聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜

文字の大きさ
33 / 57

第33話 闇の中の2つの影

しおりを挟む
ふと夜中に、パチリと目を覚ました私は、見慣れない薄暗い天井が目に入った。

そっか……。私、お城に泊まってたんだ。
使用人達に当てられた部屋だ。無駄な装飾はないけど、質素というわけではない、シンプルな部屋。
私はここにメイドとして、今夜は泊まっていた。

ベッドの右側に顔を向けると、大きな窓の向こうに明るくて、まるい月が見える。
異世界の月。
自分たちの世界で見上げていた月よりも大きくて、さらに黄色く輝いて見える。

レイ達は、無事に魔物を退治出来たかな……。

そんなことを考えながら、ぼんやりと大きな月を眺めていると、ある異変に気がついた。
なんか、部屋の外が騒がしい?

どうしたんだろう?
私はベッドを降りて、裸足のまま戸口のほうへ向かった。
少し開けたドアの隙間から廊下を覗き、顔を出してみる。
キョロキョロとしてると、私の名を呼ぶ声がして、慌ててそちらの方を振り向いた。

「ルーセル!」

ルーセルが珍しく、長いスライドで駆け寄ってきた。
彼でも走ることあるんだ。

「どうしたの!?何かあったの!?」

「キミが無事で良かった。裏門で侵入した魔獣がいて、少し暴れているらしい」
「魔獣!?」
「ああ。あいにくレイも今夜はいないから、俺がちょっと行ってくるよ」
「ルーセルが!?」

ルーセルは騎士ではないのに、大丈夫なのだろうか。
彼は、私を安心させるように大きな手を私の頭の上にぽんと乗せて、微笑んで言った。
「大丈夫だよ。俺はこう見えてからね」
ルーセル……とても甘くて優しいスミレ色のして、のこと言ってますね。
「ただし、キミは部屋から出ないように、いいね。ここで待っていて」
「う、うん」
私はコクリと大きく頷くと、彼に背中を押されるように、部屋の中へと戻った。

部屋の外の音は去っていき、あたりは再び静寂に包まれた。
耳をすますと、何やら獣の声のようなものと人々のざわめきが聞こえるのは、裏門だろうか。

私は目が冴えて、布団の中に戻る気にもなれず、大きな窓の傍に立った。
そこから何気なく、自分のいるところから続いている城の建物の上の方を見たとき、2つの人影が見えた。

見間違い?
目を凝らして見る。
やはり城の屋上らしきところに、誰かが二人、向き合って立っている。

こんな真夜中に、いったい誰が?どうして?

ここからじゃ、遠すぎて顔は見えない。姿もはっきりとはわからない。
でも、きっと見過ごしてはいけない気がして、必死で目を凝らしてみる。

2つの影は、対峙しているように見えた。
どちらもドレスのような長いものを着ている。女性だろうか?
一人は、シルエットからして、大人の女だ。
もう片方は……、子供なのか、小さい。

女の子?
私の持つ少ない情報をかき集める。
確かあちらの棟には、王様の家族、つまり何人かいる夫人とその子供たちが住んでいたはず。
アレクシス様は第一後継者で皇太子だから、執務を行う城の中心にあるこの建物で生活しているけど。

小さい人物は、この城の姫なのだろうか。

ふと昼間、庭園で出会った幼い王女の姿が頭をよぎる。
ええと、確か、アンジェリカ王女っていったっけ!
そう思い当たると、もうそれは、あの幼い王女に見えて仕方がない。

私、どうしたらいいのだろう……
ルーセルにこの部屋にいるように言われたし。
でも、もし……

本当に王女様だったら?
ううん、王女様でなくとも、こんな夜中に屋上に子供がいることがおかしいよね。

これを放っておいて、取り返しのつかないことになったら……

ルーセル、ごめん……!

私は腹を決めて、傍にかけてあった丈の長い羽織を薄いネグリジェの上に着ると、慌てて廊下に出て、影の見えていた建物の方へ走り出した。
途中、アレクシス様に知らせようと部屋へ向かったが、執務室にも私室にも彼は居なかった。
仕方がない、ここで時間を費やすわけにはいかない。

アレクシス様は諦めて、私は再び走り出した。
すると、途中で顔見知りの使用人に出会った。
ルーセルかアレクシス様に伝言を伝えて貰うよう頼むと、彼は引き気味に「わわ、わかった」と了承してくれた。
もしかして私の必死な形相ぎょうそうが、恐ろしくやばかったのかもしれない。
私は、もう一度「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げると、慌てて駆け出した。

長い廊下を駆け抜けて、城の上部へと続く古く小さな木の扉を開ける。
鍵は掛かっていなかった。
扉の向こうには、薄暗く冷えた石の螺旋状らせんじょうにのびた階段が続く。
石の壁には窓は無いが、なぜか蝋燭ろうそくに明かりが灯されていた。
先程、屋上に見えた影の人物が付けたのかも知れない。

どのくらい登ったのだろう。
普段、運動しない私はすでに息切れもして、心臓もうるさいほどにバクバクしてたけれど、今、立ち止まるわけにはいかない!と自分に叱咤しったして、足を一生懸命前へ前へと出し続けた。

ああ、自分の太ももが重た過ぎる……
もっと運動して鍛えておくとか、もう少し脚が細ければ良かった……。
私たちの世界へ戻ったら、スポーツジムへ通うとか、もう少し体鍛えよう……。

私は内心ぼやきながら、なんとか階段の一番上までたどり着いた。
そして、息を整える間もなく、私はそのまま上に辿り着いた勢いで、体当たりするように重い木の扉を身体で押し開け放った。

ばああぁぁぁんん

あ、風のせいで勢いついちゃった

なんの躊躇ためらいいもなく、なぜ私にそんな事が出来たのか、いつもの私ならそんな勇気はないと思うのに不思議だった。

きっと異世界に来て、聖女や勇者のように私にも何かが出来る!
……そう思ったのかも知れない。
厨二病だわ。

でも、眼の前の光景を見たとき、今すぐ扉の中へ回れ右をしたくなった。

月明かりに照らされた2つの影。1つは女の子だった。
思ったとおり、ネグリジェ姿のままのアンジェリカ王女。
対峙している女は、見覚えがある。今は長い髪を下ろし風になびかせているけれど、昼間、王女を探して迎えに来た侍女だ。
なんて名前だっけ。
……ええっと、そうだ。ミレイユとか言っていた。

そして、ミレイユの横に控えるようにうずくまっている、なにか大きい獣ような黒いかたまり
ゆっくり開けた目だけで、こちらを見る。
私はそれだけで息を飲んだ。
ギロリ、と黒い塊の中に光る金色の目。

たぶん、ドラゴンってやつ!

嘘でしょ!?私なんかにどうにかできることじゃない!
ごめんなさい!って、扉の中に戻りたいところを叱咤しったして、なんとかみとどまる。

こ、ここは、大人として、幼いアンジェリカ王女を助けなければっ。

「な、なにしているんですか!?」
上擦うわずった甲高い声になってしまった。
ダメだぁ~、声ですでに負けた気がする。

ゆっくりと数歩近づくけれど、隣に控えてたドラゴンがのっそりと顔をあげたので、私はそこで足を止めた。
でも、二人の表情が見て取れるまでに近づいていた。

アンジェリカ王女は、操られているのだろうか。ただぼんやりと前だけを見つめていて、目はうつろだった。
ミレイユは白く長いドレス姿で、細い身体が月夜に浮かび上がり、冷たく光る薄い紫色の瞳が、いっそう彼女を神秘的に見せた。

少し落ち着いてきて、考えられるようにもなった。
きっと大丈夫!
さっき伝言頼んだから。このことを知ったルーセルかアレクシス様が助けにここへ来てくれる。それまでの時間稼ぎだ。なんとか足止めをして、そこまで耐えればいい。

それなら私にも出来る。たぶん……ううん、やらなければっ!
今、この幼い王女を助けられるのは、私だけなんだから。

私は身体の横で握りしめた手に、グッと力を入れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。 ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。 幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。 仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。 精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。 ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。 侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。 当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!? 本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。 +番外編があります。 11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。 11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

処理中です...