城での件の後、ヴォルターが報告してくれた。エヴィン自身は、ウルリッヒに妻子を捕われて、背中を切られたそうだ。しかし、傷は深くなく、治りがとても早かったそうだ。
 医者には「騎士団勤めだと治りが早いのかもしれないな」と言われたそうだ。
 騎士団の仕事はそれきりで退職し、今ははミヨゾティースの妻の実家で農業を覚えているところだそうだ。
 リゼットは、彼らも無事であったことに、安堵した。

 夏の祭典は、例年になく盛り上がったと、帰りの馬車の中でジェラルドが教えてくれた。

「リゼット様は、来年も夏の祭典にいらっしゃるのですか?」
「ええもちろんです。祠に祈りを捧げることは、わたくしが最適ですから」
「領民たちが喜びますね」

 ジェラルドもあの祭典が気に入ったらしく、来年も来ようと呟いた。

 屋敷に帰ると、マノンが応接間に来訪者が待っていると告げた。
 すぐに3人で向かう。

「リゼット様、申し訳ありません……」

 そこには、衣服が汚れた男 ――レオナードの側近のルーが待っていた。
 レオナードを一緒に助けてほしいと、彼は言った。
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