幼馴染が蒼空(そら)の王となるその日まで、わたしは風の姫になりました ~風の言の葉~

碧桜

文字の大きさ
26 / 35

東屋にて

しおりを挟む
愁陽が城へ戻ると、マルと思わぬ人物が庭園にある東屋でお茶をしていた。鮮やかな紅色の衣を纏った翠蘭だ。その側には羅李が控えて立つ。今日は宮廷内だからだろう。金の髪を目立たせないようにフードつきの衣装を着ている。
白や桃色の睡蓮の花を水面に浮かべる池を見下ろすように建てらた東屋は、さほど大きくはなく王家が個人的に使うもので、今も三人のほかは誰もいなかった。

愁陽は腰から下げる剣に軽く手を添えながら階段を駆け昇り、そこにいるのは珍しい人物に言った。
「姉さん、珍しいですね!」
「あんたがたまには顔を出せって言ったんでしょ」
翠蘭が湯呑みを手に答えた。

「母さんには会われましたか」
愁陽が尋ねると、翠蘭はあからさまに大きく溜息をついた。
「ええ、もう大変だったわ。宴を開くとかいうから、それならばもう来ない。開かずにいればまた顔を出すと提案して、今ようやく逃れてココにいるのよ」
「それ、提案でなく脅しですよね」
「むしろ譲歩したと言ってほしいわね」
「仰ってる意味がわかりません」

翠蘭の隣に座っていたマルは、戻ってきた主人のためにお茶を入れようと、立ち上がって茶器のところへ移動した。
器用に茶器や茶葉を用意しながら、先ほど繰り広げられた騒動をにこやかに報告する。

「翠蘭さまが急にふらりと来られたので、それはそれは母君さまが大層感激されて、もう大泣きされるのを見たお付きの女官たちも、みなさんご一緒に大泣きされていらっしゃいました」
翠蘭はうんざりといった様子で頬杖をつき、面倒くさそうに聞いている。羅李は口に拳の甲を当ててクスクスと笑っている。
愁陽も宴などあまり好きではない方なので、彼女に同情した。
「それは、大変でしたね。まあ、こうなるまで放っておいた姉さんも悪いんですよ」
「あ”?」
あからさまに翠蘭は眉間に皺を寄せる。
「宴は無理にしても、家族で夕餉だけでもいかがです?一食分の食費がうきますよ」
「ああ、それもそうね」

マルが愁陽の分のお茶をテーブルに用意しながら、主に訊ねた。
「ところで、愁陽さま。愛麗さまのお屋敷に行かれたのでは?お会いになれなかったのですか?」
「ああ、いや、……会えたよ」
愁陽が椅子に腰かけながら、マルが淹れたお茶を一口飲んだ。

「大事なお話しをしに行かれたのでしょ?早いお帰りじゃないですか」
「あー、……うん、まあ」

湯呑みに手を延ばし、また一口お茶を飲む。
喉を通るお茶が苦い……
四人の間に気まずい沈黙が流れる。愁陽が答えるまで離してはくれなさそうだ。
きっと姉とマルが期待するようなことはなかったし、気持ちもはっきりと伝えられたわけではない。

愁陽は肩を落とし俯くと、小さな声で答える。
「それが……、肝心なことは……まだ」
「はあっ!?なあに、やってんのよ。ほんっと、あんたたち見てるとイライラしちゃう」
姉が身を乗り出し、凄い剣幕で言う。

「何ちんたらしてんのよ。男なら行くときは、グイっと行きなさいよっ」
「そんな、姉さんの小説のように行けませんよ」
「男同士だけど?」
「いや、そこじゃなくて!……男女でも恋愛は同じでしょ」
「あんた、たまにはいいこと言うわね」
「…………」

溜息をつきつつ、愁陽はぼんやり考える。
もう結婚は決まっていると言ったが、愛麗は自分の言葉を聞いてくれるだろうか。

その結婚はしないでくれ、自分を選んでほしい……と。そう言えばいいのか?
しかし、もう婚礼衣装まで決めるという段階だ。両家の間で婚礼の話はずいぶん進んでしまっていると思われる。
それも姉が子供の頃からすでに決められていた結婚だというではないか。それを王家の皇子が娘を欲しいなどと言えば、家の方が縁談を破棄しなければならなくなるのではないか?そんなことになれば、互いの家の関係にひびが入ることにならないだろうか?
そんなことをしても良いのだろうか。いや、それを願っているのだが。
しかし皇子の立場を使ったのでは、今の愛麗の思いを無視した縁談と何も変わらない。愛麗が想う者と結婚しなくては意味がないのだ。
自分を愛してると言ってくれなければ。
そして、自分も彼女にこの想いはまだ言っていない……

ぼんやり考え事をする愁陽の向い側に座っていたマルが、鼻をスンスンさせていたかと思うと、怪訝そうに眉間に皺を寄せながら愁陽に訊ねた
「ねえ、愁陽さま。つかぬことをお聞きしますが」
「ん?」
「その、愛麗さまのほかに女人に会われました?」
「は?」
「は?」
「は?」
愁陽、翠蘭、羅李の声が重なる。
次の瞬間、翠蘭が愁陽を睨むと愁陽は慌てて手を振って否定する。
「ちょっと、あんた何やって…」
「何もやってませんよ!」
「………………」
「羅李も剣から手を離せよ。しかも無言って怖いから」
カチャン、音を立てて抜きかけた剣を鞘に収める。
「剣を抜くな」
翠蘭がじとっと愁陽を睨んでいる。
「やましいことはやってません。ったく、そんな目でみないでくださいよ」

そんな姉弟のやりとりにマルは乗ることもなく、ただ主人の周りに漂う何かを窺うように見ている。
「愁陽さま、ボクも山神の使いである一族の端くれです。人外ですからなんとなく解かるのですが、愛麗さまとは明らかに違う、…何かを感じるんです。…何かなるものの気配を……」
なるもの?」

先ほどの愛麗の様子は明らかにおかしかった。
もしマルの感じたことが正しければ、おそらく彼女には本当に何かが見えていたということだろうか。自分には何も見えないし聞こえなかったのだが。彼女は何かにひどく怯えていた。
マルが眉間に皺を寄せて心配げに言う。
「とても、嫌な気が……何も、なければよいのですけど」

愁陽は音を立てて椅子から立ち上がると、急いで東屋の階段を駆け下りた。
愛麗への疑問が確信に変わる。
彼女の中には、おそらく別の何者かがいる。
翠蘭が慌てて、愁陽の背中に向かって叫んでいる。

「え!ちょっと!!……なに、っもう。落ち着きのない子ね!落ち込んでたと思えば、いきなり走り出して!絶っ対、情緒不安定かっ、カルシウム不足ねっ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...