幼馴染が蒼空(そら)の王となるその日まで、わたしは風の姫になりました ~風の言の葉~

碧桜

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婚礼2

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愛麗は愁陽と別れたあと、婚礼衣装を選ぶため商人が待つ部屋へ向かっていた。その途中、庭に咲く桃の花を見て、ふと足を止めた。
薄桃色と白が混ざり合い、ふわりと嬉しそうに咲き誇っている。今が一番の見頃だろう。
婚礼を控えた女たちは、この花のようにもっと喜びで満ち溢れているものなんだろうか。
愛麗は、ふとそんなことを思う。
別に結婚が嫌だとか思っていない。姉が幼い頃に決められていた結婚を、今はもういない姉の代わりに自分がすることは当たり前だと思っている。貴族ならば仕方のないことだ。
だからこの結婚自体は別に嫌とも思わないし、かと言って幸せだとか喜びを感じるわけでもない。
普通の少女なら憧れる婚礼衣装を決めることも、嬉しいわけでも嫌だとも別に何とも思わなかった。ただ婚礼に必要だから、商人の元へと足が向かっている。

毎日が穏やかに、何も憂えることもなく退屈に過ぎていく。
けれど、愛麗自身それも退屈とは感じていないのかも知れない。ただ日々が過ぎていく、それだけのこと。
それは、いつの頃からだったのだろう……

けれども、ここ数日は違った。まるで子供の頃のように毎日がわくわくするような、確かに生きているという実感。自分自身がしっかりとここにいる、そんな不思議な感覚がする。

きっと、愁陽に再会したあの日から
ふと愁陽の顔を思い出すと嬉しくもあり、なぜかきゅっと胸が締め付けられるような、少し切ない気持ちになる。
もしこの気持に名前をつけるとするならば……

けれど、そのさきは考えてはいけない気がして、愛麗はそこで考えるのをやめる。なぜなら、気づいたら最後、もう戻れないような気がして、それ以上は考えることは怖いと思うから。
たとえその気持ちが何なのか気づいたとしても、自分にはその資格がないのだと。
なぜかわからないけれど、自分はいけないのだと思った。

桃の花が可愛らしく、青い空を背景に桃色が綺麗に映えている。
冬が終わって春の到来を感じると、どこか心がふわふわと軽くなった気がした。
桃の花の後ろの青い空は庭の塀を越えて広く続いていく。
愁陽は、衣装決めが終わるまで部屋で待っててくれるだろう。忙しいのに会いに来てくれたのだ。
また愁陽に会える。そう思うと、婚礼衣装を決めることなど大したことでは無いように思えた。

よし!衣装はさっさと決めて、早く部屋に戻ろう!
愛麗は一人にっこり笑ってうなずき、高い空を見上げた。
彼に会えると思っただけで、身の周りの景色すべてが色鮮やかに見えはじめる。

「不思議ね、こんな楽しい気持ちになれるなんて」
愛麗の口からふと素直な気持ちが零れた。
深く息を吸い込むと、花の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「長い間、忘れていた気がするわ」
口元に笑みを浮かべて愛麗がつぶやいた。そのとき、その声の主がふたたび目を覚ました。


『……彼の、せいね……』

愛麗にはまだ届かない。

「空って、こんなにも青くて、遠かったかしら」
青く高い空に手を延ばし、光に翳してみる。彼女の笑みが少し自嘲的なものに変わる。
子供の頃、いつも見えていた高誰もいない空がいつの間に見えなくなってしまっていたのだろう。
子供から大人になるって、こういうことなのだろうか……
彼女の視線も青い空から、庭の地面へとゆっくり落とされていった。


『……あの男のせいね』

「っ!!」

今度は愛麗の耳にも届いた。いや、実際に音として耳にではなくて、脳内に響いてくるような、禍々しい低い女のような声だった。

『すべてが壊れてしまう』
「誰っ!?」

思わず、愛麗は口元を手で隠す。自分の声だけが誰もいない庭にはっきりと響く。
誰の声かわからない、けれど低い女の声は、自分の中から発しているような気がした。
愛麗は誰の声かわからないものに、強い恐怖を感じた。あたりを見回すけれど、誰の姿も見当たらない。

『まあ、私にとっては都合がいいけれど』
正体のわからない低い女の声は、嘲るように言う。
「……誰かいるの?」
小声で言った愛麗の声が不安に震える。
『……………………』

確かに女はと小さく笑っていた。
愛麗は恐怖を抑えて問う。
「………あなたは……、誰?」

『ワタシがワカラナイ?ずっとソバにいるのに?』
「近くに?」
『そう、とってもチカク』
低い女の声は、今ははっきりと聞き取れるようになっていた。

『ワタシはアナタ』
「っ、……私が、あなた?どういう意味?」

『長いアイダ、アナタと共にいる』
「……私と、ともに……?」

愛麗は周りの様子を窺うけれど、すぐ傍の部屋にも目の前の庭にも、人の姿はなかった。
女の声は、耳に届くというより、重く深く脳内に響いてくる。
それは、遠くて近い。胸の奥底から響いてきて、魂ごとすべて闇で飲み込んでいくように禍々しい。じわじわと頭の中に広がり侵略していく。

「私は、あなたを……、知っている?どうして?」
問いかけても答えは見つからない。愛麗の中から感情とその黒い瞳から光が消えていく。

「よく、わからない……でも、感じるのは…恐ろしくて……」
愛麗は口をつぐんだ。何かを見ているかのように空間を見つめる

「……哀しい人」

愛麗の表情は、いつものように人形のような形作られたものに変わっていた。
そして、ふたたび空を見上げることもなく、婚礼衣装を決めるために長い廊下を静かに歩いていった。

女はふたたび閉ざされた暗闇の中で一人繰り返し呟く。
『……哀しい……?私が、哀しい?…冗談じゃない。馬鹿なことを言う』

女は哀しいという言葉にひどく苛立った。
愛麗の夢に出てきた白くぼやけた女の顔。けれど夢と違うのは、真っ赤な口だけでなく、いまは目や鼻、輪郭が形作り始めている。
女は暗闇を睨みつけていた。

『そう……かわいそうなのは彼女。長い間、心の奥底に閉じ込められていた。寒くて、暗くて、苦しくて、どんなに叫んでも、あいつは私の存在を認めない。…………いいえ、気づかないフリをしているだけ』

女の目に強く瞳に光を宿すと、挑戦的に笑みを浮かべていく

『そうね……でも、もう終わり。すべては、あの愁陽が壊してゆく。…………私が、愛麗。消えるのは私ではない。消えるのは、彼女のほうよ!』

女の嗤う声が長く暗闇に響いた。
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